街の風景

ひとまろ

第1話 化粧する老女

 道子はロータリーでバスを待っていた。ただぼんやりと並んだ道子の前に70歳半ばから後半くらいに見える女が頭陀袋のようなバッグをかき回して何か探している。5つしかない椅子の一つに腰かけているのだが中肉中背で割合身ぎれいにしている。五月にしてはやや暑い日差しが停留所の屋根ごしにふり注ぐ。バスを待つ列はほとんどが老人である。白髪の爺に茶髪の婆といったあんばいだ。道子も若づくりにしてはいるが60代も終わりに近いモミジマークである。


 やがてバスが来た。道子はスイカをかざして乗り込む。「優先席」を避けて降車口近くに座る。そこでも例の頭陀袋のバッグの老女と隣合わせた。バスが発車し国道に出たころであった。老女はバッグの中からコンパクトを取り出すとやおら自分の顔をパフで直し始めた。電車の中で人目も憚らず化粧直しをする若い女の子あれである。内心呆れているが関心もなさそうにしてしかし観察している道子の横で老女はやがて口紅と紅筆で唇をなぞり始める。ガタガタとバスが揺れるので道子は心配になったのかついに声をかけた。

 「大丈夫ですか?」

 「ホホ 大丈夫よ。慣れてるから。」

口紅は真っ赤である。真っ白な厚化粧の老女の面に赤い椿の花弁を置いたようである。

 「いい色ですね、口紅…。」

揺れるバスの床に両足を踏ん張りながら道子はつい老女にそう言ってしまった。

 「ホホ 年取ると余計きれいにしないとダメだからね、ホホ。」

 「そうですよね。お顔もきれいに化粧されて奥さんきれいですよ。」


 他の乗客の衆目も気にするでなくバス座席で化粧に身を入れるとしよりの女、自分より若い女のお世辞をまともに受けて嬉々とするこの老女が道子は何となく愛おしくなった。

 老女は化粧を済ませると道子より先に降りて行った。老女が降りたのは観光名所の帝釈天であった。…もしかしたら誰かと待ち合わせてでもいるのかしら。道子は窓から老女の姿を目で追ったがもう人混みの中に消えていた。


 

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街の風景 ひとまろ @hitomaro

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