第18話 ヒーロー協会
河川の水飛沫が電車の走行に合わせて舞い上がる。
日差しも日に日に強くなる中に、その噴水の様に舞い上がる水滴が冷涼感を捧げてくれた。
電車の窓から見える水路の壁が流れて行くのを見ながら、戦略を頭の中に巡らす。
そう、これから赴く地は戦いの地……なのか?
新科学市は東西南北の四方に区が設定され、今向かっているのはヒーロー協会のある西区だ。
場所は教えて貰ったけど、どうやら建物には別の名前の看板が出ているらしい。
『株式会社スカーレット』、それがヒーロー協会の本部だ。
スカーレット――
一般人からは普通の会社に見えるらしいけど、中は宇宙戦艦みたいな作りになってるらしい。
巨大モニターでヒーローに活動支援指示を出しているとか。
もっとも俺の用事は戦隊登録だけなので、受付で済むはずだと春野が言っていた。
場合によっては、紋章のチェックと軽い身体能力チェックがあるらしいけど、隠蔽工作もバッチリだから問題無いはず。
だから、いざ決戦!って程大袈裟でもないか。
まだヒーローの全貌すら見えないから、用心はしといた方がいいと思うけど。
西区には用がある事が無いので、殆ど来た事は無い。
普段遊びに行くのはアニメショップが多い東区の方だからな。
俺は両手を胸の前で開くように動作させ、空中に端末をポップアップさせる。
ナノマシンが発光して俺の目の前にディスプレイが現れた。
そこに表示されているマップアイコンをタッチすると、俺が今居る西区周辺の地図が表示される。
「なんだ、駅のすぐ近くか。あっちだな」
ここからそれ程離れていない事に安堵し、俺は地図の指し示す方向へと歩き出した。
休日なのにスーツ姿の人が多く歩いている。
新科学市は今日本の経済に於いて小さくない影響を与える程、重要な立ち位置にある。
そこで働く人達は休日にのんびりしている暇も無いんだろうな。
父と母は正にそんな感じだし。
そんな喧噪の中に有りながら、俺が辿り着いたビルにだけは殆ど人の出入りが無いように見受けられた。
「ここ?ホントに普通のビルだな」
白い5階建てぐらいの、周辺にあるのと同じようなビル。
ビルの脇に取り付けられた看板には『株式会社スカーレット』の文字が赤で刻まれているので、間違い無くここだ。
入口のドアも手動で、とても近代科学の粋を集めた新科学市の建物とは思えない造りだ。
入って直ぐの所はロビーになっていて割と広い。
ずっと奥の方に受付があるようなので、そこへ向かおうとすると、
「おい、少年」
誰かに呼び止められた。
声のした方を見ると、掃除をしているおじいさんが俺の方をじっと見ていた。
この人が話しかけたのか?
周りに少年という風貌の人間は俺しかいない。
っていうか、この広いロビーには俺とそのおじいさんと受付の人しかいない。
「少年よ、ここに何ぞ用か?」
おじいさんはぶっきらぼうに質問してくる。
ここの関係者なのかな?
どう見てもただの清掃の業者だけど。
ボロボロのツナギを来て、頭はツルツルに禿げている。
そのくせ、鼻の下の白い髭だけ妙に凜々しい。
関係者じゃなくてただの業者の人かも知れないから、ヒーローとかいう単語は伏せておいた方がいいよな。
「ええ、こちらの会員に登録する必要があるので」
俺が応えると、おじいさんは双眸を細めて値踏みするように俺を見る。
何なんだ、このおじいさん?
そして真剣な眼差しで俺に問う。
「少年、お主の正義について聞かせろ」
うわ、すげえ上から目線。
年功序列だから初対面でもその態度で許されると思ってるのかね?
いつの時代だよ?
悪いけど、俺は権威を振りかざす老害には一切礼を尽くす必要無しと思ってる人種だからな。
年の功を気取るなら、年長者らしい振る舞いを見せろってんだ。
『正義』なんて言葉を出すぐらいだから協会の関係者なんだろうけど、なんかムカついたから真面目に応えてなんかやらないよ。
「はっ、正義?そんなもの今の若者が持ち合わせてる訳ないでしょ?時代と共に正義の定義なんて変化するんだし、寧ろ強固な正義感を持ち合わせてる奴の方が危険な存在じゃないですかね?」
これで正義のヒーローとして不適合と判断されても別にいいや。
頭ごなしに正義を押し付けてくるようなヒーロー協会なんて、こっちからお断りだ。
俺の適当な返答に怒りを顕わにするかと思いきや、おじいさんは意外な事にニカッと笑顔を見せる。
「お主、面白い奴じゃな。それぐらい柔軟な考え方の方がヒーローに向いてるわい」
そう言っておじいさんは踵を返し、フロアの別の場所を掃除し始めた。
何だったんだ?
あんな返答なのに何故か気に入られたっぽい。
変なおじいさんだ。
肩透かしを食らったようで若干モヤモヤするけど、別に相手が突っかかって来なければどうでもいいし。
これが美少女相手ならばトコトンお相手するところだが。
俺とおじいさんのやり取りを見ていた筈の受付のお姉さんは、特に変わった様子も無い。
まるで何時もの出来事だから気にする必要も無いといった感じだ。
受付のお姉さんは、サラサラ茶髪ロングヘアーの清楚な美人なので俺はちょっと気後れしてしまう。
「す、すすいません。ヒーロー協会へ戦隊登録に来た真黄秋人と申します」
やべ、ちょっと噛んだ。
別に格好いいとこ見せようとか思ってる訳じゃないけど、話す相手の顔面偏差値が自分と大きく開いていると、緊張しちゃうよね。
これは顔面ヒエラルキーが下の方の人間にしか解らない、この世の法則だ。
「少々お待ち下さい」
お姉さんが端末を叩くのを、俺はじっと見ながら待つ。
と、突然ディスプレイに表示された何かに反応して、お姉さんが目を見開いた。
そして、嫌悪感丸出しの眼で俺を一瞥すると、再び端末をいじり始める。
何なんだ?
何の情報を見てそんな態度をとった?
先程までの冷静なお姉さんは何処かへ転移して、何時の間にか眉間に皺を寄せた憎悪の権化にすり替わっていた。
俺何かしたか?
俺の側に立っていた守護霊的な何かが攻撃した?
何を言ってるのか分からねーと思うが、俺も何でお姉さんが怒ってるのか分からなかった。
「それでは、エレベーターに乗って地下3階の司令室へ行って下さい」
「はい。……え?司令室?」
ここで手続きしてくれるんじゃ無いの?ってか、司令室とかあるのかよ?
「何か?」
「い、いえ。何も」
お姉さんの怒気のような威圧を受けて、俺は言われるがままにエレベーターに向かう。
何故あんなに嫌悪されてるのか理解不能だ。
受付ってもっと和やかに対応すべきじゃないのか?
企業じゃ無いから愛想振りまく必要無いってか。
あれ?そういえばヒーロー協会って企業じゃ無いなら、どこから収益を得てるんだ?
税金で運営されてる訳じゃないよな?
市や国がそんな処にお金を回してたら、使途不明金で大問題になる筈だし。
謎は深まるばかり。
気にしてもしょうが無い謎ばっかだけどね。
地下へ下りて、エレベーターの扉が開いた時、俺はその光景に眼を見開いた。
廊下の壁はガラス張りで中の施設が丸見えになっている、近未来の研究室的な造りになっている。
その窓なのか壁なのか分からないところから覗くと、下の階から吹き抜けになっていて、巨大なモニターが幾つも壁に設置され、オペレーターみたいな人達が大勢忙しなく動き回っていた。
宇宙開発のオペレーションセンターのような施設は、正に圧巻だった。
暫く硝子越しに眼下に見える光景に見とれていると、不意に俺に近づく気配を感じる。
「君が真黄君かな?」
廊下の向こう側から歩いて来る女性が俺に話しかけてきた。
艶やかな長い黒髪、白い素肌。
そしてその丹精な顔立ちに、俺は見覚えがあった。
「あ、はい。俺が真黄です」
虚ろに返事をしながらも、俺の瞳は吸い込まれるようにその女性だけを見続ける。
「初めまして。私はここの司令官を務めている黒木です。よろしく」
案の定、予想通りの名前が女性の口から告げられた。
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