第11話 友達

 日差しが少し強くなってきて、外を歩く時もなるべく日陰を選ぶ季節。

 校舎内は空調が効いているので過ごしやすいが、俺は木陰で自然の風に当たるほうが気持ち良くて好きだ。

 そんな理由で今日は昼食を外で食べようと、俺は校舎裏へ足を向けた。

 リア充達は中庭で数人のグループを作るが、俺はそれほど親しい友達もいないし、唯一の親友である守は、女子に囲まれているので近づく事すら出来ない。

 と言うか、その取り巻きの中にビッチ姫川がいるので近づきたくもない。

 ナノカ友達の黒木君も、クラスが違うので学校ではあまり話さないし。

 俺は一人寂しく、食べるのに良さそうな場所を探すのだった。


 フェンスと校舎に挟まれた狭い横道を抜けて、角を曲がると校舎裏へ出る。

 いつもならあまり人が居ないので、俺の平安スポットの一つになっている場所なのだが、今日は角を曲がった先に誰かいた。

 艶やかな長い黒髪。

 華奢な透き通るような白い手で一生懸命キーボードを叩いている女の子。

「黒木さん……」

 俺の声が届いてしまい、彼女はキーを打つ手を止め、目を見開いて振り向いた。

「真黄くん!?」

 完全に偶然だけど、彼女が人目に付かない場所へ行ったのを追いかけて来たとか思われてたらやだな。

 この前黒木君の家へ行って以来、話をするどころか彼女には完全に無視されていたし。

 端から見たら、振られた男が付きまとってるようにしか見えない。

 この状況、下手したら通報されるレベルじゃね?

 とは言え、直ぐに踵を返すのも感じ悪いし。

 だが、意外なことに黒木さんの方から少し俯き加減に話しかけてきた。

「あの……、この前はごめんなさい。あの後琥珀から事情を聞いて、完全に私に非が有るって分かってて。でも、謝るのが恥ずかしくてずっと避けてて。ほんとにごめんなさい」

「いや、いいよ。気にしてないから。黒木君と姉弟だなんてホントに知らなかったんだ」

 俺が手振りで応えると、そこからお互いにしばらく沈黙。

 気まずい……。

 俺から話題を振ろうにも、全てが地雷な気がして怖過ぎる。

 で、やっぱりまた黒木さんの方から、たまらずと言った様子で口を開く。

「ま、真黄くん、プログラミング得意?」

 突然の申し出に戸惑う俺。

「え?ま、まぁ多少は……」

「ほんと!?ちょっと動かないプログラム見てほしいんだけど」

 美少女にそんな上目遣いで言われたら、断れる男なんていないよ。


 直接他人の端末を触ることは出来ないので俺は自分の端末を開き、黒木さんのウィンドウを俺のウィンドウにドラッグしてアクセスした。

「このプログラムが動作するようにすればいいの?」

「ええ。何故か動かないの」

「なんかドクロのマークのアイコンなんですが……ウィルス?」

「ち、違うよ!このプログラム作った人が悪戯でそんなアイコンにしただけだと思う」

「そ、そうなんだ。じゃあ、ちょっとツール使って調べてみるね」

 そう言って俺は独自に作成したツールプログラムを走らせる。

 プログラムの中身を目で追っていると、黒木さんが驚いていた。

「すごい!真黄くんのプログラムって自分で作ったの?」

「うん、まあね。唯一の取り柄かな」

 プログラムの中身を追っていくと、明らかに悪の組織に関係しているものだと分かった。

 隣で見てる黒木さんは、俺がそこまで解らないと思ってるのかな?

 確かにデータが流れる速さなんて普通は眼で追えないし、紋章のプログラムに触れた事が無い人にはちょっと複雑なプログラムにしか見えないだろう。

 でも残念ながら俺はブラックボックスの中身にまでアクセスしてるから、プログラムの表面を見ただけでナノマシンに接続している仕様だと判別出来る。

 きっと黒木さんはこのプログラムを使って何かやろうとしているのだろう。

 黒木さんに悪い事をして欲しくないな。

 ん?そういえば悪の組織って何の目的で学校に来てるんだ?

 悪だから、やっぱり悪い事やろうとしてるのか?


 データを追って行くと、ナノマシンに働きかける処理の中で異常な関数を形成している部分を見つけた。

 素人の黒木さんには、ただの数式にしか見えなかったんだと思う。

 ここがキーになってるっぽいな。

 俺は動作解除のキーになる部分を直すついでに、プログラミング自体に軽いセキュリティをかけておいた。

「これで大丈夫だと思うけど、何のプログラム?」

「え、その……ちょっと実験的なことをする……そんな感じ?」

 どんな感じだよ。

 最後、疑問を疑問で返されてるし。

 まぁ問題は解決したし、これで漸く昼飯を食えるかと思ったが、黒木さんは端末を閉じてもまだその場にいた。

「どうしたの?」

 俺が聞くと黒木さんは目を逸らす。

「この前の告白のことだけど……」

「いっ!?」

 黒木さんが投げつけた爆弾に、俺の心臓の鼓動が跳ね上がる。

 振った側が蒸し返す話題か?

 驚き過ぎて呼吸が止まりそうだった。

 俺の頬を冷たい汗が伝うが、それを一瞥する事も無く黒木さんは続ける。

「私、断ったのは真黄くんが嫌いとかじゃないの。今はやることがあって、そういう事を考えられないの。好意はすごく嬉しいけど、今の私は付き合えないってことで。ちゃんと説明しないで断ったから、真黄くんを傷つけたんじゃないかって気になってて」

 そんなこと気にしてたんだ。

 女の子の気持ちって分かんないな。

 もう振られた俺的にはどうでもいいことなんだが。

 翌々考えてみれば付き合うとか現実的じゃないし、今迄通り偶像アイドルとして眺めてるだけで満足だし。

「気にしなくていいよ。良く知りもしない相手と付き合うとか出来ないよね」

 まぁ、こういう時は無難な台詞で。

 腹減ったし、もう昼飯食いたいんだけど。

「断った後でも、真黄くんは態度を変えたりしなかったし。私の勘違いにも怒ったりしなかったし」

「え、うん……」

 黒木さんは何が言いたいんだろう?

「それで、真黄くん優しいから……その、友達になれたらいいなと思って」

「ええええ!?」

 何これ!フラグ?……なわけないか。

 何がどうなったらそんな思考に辿り着くんだ?

 女の子って謎。

 でも一度振られてるんだし、変な期待しちゃダメだよな。

 勘違いしたら、絶対後で落とし穴があると思うし。

「そ、そう?じゃあ、友達ってことで」

 若干どもりつつ俺が右手を差し出すと、黒木さんは小さく頷いて握手してくれた。

 手、超軟らかい!

 女の子の手を握るのなんて何年ぶりだろうか?

 記憶を辿ってたら、危うく前世の記憶にアクセスするとこだった。

 女の子と手繋いだ事なんて無かったわ。

「黒木さん、困った事があったら何時でも言ってよ。出来る限り力になるから」

「ありがとう。真黄くん、やっぱり優しいね」

 精一杯かっこつけたが、俺の精神も一杯一杯でした。

 笑顔で手を振る黒木さんを見送って、昼飯のパンを口に運んだ。

 そして浮かれ気分を押しころして、黒木君に連絡のメールを入れる。


――たぶん、今日の放課後に黒木さんが動くと思う。


 妙な胸騒ぎもしていた。

 さっきのプログラムの一部に暴走するように設計されている部分があった。

 あれは、黒木さんを狙う誰かの手によるものではないだろうか?

 俺の仕掛けたセキュリティが、きちんと動作してくれればいいけど……。

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