第2話 朝のひととき

 中央州新科学市。

 ここは、政令指定都市の中でも特別地区で、現代科学の粋を集めた都市である。

 市内の空気中にはナノマシンが飛び交い、通信や空気清浄化等を国家規模で実験している。

 俺は真黄秋人まおうあきと

 この地区の州立新科学高校に通う昨日振られたばかりの、振られたてホヤホヤ高校一年生である。


 新科学高校の一年二組の教室は、いつもと変わらない朝を迎えた。

 昨日降り始めた雨は昨夜のうちに上がったようで、教室は初夏の日差しで暖かい。

 生徒は既に教室内に二十~三十人いて、昨日の出来事等を話しながら挨拶を交わしている。

 喧騒の中で俺の側に一人の男子生徒が近づいてきた。

「で、どうだった?振られたか?」

 開口一番失礼な言葉を吐くこの男子生徒は、親友の左紺守さこん まもる

 サラサラの頭髪、丸く大きな瞳。

 童顔なのにどこか凜々しい顔立ちで、俺とは違いモテにモテまくる超リア充だ。

「振られた」

 少し怒りが込み上げたので、わざと無愛想に返答する。

 親友なら少しは気遣えよ。

 守は俺の態度を気にも留めずにやっぱりなと嘆息する。

「まあ、そりゃそうだろ。ろくに話したことも無いのにいきなり告白だもんな」

 ん?告白する前になんか過程があるの?

 恋愛経験値〇の俺にそんなの分かる訳ないだろ。

「何だよ、振られるって分かってるなら、告白する前に止めろよ」

「お前が成長する為に試練を与えてやったんだよ」

 そんな試練いらんわ!

 告白が試練じゃなくて、これからの学園生活が試練だわ!

 でも、そういえば何故か俺に何の注目も無い感じはするな。

 教室の雰囲気も何時もと変わりない。

 もしかして彼女は昨日の事を誰にも告げていないのだろうか?

 と思っていると、守の後ろから一人の女子生徒が顔を出す。

「ぶはっ!あんた告白とかしたの?誰、誰?ちょーウケる!」

 最悪だ。

 クラスのビッチグループの筆頭、姫川鶯ひめかわ うぐいすに聞かれてしまった。

「告白とか、あんたじゃ絶対無理に決まってんじゃん」

 この女、守の取り巻きで守以外の男には容赦無い。

 変な名前のクセになんでそこまで他人を攻めれるんだ?

 ある意味そのハートの強さ、尊敬に値するわ。

 俺はあまり関わりたくないので、なるべく姫川が長居しないように口数を減らしつつ反論する。

「べ、別にいいだろ」

 お、女の子苦手な訳じゃないんだからねっ!

 只、あんまり喋りたく無かっただけなんだからねっ!

 ……なんかツンデレみたくなってるな俺。

「うわ、キモ!真面に女の子と口きけないのに告白とか、引くわー」

 ほんと、容赦無いなこのバカ女。もうどこか行ってほしい。

「あまりこいつを追い詰めないでやってくれ。俺にとっての唯一無二の親友なんだ」

 守がフォローを入れてくれた。

 こういうさりげない優しさがモテるコツなんだろうな。

 俺には逆立ちしても真似出来ない。

 いや、逆立ちしてたら難易度上がるじゃねーか!

 姫川は守の言う事は素直に聞くので、それ以上は何もいわずに他のビッチ友達のところへ戻った。

 ふと、昨日俺が告白した女子――黒木碧くろき みどりさんの方を見ると、彼女もこちらを見ていた。

 俺と目があった瞬間直ぐに目をそらしたが、黒木さんも注目を浴びたくなくて誰にも昨日のことを話していないのだと、この時ようやく悟った。

 姫川が大声で「告白」とか騒いでいたからこちらを注視していたのだろう。

 妙な居心地の悪さを感じた。

「秋人に頼みがあるんだけど」

 そんな空気を変えるように、守が突然両手を合わせて俺を拝むように頭を下げる。

 まぁ、だいたい察しはつくんだが。

「いつものだろ?見せてみろよ」

 唯一無二の親友と思ってるのは俺も同じなので、守の頼みは余程のことが無い限り断らないようにしている。

「また端末にウィルス感染しちゃってさ。悪いけど見てくれよ」


 端末と言っても、パソコンのようなものがあるわけではない。

 旧科学では学生が所持するアイテムの代表格は携帯電話だったが、新科学ではそのような端末を持つ必要が無いし、それどころか表示用のディスプレイすら必要無い。

 必要なのは自分のIDを証明するためのチップを組み込んだ何かだけ。

 小型のチップをピアスや髪留め等に埋め込んでおき、そこから発した信号をナノマシンが読み取ってサーバーにアクセスする。

 そして新科学市では、両手を空中で内側から外側へ窓を開くように動作すると、ナノマシンが発光してそこに画面等が現れ、それを通じてデータを操作するという技術が確立されている。

 このナノマシン技術の御陰で、以前は考えられなかった魔法のような事が出来るようになったのだ。


 守が両手を胸の前で開く動作をすると、画面が現れて流れるように何かのデータが表示される。

 俺は、そこに出ているエラー表示を見て、

「お前も懲りないな~」

 と嘆息した。

 モテ男の守の端末には、いつも通り振った女からウィルスメールが送りつけられていた。

「いや、別に付き合ってから捨てた訳じゃないし。俺が懲りても女の子の方から近づいて来るんだからしょうがないじゃん」

「振られた直後の俺の前でよく言えるな」

「いや、ごめん。でも、秋人ならこんなのちょちょいだろ?」

「まぁ、お前の頼みだからやるけどさ」

 俺も自分の胸の前にディスプレイを開き、その下にキーボードも表示する。

 守のディスプレイを手で掴むようにして俺のディスプレイに引き込む動作をすると、小さなウィンドウとなって同一画面に統合表示される。

 キーボードを叩きいくつかコマンドを入力すると、ログが高速で流れ数秒後に『コンプリート』の文字が表示された。

「おお、さすが!鮮やかだね~」

「ただウィルス駆除プログラム走らせただけだっての。ちょっとプログラムの知識があれば誰でもできるよ」

「いや、秋人がやった後はウィルスに感染しにくくなるんだよね。助かるよ」

 爽やかに礼を言われると、こいつがどんなにリア充でも許してしまう。

 そんなやりとりとしていると、授業開始のチャイムが鳴った。

 ひとまず、朝の様子を見て、俺の今後の生活環境が最悪の事態には至っていないようなので助かった――と、この時は思った。

 この日人生を大きく変える何かが起ころうとしている事に気付かないまま、俺は呑気に先生の講義に耳を傾けていた。

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