第6話 正義

「それから、この生徒会室がヒーローの支部なのでヒーローは生徒会に所属してもらうことになるんだ」

「え、そうなの?」

「ちょっと待って!こんなのを仲間にするの?」

 こんなのって……俺、泣いてもいいかな?

 冬間に嫌われ過ぎだろ。

「彼も一応ヒーローだし。真黄君、正義の為に闘ってくれるよね?」

 春野がフォローを入れてくれる。

 一応ってのがやや引っかかるけど……。

「あ、ああ。もちろんだよ」

 まぁさっきは助けてもらったし、悪い人達じゃないと思うから一緒に闘ってみるか。

「イエローとか、微妙なのよね。ポジションはカレーの人って感じ?いらなくない?」

「好きでイエローな訳じゃね~し。色選択できたら俺もレッドが良かったわ」

「あなたがレッドだったら、私、悪に寝返るわ」

「ぐぬぬ……」

 もう彼女の中の俺のイメージは修復不可能のようだ。

 これ以上ここにいたら心折れるな。

 早々に退散しよう。

「とりあえず、俺が生徒会ってのは無理があるから、今回は注意のために呼び出された事にしといてくれよ。今日が初めての変身だったし、今後の身の振り方を考えたいからさ」

 黒木さんの事もあるから、暫く様子を見たいのでそう提案した。

「了解。それから、この学校には僕ら以外にも、もう一人ヒーローがいるんだ。カラーはブラック。一年三組の黒木琥珀くろきこはくくんだ」

 春野が言った名前が少しひっかかった。

 黒木さんと同じ姓か。

 まぁ、よくある名前だし偶然だろう。

「そのブラックは今日は休みなのか?」

 俺がそう聞くと、春野は少し目を伏せて応える。

「彼は僕等の仲間にはなっていない。以前、君と同じように変身しているところを見かけて話をしたんだが、自分は正義の為に闘ってるわけじゃないと言って断られたよ」

「正義の為じゃないのにヒーローになれるもんなのか?」

「変身は出来るようになるさ」

 春野は悲しげに続ける。

「紋章の前任者が正義の適正有りと判断して紋章を譲れば、変身できるようになるよ。でも、変身できても正義の心が無ければそれはヒーローではなく、悪の怪人だ。だから、紋章を持つ者には強い正義の責任が伴う。それなのに……」

 何故か、その時の春野に妙な違和感を感じた。

 優しくリーダーに相応しい奴かと思っていたが、『正義』と言う時の語気が普通じゃない。

 冷たく……冷たく……それは一般的な正義のことを言っているんだよな?と問い質したくなるような異質な『正義』。

 ふと、俺は黒木さんが俺達と同様に変身していたことを思い出した。。

「あの怪人達も、変身してる姿なのか?」

「そうかもしれない。僕等が入学してから校内で計5回怪人が出現している。通常では考えられない頻度だし、恐らく手引きしている人間が学生の中にいると僕は思っている」

「昨日お前達が怪人を倒すところを見た。もしあの怪人が人間が変身していたんだとしたら、消えたってことは……」

「いや、あれが人間だったのなら変身が解けていたはずだよ。救急車で運ばれるぐらいの重傷にはなっていたと思うけどね」

 春野は嘘を言ってるようには見えない。

 おそらく本当のことなのだろう。

「空中にバラバラになって消えたってことは、怪人はナノマシンの集合体みたいなものなのか?」

「そうだろうね。でも、エメラルドは雰囲気や話し方から人間ではないかと思う。そして、きっと彼女が怪人を手引きしている元凶だ」

 鋭いな、春野。

 正義に対する感覚には疑問を持つが、的確な判断力はリーダーであるレッドに相応しい。

 俺はカレーの人のポジションに甘んじておくか。

「仲間になってくれれば嬉しいけど、無理強いはしないよ。でも、何か気付いたことがあったら教えてほしい」

「ああ、わかったよ」

 春野は和やかに微笑んだが、俺は嘘の返事をして生徒会室を後にした。

 黒木さんのことを話す訳にはいかない。

 俺の勝手な判断だが、直感に従うことにした。

 ……べっ別に、冬間に変態扱いされて拗ねてるんじゃないんだからねっ!


 僅か2日の間に起こった人生を揺るがす出来事で、俺は披露困憊だった。

 その日の夜は帰って来てすぐに、何もせずに布団に潜り込んだ。

 変身は体力を消耗するというのは本当のようだ。

 普段あまり運動しない俺は全身が怠く、意識を失うように眠りに落ちた。


 そして翌日の土曜日、俺は新科学市の中心街へ来ていた。

 大抵のものは今や通販で購入出来る。

 しかし、特典付き等意中の物を手に入れるには、店頭販売に並ぶ必要がある場合もある。

 今日は『戦隊魔法少女ナノカのキャラグッズ特典付きDVD』の発売日。

 疲れのせいで寝過ごしてしまったので、今並んでいる場所は特典をゲット出来るか微妙な位置だ。

 販売戦略として、希少価値を出すために数量制限するのは分かる。

 でも、列に並んでいる人数分ぐらいは数を用意してほしいな~。

 そんなことを考えていると、販売が始まったようだ。

 列は少しずつ前に進む。

 列の隙間から商品の在庫が少しだけ見えた。

 ……まだある。

 ……まだある。

 そして遂に俺の番が来た。

「お客様で最後です」

 あぶねぇ!ギリギリで購入できた!

 俺は右手だけで端末の小ウィンドウを開き、支払いを行う。

 ここ新科学市では、お金を持ち歩く人はいない。

 サーバー内にポイントという形で通貨を記録しているからだ。

 新科学市ではナノマシンのおかげで空中に端末を開けるので、完全に手ぶらで買い物が出来、とても便利だ。

 最後の一個を受け取ると、後ろから嘆きの声が上がる。

「くそぉ!オークションで手に入れるしかないかぁ!」

 俺も一歩遅かったら購入出来なかった。

 昨日までの悪い運は今日の良い運のための布石だったか。

 早急に帰宅して戦利品を眺めようと振り返ると、一人の少年がこちらをじっと見ていた。

 年齢は俺と同じくらいだろうか?

 黒い短髪で大きな瞳が印象的だ。

 一瞬少女か?と見紛うほど整った顔立ちだった。

 その少年が俺に近づく。

「すいません、その特典付きのやつ譲ってもらえないですか?」

 特典付きの商品を購入出来なかった場合の常套手段だ。

 オークションで購入するか、その場で手に入れた人に交渉を持ちかけるかしか、手に入れる手段は無いからな。

 俺は話術がそんなに得意ではないのでやったことは無いが、交渉が得意なやつには最善策だろう。

「う~ん、どうしよっかな」

 実は俺は今回の特典にそれほど執着していない。

 俺は主人公のナノカが好きなんだが、今回は主人公の親友という設定のヘイトのキャラカップだから。

 どうせDVD購入するんだし、特典付きがいいかな~と思っていた程度だ。

 値段しだいでは譲ってもいい。

「お願いします。俺、ヘイトのファンなんです。特典のキャラカップだけでいいので」

 彼の真剣な眼からもの凄い熱意を感じた。

 こんなに一生懸命な少年を無下には出来ないよな。

 それに、ナノカを見てる奴に悪い奴などいない。

 俺は快く譲ることにした。

「俺、朝飯食いそびれたから、商品価格+ファーストフード奢ってくれるなら」

 ……うん、快くね。

 無料ただではないけど。

「ありがとうございます!それぐらいは奢ります!」

 少年に感謝された。

 何故だろう、彼の真っ直ぐな瞳で見つめられてちょっと罪悪感が芽生えた。

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