第4話 変身

 やばい!顔を見られた――と思って顔を両手で覆う。

 しかし、顔に触れる前に手が何かに当たった。

 頭をまるごとフルフェイスのヘルメットのようなものが覆っていたからだ。

 俺こんなもの被ってたっけ?でも好都合だ。

 これのおかげで顔は見られてないから、逃げ切ればなんとかなるかも?

 でも出口塞がれてるけど、どうやって逃げよう?

 そう思ったところで怪人が奇妙なことを口走る。

「エメラルド様、こいつ例のヒーローじゃないですか?」

「え?ヒーロー?」

 怪人は明らかに俺の方を指差している。

 自分の両手を確認すると、白い手袋をしており、体は黄色いスーツに白いラインと、昨日見た二人の姿に酷似していた。

 ヘルメットだけでなく、服装まで変わっている?

 もしかして俺、変身したの?

「さっきの話を聞かれた。こいつがヒーローだとしたら仲間にチクるかも知れないわね。っちゃいなさい」

 黒木さんが、いつも教室で見ていた時とは違った口調で恐ろしい命令を出す。

 頭の片隅には逃げなきゃという思いがあるにも拘わらず、足が動かない。

 逃がさないとばかりに怪人はジリジリと此方に近づいてくる。

「おるぁ!」

 怪人の右拳が俺の頭部に向かって突き出される。

 その瞬間、ヘルメットのアイマスク上にログが流れ始めた。

 プログラミング経験の無いものにとっては意味不明な只の記号の羅列だが、俺にはそれが何を意味しているか瞬時に覚る事が出来た。

 顔を左に五センチほど動かすと、怪人の右拳が俺の右耳の辺りを掠めて空を切る。

「んぁ?」

 何が起こったか分からないという表情の怪人。

 不気味なトカゲのような怪人の顔が更に醜悪に歪んだ。

 俺自身、起こっていることを全て把握出来ている訳ではないが、今怪人の攻撃を躱したことで頭は冷静さを取り戻していた。

 怪人は両手を組み腕を頭上に振りかぶるが、動揺しているらしく動作が大きすぎて次の攻撃がまるわかりだ。

 怪人の両手が振り下ろされるより早く、俺は自分の両手を前に突き出すと、俺の手は怪人の腹に一瞬ずぶりとめり込んだ。

「ぐげぇ!」

 崩れ落ちる怪人を俺は一歩下がって避ける。

 自分でも信じられない。

 スポーツはまるきり出来ないわけではないが、身体能力は普通よりやや劣る。

 プログラミングや読書が趣味で、体を使うのは寧ろ苦手だったのに。

 そんな俺が怪人を一撃で蹲らせるなんて、ひょっとしてこのスーツの御陰なのか?

 でも、何故いきなり変身できたんだろう?

 さっきの光が原因か?

 そもそも何故俺にこんな力が隠されているんだ?

 思い当たることなんて……あ、そういば俺が六才の時――。


 そんなことを考えていたのは一瞬だったのだが、その一瞬が命取りだった。

「これほどの力、放ってはおけない!」

 黒木さんは腰に着いていた杖を手に取り頭上に掲げた。

 杖が眩い光りを放ち、それを見た瞬間俺は石化したように動けなくなった。

 いや、俺が動けなくなったというよりは、スーツが動かなくなったような感覚だった。

 現に意識はハッキリしている。

「や、やばい!さっき言ってた動きを封じるってこれか?」

 体を動かそうとあちこち捻ってみるが、密着したスーツが硬化してビクともしない。

 そして蹲っていた怪人が、腹部を押さえながら立ち上がる。

「グブブ……、よくもやってくれたな」

 怪人の右蹴りが俺の顎をかち上げた。

「ゲホッ!」

 脳が振られて痛みと目眩で吐き気が。

 と、そこへ二撃目の蹴りが俺の腹を捉える。

「グホッ!」

 ヘルメットのアイガードの部分に胃液が飛び散る。

 昼飯は消化されてたか……なんて考えてる余裕も無かった。

 次々に繰り出される怪人の蹴りに、俺の意識はほとんど飛んでいた。

 俺、このまま死ぬのか……。

 そう思った時、部屋の入口から突如飛び込んで来た赤い光が怪人に激突し、そのぼんやりと見えた赤い光は徐々に人の形を成していく。

 よく見れば、昨日怪人と戦っていた、あのリア充の赤い服の人だった。

「エメラルド!今日こそ貴様を倒す!」

 赤い人は、黒木さんの事を知っているようだった。

 やはり黒木さんは赤い人と対立する勢力なのか?

 でも、きっと黒木さんの正体までは知らないのだろう。

 知っていれば、元の姿の時の黒木さんに接触してくるはずだ。

 だが、そんなことは黒木さんの周りでは起こっていない。

 ずっと見ていた俺には分かる。

 振られたのに未練がましくもずっと見ていた俺には分かる。

 とっても大事な事なので繰り返しました。

「大丈夫?」

 苦しさで横たわっていた俺は、ピンクの服の人に助け起こされた。

「だ、大丈……夫っ!」

 呼吸もままならない状態だったが、相手が女の子の様だったので少し格好つけてしまう。

 男とは悲しい生き物だ。

「古い言い回しだけど、正に飛んで火に入る夏の虫だわ」

 そう言い放った黒木さんは、先程の杖をまた頭上に掲げようとした。

「あ、あれはやばい!」

 いつの間にか体が動く。あの杖の体の自由を奪う効果は一時的なものだった様だ。

 しかし、ここで3人同時にあれを浴びれば今度こそ終わりだ。

 俺は考えるより早く黒木さんに向かって走り出していた。

「わああああ!」

 俺は杖を取り上げるために手を伸ばす。

 いつもの運動能力であれば丁度良く杖を取ることが出来ただろうが、運悪く変身していた事で脚力もアップしていたらしい。

 俺は黒木さんに突撃する形になり、もつれながら押し倒してしまった。

「いててて……」

「うう……」

 俺が上体を起こすと、右手が地面とは思えない程の柔らかさを感じる。

 しかもやや盛り上がっている?

 ヘルメットで手元が良く見えなかったので、首をひねって視線を下に向けた。

「き……」

 まさかと思ったが、やっぱりのお約束!?

 俺が掴んでいたのは黒木さんの胸だ!

 なんで彼女の変身後のスーツ、一番守らなきゃいけない部分がガードされてないの?

 心臓付近は一番守らなきゃいけない場所でしょ!

「きゃああああ!」

 マスクから少し覗く黒木さんの顔は真っ赤になっていた。

「ご、ご、ごめんっ!」

 振られた女を押し倒して、さらに胸も揉んで。

 事故じゃなかったら完全に捕まるシチュエーションですやん!

 いや、事故でも訴えられたら負けるかもしれん……。

 右手を離す前にもう一回だけ揉んだのは、本能だからセーフだな。

 そういうことにしとこう。

「ヒーローだと思ったら変質者だったの……?」

 後ろでピンクの人が冷たく刺さるような視線を俺に向けていた。

 なんでアイガードで目元が隠れてるのに分かるんだろう?とっても不思議。

「いや、この杖の光をあびるとスーツがフリーズするっていうか、なんか動けなくなるんだよ!」

 と、左手で杖を指さそうとしたら、さきほど触れたのと反対側の黒木さんの胸に、指がめり込む。

「あ、今のはわざとじゃ……」

――バチーン!

 黒木さんの平手打ちが俺のヘルメットを直撃し、俺の体はそのまま後ろへ吹き飛んだ。

「やっぱり変質者なのね」

 ピンクの人の視線はもう絶対零度です。寒い!

「お、お、覚えてろ!撤退するわよ!」

 あ、よく聞く捨て台詞だわ。

 黒木さんと怪人は教室から逃げるように出ていった。

 何故か赤い人もピンクの人も怪人を追わなかった。

「助かりました。ほんと、絶体絶命で死を覚悟しましたよ」

 赤い人にお礼を言って、握手しようと手を差し出したが、その手を捻り上げられる。

「いてててっ!何?何?」

「拘束させてもらうよ、変質者君」

「誤解だあぁぁぁ!」

 俺は連行された。

 命が助かったと思った次は逮捕?

 昨日に引き続き、今日も厄日だ……。

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