第17話 柔軟

 結局黒木さんがずっと居座っていたので、2時間以上も雑談しただけだった。

 まぁ、黒木さんと話が出来て楽しかったけど。

 色々な事を聞かれたなぁ。

 ケーキを売ってたお店の名前とか、ケーキの値段とか、他にもどんなケーキがあったかとか。

 ……ケーキの事しか聞かれてねぇ!?

 ケーキを賄賂で渡したら、エメラルドは正義に寝返り兼ねねぇな。


 おかげで黒木君には何も相談出来なかった。

 ヒーロー協会については、自分で対策して行くしかないか。

 行かないという選択肢もあるけど、春野に言い訳するのも面倒だし。

 それに協会に行けば、俺が何故紋章を持ってるのか、先代のイエローは何処にいるのか等の疑問が解決するかも知れない。

 でも、今の俺はただ流されて戦ってるだけで、明確な正義の意志なんてものも無いから、そんな状態でヒーロー協会に所属して良いものなんだろうか?

 はっきり言って俺の気持ちは、ナノカ仲間の黒木君と、好きになった女子の黒木さん寄りだから、悪側に傾いていると言っても過言ではない。

 そもそも悪って何やねん。

 悪い事やってるの?

 世界征服とか企んでるの?

 正義って何?

 治安維持部隊として警察がいるのに、ヒーローとかいる?

 だいたいテレビの特撮と違って、世の中に勧善懲悪なんて無いと思うし。

 悪が心を入れ替えて正義に寝返る事もあれば、正義が闇落ちして悪になる事もある。

 考えれば考える程解らなくなるな。

 う~ん、まぁ結論を急ぎ過ぎか。

 今は流れに身を任せて、色々なモノを見聞きして見識を広げようか。


 家の前で、今日行った黒木君の家と自宅を比べて溜息を吐く。

 一戸建てのごく普通の家。

 父も母も仕事で殆ど家に居ない為、妹と俺の二人暮らしに近いんだし、広さとしては申し分無い。

 けど、あのお城のような家を見た後だと犬小屋ぐらいに感じちゃうなぁ。

 玄関を開けると、そこには普段置かれていない大人ものの靴が一足。

「珍しいな。父さん帰ってるのか」

 靴を脱いでリビングに向かうと、妹の檸檬がゲームをしている横で新聞を読んでいる父がソファーに座っていた。

「父さん、久し振り」

「おお、秋人。おかえり」

 無精髭があるが、ナイスミドルと呼ぶにはちょっと若い感じの父が振り向いた。

 父はゲームプログラマーで、VRMMOの開発主任をしている。

 殆ど毎日泊まり込みで作業していて家にいるのは不定期すぎる為、俺や檸檬と顔を合わせるのは月に1~2度。

 そのくせ、母さんとは外で待ち合わせて毎週デートしてるらしいが。

 夫婦仲が良く、お互い仕事に熱中し過ぎてても離婚に至らないのはいい事か。

 母はアニメーターなので、父以上に帰って来ない。

 というか「帰ろうとすると軟禁される」と言って、泣いて電話してくる事が屡々。

 でも父とのデートは欠かさない。

 ほんと仲がよろしいことで。

 じゃあ誰がうちの家事をまかなっているかと言うと、檸檬――ではなく、隣の家のお姉ちゃん。

 家が隣同士なので幼い頃からよく遊びに来ていて、俺も檸檬も実の姉のように慕っている。

 近年、父も母も殆ど家にいない事を見越して、家事を手伝ってくれているのだ。

 代償としてかなり高額なバイト代を請求されてるらしいけど。

 でも、家族一同お姉ちゃんにはかなり感謝している。

 そのお姉ちゃんは今日は用事があるらしく、出掛けていると檸檬が言っていた。


「父さん、ゲームのアップデート終わったの?」

「あぁ、昨日で何とかな。今日は一日オフにして貰った」

 そうか、それは好都合。

 ちょっと聞きたい事もあったし。

「でも、新しいゲームの開発が難航しててなぁ。また暫く帰って来れそうにないんだわ」

「へぇ、新しいゲームって?」

「聞いて驚け。ナノマシンを使ったリアルダイブ型ゲーム『RDMMO』だ。衣装なんかもナノマシンが形成して、変身したり魔法みたいなのを使ったり出来るんだぞ」

 うん、既に出来るわ、それ。

 ヒーローの変身技術使えばゲーム革命起こせちゃうね。

 でもこの技術は公開しちゃダメだよな、悪用されたら危険だし。

 あ、既に悪の組織に渡ってる技術だった。


 俺は飲み物を冷蔵庫から出して、それを持って父さんの側のソファーに座る。

「ちょっとプログラムの事で父さんの見解を聞かせて欲しいんだけど」

「何だ?」

「OSを偽装するって、どうすれば良いかな?」

「OSを偽装って、何か犯罪行為じゃ無いだろうな?」

「いや、違うって。ちょっと中身を見られたくないから隠すだけだよ」

「ああ、思春期特有のHなやつか」

「ぐっ。違うけど、訂正する程認めてると思われるから、何とでも言ってくれ。で、どうすればいいと思う?」

「そうだな……」

 少し考える素振りを見せながら、コーヒーを口に運ぶ父。

 素行はあまり尊敬出来ないけど、プログラマーとしては俺の目標と言ってもいいぐらい凄腕だ。

「仮想領域上に2つOSを用意して、他からのアクセスはダミーの方のOSを見せるようにするのはダメか?」

「それだとベースに仮想領域構築用のOSを作らないとだろ?OSは既に有るからベース用OSは作れないんだ。そもそも容量に限りがあるから、OSは2つも入らないし」

「そうか。どの程度見られなければ良いんだ?特定のフォルダに入った写真や動画だけ偽装するんなら、そのフォルダだけ非表示にすればいいだろ?」

「まだHなやつだと思ってるな……。そうじゃなくて、俺がいじったライブラリとかを標準のものに見せかけたりしたいんだよ」

「それならそうと言え。簡単じゃないか。I/O(入出力に関係するところ)にバイパス掛ければいいだろ?外部からインプットがあった時にアウトプットで偽装したデータを返すだけだ」

「あ、そっか。難しく考え過ぎてた。ありがとう、父さん」

 少ない容量内に偽装用ファイルを作ろうとあれこれ考えてたけど、I/O関係のファイルに偽装処理を施すだけでいいのか。

 あと、外部からのNLLへのアクセスにも制限を付ければ完璧だ。

 柔軟な考え方でプログラムを設計する技術は、まだまだ父さんの足元にも及ばないな。

「あと、父さんが作ってるVRMMOで、動きとかってどうやってリソース縮小してんの?格闘の技をプログラムしてみたけど、容量多すぎて真面に動かないんだ」

「お前はまだまだ未熟だなぁ。どうせ筋肉や神経の動きまで再現しようとしたんだろ?」

「おお、さすが父さん。さす父。なんで分かったの?」

「俺も最初はそうやった」

「そうなんだ。で、どうすればいいの?」

「だから難しく考え過ぎなんだよ。力点と支点だけちゃんと計算すればそんなにリソース食わないだろ」

「なるほど!目から鱗だね」

「学校の勉強も大事なんだって分かるだろ?プログラムばっかりやってないで他の教科もちゃんと勉強しろよ」

 そうか、プログラム以外の知識も現代のプログラマーには必要なんだな。


 久々に父さんに会ったし、話したい事がいっぱいあるな。

「それで、学校の方はどうなんだ?」

 父さんの方から話題を振って来た。

 学校であった事は話したいけど、ヒーローの事は伏せておかないとなぁ。

「学校であった事って言えば、俺、先日同級生の女の子を事故とはいえ押し倒しちゃったんだよね」

「ほう?」

「そして、本能に任せて2回揉んだんだけど、どう思う?」

「うん、まぁ本能なら仕方が無いだろうな。父さんも若い頃は色んな娘のを揉みまくったもんだ。ハッハッハッ」

「犯罪じゃ、ぼけぇーっ!!」

「ぐほっ!」

「ぐえっ!」

 両手をワキワキさせていた俺の下腹部と、和やかな笑顔でサムズアップを決める父の鳩尾に、檸檬の蹴りが深々と突き刺さった。

 そして俺と父の側で鬼の形相の檸檬が仁王立ちする。

「家族だから通報しないでおくけど、お前ら次は無いからな」

「「はい……」」

 妹怖ぇ!


 その夜、俺はOSの偽装用プログラムを作っていた。

「あ、そう言えば戦隊登録すると位置情報まで知られちゃうんだっけ?」

 まぁそれも同様に情報を偽装すればいいか。

 でも位置情報の偽装ってちょっと難しいよな。

 突然違う場所に移動したら変に思われるだろうし、通信が途絶したら明らかに何か妨害があったとバレてしまう。

 有り得る情報に偽装するってどうすればいいんだ?

 そして考える事2時間。

 これも難しく考え過ぎてた。

 キュービットを生成して、その位置情報を渡せばいいんだ。

 偽装したい時だけ遠隔操作で適当なルートを回らせて、一定時間後に俺の下に戻ってきたら情報を正規のものに変更すれば、位置情報だけを見てる人間にはバレない筈。

 よし、それでいこう。


 その隠蔽工作は、深夜まで続いた。

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