第8話 ナノリンクライブラリ

 気が付くと俺はブラックにお姫様だっこで抱えられていた。

 先程怪人と闘った場所から移動しているようだ。

「気が付いたか」

 助かった。

 俺があのまま彼所に放置されていたら、変身が解けて黒木さんに正体を知られてしまったかも知れない。

「ありがとう。もう下ろしてくれても大丈夫だよ、黒木君」

「なっ!?」

 ブラックは、自分の正体を知っている俺を不審に思ったようで、驚愕しているのがヘルメット越しでも分かった。

「俺の正体、レッドとピンクから聞いたのか?」

「うん。それから、君とはさっき会ったからね」

 ブラックの問いに応えてから、人通りが無いのを確認して俺は変身を解いた。

「真黄君!君がイエロー?」

「はは。ほんと偶然だよね」

 黒木君も変身を解くと、訝しげな目を俺に向けて来た。

 なんでそんなに不審がってるんだろ?

 それにしても、移動してたって事はさっきの怪人は黒木君が倒したのかな?

「さっきの怪人は?」

「手傷は負わせたと思うけど、逃げられた。多分まだ生きてるよ」

「そっか……」

「ん……」

 俺達の間に沈黙が続く。

 あ、そうか。黒木くんが心配してるのは――

「黒木くんを無理にヒーローの仲間に誘うつもりはないよ。さっき路地裏に入ったのは、ほんとに偶然だから」

 俺がそう言うと黒木くんは嘆息して、少し警戒を解いてくれたみたいだ。

「黒木くんとはせっかく同じ趣味で、友達になれそうなのに無理強いするつもりはないよ。そもそも、俺もヒーローの仲間って訳でも無いんだ」

「ありがとう。僕には少し事情があって、レッドやピンクとは共闘出来ないんだ」

「うん」

 その事情を聞きたい衝動に駆られたけど、本人が言葉を濁していることは聞いちゃいけないよな。

「真黄くんはいつから変身できるようになったの?」

「いや、実は昨日できるようになったばかりなんだ」

「なるほど、それでシステムが不安定なんだね。変身後の動きが鈍かったし」

「うん、OSもかなり貧弱なバージョンだし。今日帰ってからアップデートするつもりだったんだ」

 一目で俺のシステムのことを見抜くって、かなりの熟練ヒーローなんだろうな。

 闘いも様になってたし、格好良かった。

 黒木君は、何か格闘技とかやってるのかも知れない。


 変身しても肉体の基本スペックが上がるわけじゃない。

 外装のスーツで防御力が上がり、肉体の動作補助をしてくれるけど、それでも根本的な戦闘センスは変わらない。

 俺が変身しても正式に訓練をしてる人には敵わないだろうな。

 まぁ一応、戦闘センスを補う方法は考えてあるけど。

 とりあえず今日はもう帰ろうと思ったところで、黒木くんが以外な提案をする。

「明日、僕の家に来ない?」

「……うん、じゃあ住所教えてくれるかな?」

 突然のことにきょとんとしてしまうが、二つ返事で頷いた。

 その日はそこで黒木くんと別れた。


 帰ってから紋章にアクセスして、現在のMeeから一番安定しているHevenにOSをアップデートしてみた。

 結果は……失敗。

 基本的なプログラムは新科学市のサーバー内にあるOSに酷似しているが、変身に関すると思われる部分がブラックボックス化していて通常の仕組みと異なっている。

 ナノリンクライブラリ――通称NLL。

 この、普通のプログラムでは使われない仕様の拡張プログラムが邪魔をして、OSのアップデートが出来ないみたいだ。

「まぁ、不安定を解消すれば動作は軽くて扱いやすいOSだからなぁ。久し振りに本気でプログラムいじくり倒してみますか」

 父も母も仕事の性質上生活が不規則なので、俺の生活に口出しする事は殆ど無い。

 妹の睡眠の邪魔さえしなければ徹夜で何かやってても誰も文句を言わない。

 明日黒木君の家に行くから早めに寝ないとだけど、何時また怪人が現れるか分からないから、出来る限りの事はしておこう。


 まずは基本的なセキュリティのレベルを上げる。

 Meeってセキュリティホールと呼ばれるプログラムの穴が多いから、ウィルスに感染し易いんだよな。

 俺はサーバーに置いてあるオリジナルのセキュリティシステムを移植する事にした。

 OSのバージョンが低いから、下位互換で動く様に関数を所々書き換える。

 次にシステムの最適化。

 動作が軽快だからといって、そのシステムが最適な動きをしているとは限らない。

 リソースを多少食う形になって動作が重くなったとしても、柔軟な動作をする方がいい事もあるのだ。

 例えばAという処理をした結果がCになるのに、わざわざBを経由してからC'にする。

 すると、Bを経由したC'にはAが直接Cになった時には付与されない符号を付けて於ける。

 後にC'をAに戻す必要があった場合に、Bで付けた符号を元にAに還元する事が出来るようになるという訳だ。

 プログラムの安定動作の為にそういった処理が必要になってくるので、俺はたっぷり2時間かけてベースとなるOS『Mee』を改造してやった。

 そのOSは最早Hevenを超えて最新OSのDecadeに迫る程の完成度になった。

「ぐへへ、どうだ?ここのシステムがええんか?ええのんか?」

 プログラムしながら画面に語りかける俺の姿は、誰かに見られたら通報されるレベルでやばかっただろう。尻光ってるし。

 でも部屋には俺しか居ないので無問題だ。


「キモッ!」

 俺しか居ない筈の部屋に、少女の嫌悪感溢れる声音が響いた。

 驚いて振り返ると、そこには汚物を見るようなジト目で眉間に皺を寄せた最愛の妹が。

檸檬れもん!お前いつからそこに!?」

「お兄ちゃんがキモい笑いを浮かべてたあたりから。なんで尻光ってるの?新しいイミテーション?すごくキモいよ?」

 キモい連呼すんな。

 妹の檸檬は中学1年なんだが、最近反抗期なのか凄く生意気になってきて手を焼いている。

 妹の言うイミテーションとは、ナノマシンにアクセスして発光させる効果を使ったオシャレプログラムの事だ。

 髪の色を変えたり、皮膚にアートを施したりする。

 あまり奇抜な事や犯罪行為に使えないように制限はあるが、軽く光らせたりして遊ぶ程度の事は出来る。

 紋章が光ってしまっていたのを勝手にそれと勘違いしてくれたようだ。

「これは、まぁイミテーションみたいなもんだ。それで、こんな時間に何の用だ?」

「漫画借りに来ただけ。お兄ちゃん自体には用は無いよ」

 妹様のツンデレぶりに愕然としてしまう俺。

 いや、最近ではデレ成分が少なすぎて唯のツンと化しているが。

 檸檬は俺の本棚から無許可で漫画を取り出すとそのまま部屋を出る。

「キモっ」

 最後にもう一度侮蔑された。

 お兄ちゃん、君に何かしたかい?

 ほんの数ヶ月前までは「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」ってブラコンのように懐いてたと思うんだが?

 反抗期の女の子って難しい。


 気を取り直してプログラミングを再開する。

 仕様書らしきものは紋章OSの中に有ったけど、ブラックボックス化されたNLL(ナノリンクライブラリ)については詳しく書かれていなかった。

 なので解析という名のハッキングを行う。

 NLLにアクセスしている既存のプログラムを改造して、任意のパラメータを渡し、返って来た変数を調べてブラックボックスの中身を顕わにする。

 昔からある手法だけど、これが一番確実だ。

 30分程で殆どのNLLの中身を解析した。

 解った内容は仕様ファイルに追記しておいて、次はログを調べる。

 ログには昨日と今日闘った時の記録が残っていた。

 一番最初までログを遡ってみたけど、先代とかの記録は無かった。

 隠蔽したのか、それとも譲渡した時にクリアされたのかは分からないが、ログから辿る方法はとれないって事だ。

 別に知る必要も無いんだけど。


 ログを辿ると俺の予測通り、黒木さんが使った杖の光に関するログも残っていた。

 ナノマシン間の情報伝達には問題が無いのに、エラーが出ている。

 相互位置情報の計算によるエラーだ。

 このログを俺が作ったプログラミングに読み込ませて解析すると、おおよその原理が判明した。


 ナノマシン同士は七色の偏光で情報のやり取りをする。

 位置情報等も交換して物質を形成しているのだが、あの杖から出た光でナノマシンの間に別のナノマシンを挟み込んで情報交信に介入させていた。

 その際相互位置情報をスルーさせている。

 そうすると、間に挟まったナノマシンに関する位置情報が含まれないので物質密度が過剰になりスーツが硬化するというのが、どうやらあの杖の能力のようだ。


 タネが解ればこの程度のプログラム、対処法は簡単だな。

 ナノマシンの情報にインクリメントを仕込んでおく。

 すると、情報が他のナノマシンに渡る度に数値が1つ加算される。

 そして、俺のスーツを形成しているナノマシンだけは減算処理をバックグラウンドで行うようにしておけば、イレギュラーなナノマシンを判別出来る。


 ホントは色々仕込んでおきたいけど、時間も無いし、取りあえずやばそうなあの杖の対処だけしておけばいいか。

 明日は黒木君の家に行く事になってるからプログラムはここまでにしておこう。

 古いOSの為、ファイルの断片化等の処理も自動では行ってくれないので、俺が作ったデフラグ(ファイルの断片化を解消して処理をスムーズにするプログラム)を走らせておく。

 それだけやって、俺は布団に潜り込み夢の中に身を委ねた。

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