第10話 解析
その後、数日間は特に何事もなく平和な日々が続いた。
まだ紋章のシステムが不十分だから、戦闘が起こらないのはいい事だ。
って言うか、このまま何も起こらないで欲しいけど。
OSは大方修正を加えて動作を良好にしたけど、根本的な演算能力が低いので戦闘時に無茶は出来ない。
格闘家の動作を再現するプログラムを作ってみたけど、処理が重すぎてダメだった。
筋肉の伸縮まで補おうとしたのが拙かったみたいだ。
なのでそれは諦めて、ナノマシンが発する電磁波を増幅して神経を刺激するプログラムに改変してみた。
ちなみにレッドとピンクが使っていた『ファイナルフラッシュ』も、この電磁波を増幅したものだ。
ナノマシンには幾つかの特性があって、NLL(ナノリンクライブラリ)はそれを増幅して物理現象を起こす事が出来る。
特性の一つは光。
ナノマシンは相互の情報交換に光を主に使う。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫に加えて赤外線の8色を使う事によって、1つの信号で8ビットの情報をやり取り出来る。
僅か8ビットだが、それが空気中のナノマシンで並列処理される事により、旧世代のスーパーコンピュータ以上の演算が可能になる。
特性の二つ目は電磁波。
ナノマシン同士の情報交換にも使われるが、相互位置の固定や静電気によるタッチ操作の感知にも使われる。
更に空気を振動させて音を発する事も出来る。
今回使ったのはこの二つ目の特性。
でも、神経を刺激するプログラムも失敗だった。
反射作用で瞬時に格闘家の動きを再現出来るのはいいんだが、普段あまり運動をしていない俺は一瞬で足がつってしまった。
激痛のあまりに変身を解いたのは幸いだった。
俺が倒れた時の大きな音を聞きつけて、俺の部屋の戸を妹の檸檬が開けに来たのだ。
危うく変身している姿を見られてしまう処だった。
そして妹は可愛い口で一言。
「キモっ!」
涙が頬を伝ったのは、足が痛かったからだよな?
色々試したけど、簡単には行かないものばかりで、プログラムの残骸がリソースを食いつぶしただけだった。
幾つか使えそうな装備も作ったけど、これらを使うには基本となる俺自身の体力向上が望まれるな。
そして学校では……黒木さんに完全に無視されている。
いや、話しかける事なんて出来ないから、いつも通りと言えばいつも通りなんだが。
俺の方を見ようともしないなんて、誤解は全く解けて無いんだろうな。
というか別に誤解が解けた処で、既に振られている俺には関係無い事だった。
「何、便意を我慢してるような顔してんだよ?」
「あぁ?」
親友の守の空気読まない声音に、俺は若干イラっとして睨んでしまう。
ちょっとだけ凹んでるんだから察しろよ。
「ナンカヨウカ?オレイソガシイ」
「何でカタコトなんだよ?ぼーっと黒木の方眺めてただけじゃねーか。忙しくねーだろ」
「ぐっ」
黒木さんの名前出すんじゃねーよ。
ほら、ちょっとこっち見たじゃねーか。
良くやった。
久し振りに黒木さんの御尊顔を拝見出来ましたよ。
俺の席って後ろの方だから、振り向いてくれないとあの端麗なお顔が見えないのだ。
守、グッジョブ!
「で、何か用か?」
でも俺はそのまま無愛想に守へ応対した。
心はヒャッホイしてるけどな。
「ああ、用って程の事じゃないけど。都市伝説の怪人の話って知ってるか?」
知ってるも何も、実際に会った上に闘ったわ。
「知ってるけど、それがどうかしたか?」
「それが最近、この学校の中でも目撃されてるらしいんだよ。しかも怪人だけじゃなくて、子供向け番組のヒーローみたいのまでいるとか」
守は人差し指を立てて力説してくれる。
うん、知ってるからそれ。
でも一応秘密にしといた方がいいんだろうし、俺は知らないふりをする。
「へぇ、学校内にそんなのがいるんだ。って事は、その怪人とかヒーローってこの学校の生徒なのか?」
俺が適当に話を合わせると、そこまでは思い至っていなかったのか、守は双眸を見開く。
「……秋人、もし見かけたら教えてくれよ」
「ああ、いいけど」
そんなに見たいものか?
まぁ学校で事件って、野次馬達にとっちゃ絶好の娯楽かも知れないしな。
どうせここ数日は何も起こってないし、噂も直ぐに沈静化するだろ。
――そう思ってた俺は、後にこの数日が嵐の前の静けさだったんだと理解する事になる。
結局その日も何も起こらなかった訳だが。
現状維持では黒木君に報告する事も無いので、俺はそのまま帰宅した。
生徒会も、俺の方からは特に用が無いので近寄る事すら無かった。
その夜、俺はまた紋章のOSを解析していた。
「ブラックボックス化してる部分の容量に対して、仕様が貧弱過ぎる気がするんだよな。ナノマシンを操作するから予想以上にリソースを食ってるのか?いや、俺が作るならそこまで大規模にはしない。バージョンがMeeなのに動かせっこ無いからな。……とすれば、未だ未知の仕様が隠されているって事か」
ブツブツ言いながら尻を光らせている俺は、妹に言われる迄もなくキモかった。
この尻の光、OFFに出来ないのか?
その余計な仕様がブラックボックス内のリソースを食ってるんじゃないだろうな?
少々手荒な事をしてでも、何とか中身が見たい処だ。
オンラインのOSじゃ無いから、多少無茶して壊れても大丈夫だよな。
最悪、俺の尻が火傷する程度だろ。
って事で、全力でハッキングします。
暗号化した程度で、俺相手に完全にブラックボックス化した気になってんじゃねーぞ。
『天才ハッカー』と呼ばれた俺の
ちなみに俺はハッカーだけど、クラッカーじゃ無いからね。
ハッカーってのはコンピュータ技術に長けている人の事で、クラッカーはその技術を悪用して他者に損害を与える人の事だから。
以前、プラグイン型オンラインゲームで、強力すぎるプラグインを使って無双してたらBAN(アカウントを停止される事)されたのは記憶に新しい。
仕様の範囲内で作ったプラグインだったのに運営の対応が解せなかったので、プログラムを公開してやったら、あのオンラインゲーム長期メンテナンスに入ったまま帰って来なかったな。
俺は目の前のディスプレイにGUI(グラフィカル・ユーザー・インタフェース)で描かれた黒い正方形の箱を見つめる。
頭の中を整理して、文字通りのブラックボックスを解きほぐすプログラミングを開始した。
ナノマシンが形成する宙に浮いた光るキーボードに、別の生き物のように指を走らせる。
プログラミング言語を指で喋る感覚で次々に打ち込んでいくと、ディスプレイの脇に作った小ウィンドウに呪文のような文字の羅列が流れては消えていった。
そして完了したと同時に、その小ウィンドウをディスプレイ中央のブラックボックスに向けてドラッグ。
小ウィンドウがブラックボックスに吸い込まれる様に消えると、ボックスの表面に目では追えない程の速度で、文字列が次々に浮かんでは消えを繰り返す。
前回の解析では値を渡して帰り値から仕様を分析するという方法だったが、今回のプログラムは関数を渡すという方法を取っている。
値部分に関数を直接入れる事は出来ないので、関数のアドレスを渡して内部演算に干渉するという解析方法だ。
しかし、関数を渡すというのはプログラムの暴走を誘発する事もあるので、その辺の防備も組み込んでおく必要がある。
この暴走対策が出来るかどうかでプログラマーとしての格が一段階違ってくるのだ。
そして待つ事30分。
画面に表示されたのは『コンプリート 70 %』の文字。
「マジか!?あれでも70%しか解析出来無いって……」
結構渾身のハッキングプログラムだったんだけど、完全には解析出来なかった。
このOS作った人、何者だよ?
いや、ナノマシンを操作出来るって時点で大体目星は付いてるんだけど。
俺は解析出来た内容を、現在解っている仕様と見比べた。
既に50%は解析出来ていたので、今回解析出来た分は+20%程度だった。
その中に妙な仕様を発見する。
「これって……!いや、最初に変身した時の状況から有るんじゃないかとは思ってたけど」
新たに発見した仕様に、俺の胸は何時になく高鳴っていた。
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