第19話 司令室

 外見は黒木さんに瓜二つだし間違い無く血縁だろうとは思ったが、本当にその名前が飛び出すと動揺してしまう。

 というか、若い。

 若すぎて、黒木さんと双子――実際双子の弟がいる訳だが――と言われても不思議じゃない。

 これは黒木さんのお姉さん?にしても若すぎる。

 妹?じゃないよね?司令官って言ってたし。

 妹が司令官って、どこぞのラノベじゃ無いんだから。

「昨日家に遊びに来てたんだってね。琥珀と碧から聞いたわ。気付いてると思うけど、あの子達の母です」

 母親だった。

 うそーん!

 どう見ても20代前半……いや、下手すると年下に見えるぐらい若いぞ。

 だが、胸は黒木さんよりもやや成長している。

 ホントに黒木さんのお母さん?

「お、お姉さんかと思いました」

「あら、お世辞なんていいわよ。さぁ、司令室に行きましょう」

 俺は本心で言ったんだが、お世辞だと受け取られてしまった。

 促されるままに、俺は黒木さんのお母さんについていく。

 地上のビルもそこそこ広かったけど、地下施設はそれ以上に広かった。

 田舎から出て来た若者が首都圏の駅をダンジョンと呼ぶが、この施設もそう呼んで差し支え無いぐらいに複雑怪奇。

 オペレーションセンターを過ぎた後、10分以上も歩かされた。

 黒木さんのお母さんは、俺が道に迷わないように迎えに来てくれたのだろう。

 というか、本来受付で済む筈だったのに司令室に呼ぶ方が悪いと思うが。

 一体何の用があるんだろう?

 いや、司令官がまさかの黒木さんのお母さんだし、色々事情を知ってる俺を呼び付けるのは自然な流れかも知れない。

 寧ろ好都合か。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず。

 聞きたい事を聞けるチャンスかもな。


 司令室は予想以上に普通の部屋だった。

 ちょっと大きめの机の上に書類が山積みされていて、その机の手前にはソファーとテーブルがある程度。

 もっと未来型の部屋を想像してたけど、普通の会社の重役が使う部屋っぽいかな。

 広さは一人で使うには少し広すぎる気もしたけど、部下を大勢呼んで指示を出したりするには必要な広さなのかも知れない。

「どうぞ、掛けて」

「はい」

 向かい合わせにソファーに座ると、黒木さんのお母さんは司令官らしく端末を開いた。

 そこに表示されるデータを見て、何故か少し眉を顰めた気がした。

「冬間ちゃんの報告によると、犯罪歴有りになってるんだけど……」

 あんのクソピンク、何報告しとんじゃ!!

 司令官の視線が冷たいっ!

「ご、誤解です!ヒーローとしての活動のはずみで女性を押し倒す形になってしまっただけです!事故ですよ、事故!」

 その押し倒した女性、お宅の娘さんです。すいません。

 必死に弁明すると、司令官は端末に視線を戻して「ぷっ」と吹き出した。

「冗談よ。あなたが悪い人間じゃ無いってのは分かるわ。まぁ、報告があったのは本当だけど」

 報告はあったんかい!

 マジでピンク、後で締める!

「あなたを此処に呼んだのは、私が用があるからじゃ無いの。寧ろあなたの方が聞きたい事があるんじゃ無いかと思ってね」

 タイトスカートで足を組み替える仕草を見せる司令官は、とってもエロかった。

 そして顔は黒木さんと瓜二つ。

「それは何でも答えてくれるって事ですか?」

 俺は若干前屈みになりながら聞いてみた。

 もはや俺のオトコサーガは爆発寸前です。

「何でもは答えられないわ。答えられる事だけ」

 それどこの化け猫?

 まぁ機密事項をおいそれとは話せないだろうし。

 さて、何を聞こうか。

「えっと、じゃあ先代のイエローって何処にいるか御存知ですか?」

 色々考えた結果、これが今の俺が抱えてる謎の核心のような気がする。

 俺に紋章を与え、他のヒーローが持って無い謎のNLLをインストールした可能性があり、黒木家とも関わりがある。

 先代に会えれば多くの謎が解決すると思うんだよな。

 でも、司令官は少し困った表情で俺を見つめた。

「ごめんなさい、それは教えられないわ。と言うより、居場所は知らないの」

「そうですか」

 個人情報保護って事かな?

 あと聞きたい事……何から聞こう?

 うんうん唸って考える俺を見て、司令官は笑い出した。

「くすくす。聞きたい事はそれだけ?」

「いえ、いっぱい有り過ぎて。それじゃあ、正義と悪……」

 次の質問をしようとした所で、ドガンッ!と突然司令室の扉が乱暴に開けられた。

 俺と司令官は驚いて扉の方に視線を向ける。

「おい、かおり!また俺様を変なとこに配置しやがったな!コランダムと戦わせろ!」

「司令官と呼びなさい、クソ虎」

 扉を開け放ったのは、怒りに肩を奮わせながら叫ぶ獣だった。

 体長2メートル程もある巨躯は人間の男の姿をしているのだが、頭部だけは牙を剥き出しにして今にも草食動物を歯牙に掛けようとしている虎のようだった。

 しかもホワイトタイガー。

 首のあたりから毛が人間の黒い毛に変わってきて、体の方は寧ろ毛深さとゴツい筋肉のせいでゴリラみたいだ。

 顔だけ虎だから、パンツ一丁でマントを羽織れば昔のプロレスラーにいたあの人のようだが、何故か着ているのはアマレス用のシングレットというタンクトップと半ズボンが一体化したような服だった。

 プロレスとアマレスは別物だぞとツッコみたい。

 そして、更に激高した虎が叫ぶ。

「てめえ、薫!俺様をクソ虎と呼びやがったな!?」

「だから司令官と呼びなさいよ、クソ猫。コランダムなんて何処にも出て来なかったんだから、戦わせろとか言われても知らないわよ。彼、もう引退したんじゃないの?あんたも邪魔だから早く引退してよ」

「猫じゃねぇ!!」

 ツッコむとこそこ?

 巧みな話術でクソの部分を意識させないとは、司令官恐るべし。

 司令官と言い争ってる虎の人は牙をギリギリと歯軋りさせて、今にも噛みつきそうだ。

 この虎の人、ここに入って来れるって事はヒーローなの?

 見た目は完全に怪人寄りだけど。

 どこぞの虫系ヒーローみたいに、悪の組織に肉体改造されたとかかな?

 と、今迄司令官を睨んでいた虎の瞳が突然俺の方へと向く。

「ああん?何だお前は?」

 こんなゴツい人にメンチ切られたら普通に萎縮するし、それに輪を掛けるように虎の顔で睨まれてチビりそう。

「あ、あの俺……今日、ヒーロー協会に登録に来ただけで……」

 こ、怖ぇ。

 もう逃げ出したい。

「また薫の子飼いが増えたのか?」

 俺を値踏みするように虎の顔が近づく。

 食われないよね?

 あと、息くせぇ。

「登録に来たとか言ったな?じゃあ身体能力チェックがあるだろ。ちょうど暴れたり無かったから、俺様が相手してやるよ!」

「ええっ!?」

 しなくていい提案をしてくれた虎の人がサムズアップするのを横目に、司令官に助けを求める視線を送ってみる。

「あら、それは良いわね」

 俺の視線通じてねえええ!!

「ちょっ、俺、先日変身出来るようになったばかりですよ!?OSだってMeeのままだし、絶対無理ですって!」

 施設内だと何らかのスキャンが行われる可能性があるから、キュービットが使えない。

 そんな状態でこんな獣と戦うとか、それ何て無理ゲー?

「じゃあ、トレーニングルームに移動しましょうか」

 司令官は俺の不安げな反論をサクッと無視して立ち上がった。

 俺は虎の人に首根っこを掴まれて引き摺られていく。

 虎穴に入らずんば虎児を得ずどころか、虎に捕獲された!

「ぐふふふ。安心しろ、死なない程度には手加減してやる」

 良かった、命だけは保証して貰えた。

 良くねえええええええええええええええ!!

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