第9話 悪

 新科学市の主な交通手段は、昔と変わらず電車だ。

 しかし、電車と言っても数十年前とはまったく違った形態になっている。

 都市に張り巡らされた円環状のレールの上を移動するのではなく、河川伝いに縦横無尽に航行する。

 旧世代の水上バスに近いものだ。

 この電車が採用されている理由は、地下の鉄道では事故があったとき対応しにくいこと、景観を良くするために水路を多くひくこと、電源の供給が容易いことなどが上げられる。

 岸辺から無接点電力供給してホバリングさせているのだ。

 走行スピードはそれほどでもないが、水上なので夏場は涼しく壮快だ。


 俺は電車に乗り、15分程北へ向かったところで降りた。

 そこから五分歩いたところにある白い二階建ての家。

 所々レンガのような装飾が施されていて、洗練されたデザインの高級感に圧倒される。

 敷地面積は、俺の家と比べると軽く5倍強はあるだろう。

 ある程度裕福でなければ新科学市には住めないが、その中でもかなり上流階級だと思われる。

 表札の黒木という文字を確認してインターホンを押すと、黒木君が応答して門を開けてくれた。

 だが、家の前まで行き白い玄関の扉を開けると、そこにいたのは黒木君ではなかった。

「え?く、黒木さん?」

「な、何故あなたがうちに!?」

 黒木さんが家着で廊下を彷徨いている処に遭遇した。

 でも、門を開けてくれたのは間違い無く黒木君だ。

 姓が同じで気にはなってたけど、やっぱり兄妹なのか?いや、姉弟?どっちでもいいけど、黒木さんの眼がすごく冷たい……。

「あなたの好意を断ったのは申し訳なかったけど、家にまで押しかけるなんて。これが犯罪であることは分かるわよね?」

「え?え?え?いや、俺は黒木君に誘われて……」

「弟を誑かして家に上がるなんて!」

「ええええ?」

 そうか、黒木君は弟なのか。

 じゃなくて、もう何を言っても聞いてもらえそうにない。助けて~!

 と、そこに黒木君が現れて助け船を出してくれる。

「姉さん、真黄君は僕が家に誘ったんだ!変な勘違いはよせよ!」

 黒木君が説得してくれて、なんとか誤解が解けた……のか?

 黒木さんが若干釈然としない顔をしていたけど、俺達はすぐに黒木君の部屋に入った。

「驚いたよ。黒木さんが君と姉弟だったなんて」

「ごめん、昨日のうちに説明しとくべきだったね」

 そこでふと気付いた。

 姉弟で悪と正義。

 そりゃあ、レッド達と共闘は出来ないわな。

「お姉さん、昨日のこと何か言ってた?」

「いや、姉さんは僕がブラックだと知らないんだ」

「あ、そうなんだ」

「でも、僕は姉さんがエメラルドだってことは知ってる」

「えっ!?」

 何か複雑な事情がありそうだな。

 聞いても良いものだろうか?そう思っていたのが顔に出てしまっていた。

「聞きたいことは聞いてもらっていいよ。できる限り話す」

 黒木くんは、どうしてそこまで俺を信用しているんだろう?昨日会ったばかりなのに。

 レッドの言うように、ヒーローに変身できるってことはそれだけで正義の前提たり得るのだろうか?

 新米ヒーローの俺には、俺自身の正義の度合すら図りかねるんだが……。

「えっと、じゃあ一番聞きたいこと」

「うん」

「黒木さんは、何故悪の組織なんかに入ってるの?」

 俺の問いに、黒木君が軽く目を見開いた。

 でもそれ以外の様子から予想外の質問という感じではなさそうなので、偶然にも核心をついたのかも知れない。

「それを話すには色々と前置きがあるから、話長くなるけどいい?」

「うん、大丈夫」

「わかった」

 黒木くんは姿勢を正して、最初の一言から衝撃を与えてくれる。

「僕の父は悪の組織の幹部で、母はヒーローだったんだ」

「ええええっ!?正義と悪で結婚したの?」

 俺は驚きの余り、ひっくり返りそうになった。

 でも、黒木くんは淡々と続ける。

「そう。僕と姉さんはハイブリッドの双子として生まれた。ブラックに変身する紋章は母から受け継いだものなんだ」

「じゃあ、黒木さんの悪の紋章はお父さんから?」

「いや、悪の紋章も僕が受け継いだんだ」

「へ?」

 まったく考えの及ばない答えに、間の抜けた声を出してしまった。

 黒木くんが両腕の袖をめくって紋章を見せてくれた。

 右腕には円の内側に星型を描いた正義の紋章、左腕には円の内側に六芒星を描いた悪の紋章が薄く光を放っていた。

「姉さんは、僕が父から受け継いだ悪の紋章のことしか知らない」

「正義と悪の紋章って同時にあっていいものなんだ。……って、じゃあ黒木さんの紋章は何?」

「姉さんは、独自に悪の組織の試験を受けて紋章を手に入れたみたいなんだ」

「へぇ、試験とかあるんだ」

 つい先日までまったく関わりの無かった世界へ踏み込んでいる感覚。

 不謹慎ながら俺は少しワクワクしていた。

「僕は正義と悪、両方の紋章を持っているから悪の組織としての活動も制限される。悪の組織の本部に出入りするのも困難なんだ。でも、姉さんは僕が正義の紋章を持っていることを知らないから、僕の事を怠慢だと思ってるみたい」

「それで黒木さんは、自分が悪の組織で実績を上げようと頑張ってるんだね」

「うん」

 黒木姉弟の事情は大体分かった。

 事情は分かったけど俺が口出せる問題じゃないよな。

 でも、ヒーローとしては悪を黙認しちゃってる事になるのか?

「昨日の怪人は幹部候補の姉さんを良く思わない奴の手先だと思う。今はそれを探っているんだけど、出来れば真黄くんにも協力してほしい」

「え?いや、協力はいいけど……」

 どうして俺?昨日出会ったばかりなのに。

「俺達、昨日出会ったばかりだよね?そんなに詳しい事情を俺に話しても大丈夫なの?あ、もちろん口外するつもりは無いけど、無闇に信用しすぎだと思うよ」

 俺が提言すると黒木くんは笑って答えた。

「そうやって人の心配が出来る人だと思ったってのもあるけど、君がイエローの紋章を持つ人だから信じられると思ったんだ」

「俺がイエローだから……?」

「そう。僕の父と母が結婚する時、色々手をまわして助けてくれたのが先代のイエローだったらしいから。その話を聞かされてたので、イエローの紋章を受け継いでいる君なら信用できると思った」

「先代のイエロー!?」

 思わぬ繋がりがあった。

 これは偶然ではなく、仕組まれているような気がしなくも無いが。

 でもそんな関わりがあるなら、俺がイエローの紋章を持っている理由も分かるかも知れない。

「その人って今どこにいるの?」

「ごめん、僕も直接会ったこと無くて。父も母も単身赴任で連絡つきにくいし。あ、そういえばカレーが好きって言ってたかも」

 カレーが好きか――いや、大体の人が好きじゃねえの?

 まぁ、そう簡単には分からないよね。

 別に知らなくて困る事も無いから、今のところはいいや。

 話を聞き終えた処で、黒木君が少し不安そうにしていたので俺は笑顔で応える。

「分かった協力するよ」

「あ、ありがとう!」

 黒木君が俺の両手を握って感謝してきた。

 顔がすごく近づいてちょっとドキッとしてしまった。

 姉弟だから顔が似てるんだもん。

 男だって事を忘れてしまいそうな程可愛い顔立ちだし。

 実際黒木さんがそんな至近距離に来たら、緊張しすぎてどうにかなってしまうと思うけど。

「このこと、レッド達には言わないほうがいいよ。あいつら正義感強すぎて悪に対して寛容になれなさそうだし」

「そうだね。彼等とは分かり合える気がしない」

 善と悪両方を持つ場合、往々にして悪とみなされる。

 黒木くんは半分悪なわけで、きっとレッドの正義感では受け入れられないだろう。

 というか、黒木さんは百パーセント悪なわけで……。

 でも、そんな子には見えないんだけどな。

 悪の組織って言ってるけど、悪って何だろう?


 俺が黒木くんの家を出る時、黒木さんは自分の部屋から出てこなかった。

 何か期待してたわけじゃないけど、ちょっと気まずかった。

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