ステージ
講堂のステージ脇のスペースに着いた私は辺りを見回し、先輩たちを探した。
周りにいる他の先輩たちはそれぞれの部活の道具や展示を持って控えおり、ガヤガヤと騒がしい。
どうやら1年生は私だけみたいだ。
見覚えのあるドレスたちを見つけて駆け寄る。
「お、樫田ちゃん。お疲れ」
「私たちの出番までもう少しだから待っててね」
椎先輩がいない。
「いやぁ・・・それが」
この期に及んで失踪したらしい。
「流石に時間には戻って来ると思うんだけど」
式江先輩のダークグレーのシャツに合わせたような、真っ赤なドレスを着た明日菜先輩が困り顔だ。
「探しに行って二重遭難じゃ洒落にならないからここで待とう」
色んな覚悟をしていたのに、これでは壁の花もいい所だ。
一人壁際に寄りかかって気を静めるためにも周りを見渡す。
するといつぞやの優しいラクロス部の先輩と目が合った。
口笛を吹いた振りをした先輩は小さく手を振る。
私もペコリと頭を下げる。
考えてみると不思議な話だ。入学前にはこんなことになるとは考えもしなかった。
つくづく色んなボタンの掛け違いがここまで来たように思う。
それこそボタンが一つずれていたらあの先輩についてラクロス部に入っていたなんてこともあるんだろうか。
本当に高校は色んな事が起こる。
大野さんとも友達になれたし、クラスメイトともこれからは仲良くなれそうだ。
緊張はやっぱり消えないけど、前向きな気持ちにはなれてる。
ただ神津先輩にしてしまったお願いはどうだろうか?
どちらにせよ椎先輩が戻らなければ話にならない。
運動部の紹介が終わり、文化部の紹介に入っていく。
この後、ミュージカル研究会が終われば私たちの時間だ。
ミュージカル研究会の劇の掛け合いは新入生たちに笑いを誘っていたが私たちはお腹ではなく、頭を抱えていた。
椎先輩が戻らない。
「あいつ、マジか~」
「最悪の場合、樫田さんには悪いけど2人のダンスも私たちがやらないといけないわね」
予定では明日菜先輩と式江先輩の2人が壇上に出て、西洋社交研究会の説明をする。
そのまま2人が切れの良いリズムで情熱的に踊るタンゴ、速いリズムでアクションの激しいクイックステップを続けて踊る。
その後、椎先輩と私が初心者用のスローワルツを踊る。
最後にみんなでご挨拶という流れだった。
椎先輩一人なら何とかなるかもしれないけど、私一人ではどうにもならない。
どたどたと跳ねる私を見てもダンスと思ってもらえるかどうか。
2人がステージ上に進み出ようとしたその時、ようやく椎先輩が姿を現した。
両手にヒールをぶら下げて。
「お前!それ駄目だって言っただろ」
「隠し場所が甘いね。下駄箱の上なんてよじ登ればすぐだよ」
「っとにもう!」
「ハル、もう行かないと駄目だから」
頭を抱える式江先輩を連れて明日菜先輩はステージ中央へ向かった。
「このヒールが良かったの」
自慢げに指先でヒールをくるくると回す。
いまいち私には良さが分からないけど、良い物なのかな。
2人が説明を終えて、委員の先輩たちがプログラム通りに音楽を流してくれる。
童謡で馴染のある「黒猫のタンゴ」だ。
みんな知ってる曲でつかみは上々に見える。
そしてクイックステップの曲に移ろうとした時、椎先輩がヒールに履き替える前に舞台袖に現れたのは私のお願いを聞いてくれた神津先輩だった。
・・・・・・・・・ふわぁぁぁぁぁぁ!!!
か、カッコいい・・・
悲鳴を上げてしまうかと思って口を押える。
あの長い艶やかな髪を無造作にまとめ、背中に流し、後れ毛が醸し出す雰囲気に何とも言えない色気が在る。
ズボンも足首がキュッとしまり、プロポーションの良さを際立たせ、私と同じ白いシャツは白い手袋と混然一体になって目に眩しいほどだ。
シャツの上から羽織る表面積の小さいハーフベストが女性的とも男性的とも見えるボディーラインをまとめ上げていた。
これは・・・取り合いになりますよね・・・はい。
確かにお願いしたのはじぶんだけど、予想以上のものが登場してしまったので思わず只のファンになってしまう所だった。
そうだ。神津先輩がこうして来てくれたという事は、私のお願いを聞いてくれたという事なのだ。
私は神津先輩の目を見て少し後ろに下がる。
これは何より2人だけのお話だ。私が入ってはいけないと思う。
私のお願い、それは神津先輩に椎先輩へ向き合ってもらう事。本当の気持ちを分かち合って欲しいという事。
間違ってるかもしれないけど私が気付いた事や、考えた事は全て伝えた。
2人、いや3人の間で積み上げたものがどれほど大きいかは私には分からない。
でも写真に写っていたような3人の笑顔を取り戻して欲しいと思う。
例えそこに私はいなくても、それはきっと私が椎先輩の背中を見て気付いてしまった、先輩の一番の良い所だから。
神津先輩の肩越しに椎先輩と目が合う。
多分今まで顔を見れなかった時の表情。
すがるようにも、泣きそうにも見える。
私は背筋を伸ばし、はっきりと椎先輩の目を見つめてうなずく。
クイックステップの軽快なジャズバンドの曲が終わる頃、椎先輩は神津先輩に向き直ってうなずき、入れ替わりでステージ中央へと向かった。
自分たちの踊りを終えた2人の先輩は神津先輩が現れた事を驚いていたけど、私の目を見て納得してくれたのか慰めるように私の肩を叩いてくれた。
舞台袖から2人のダンスを、瞬きもせずに見つめようと唇をかみしめる。
観客席から届く感嘆の声。
曲は古いアニメの舞踏会に使われた、ピアノとバイオリンの協奏曲。
イントロダクションのバイオリンが流れると、神津先輩が跪いて差し出した手を椎先輩が受け取り、ワルツが始まった。
お互いが逆の方向を見るクローズドポジションから始まり、シンクロしたステップの後、優雅なナチュラルターンに入る。
ホイスクというリズムに合わせた溜めのような行きつ戻りつするステップで、互いが同じ方向を向くプロムナードポジションに移る。
一気に大きなステップでダンスを加速してゆく。
それはまるで2人の軌跡のようだ。
何かの掛け違いで別の方に向いてしまった2人が逡巡を経て真っすぐ同じ方に進んでゆく。
2人のそんなダンスを見て本音を言えば少し胸が痛い。
でもやっぱりこれで良かったのだと思う。
・・・椎先輩のリードには神津先輩の方が相応しい。
誰がどう見たってそうなのだ。
シンクロするステップ、フォローの椎先輩を自慢の花束を差し出すように観客にアピールするリード。
どれをとっても今の私には出来ないことだ。
曲の終わりのヴァイオリンの余韻に合わせて椎先輩を抱き上げてフィニッシュのポージング。
余りの出来栄えのせいだろう。同窓生たちは一瞬の放心の後、盛大な拍手を送ってくれた。
「えっ!?」
最後の挨拶を3人に任せた神津先輩は私の姿を認めるなり、やおら強いハグをした。
球のような汗を浮かべる神津先輩はより魅力的になっていたけど、それだけにこの状況は平常心ではいられない。
すごく素敵な男性に抱きしめられてるような、でも私も男性の格好をしてるわけだからそれは問題ないのか。いややっぱり違うような。
「樫田さんって雛に似てるわ」
私をハグしたままの先輩は、式江先輩たちと同じことを口にした。
「どんな・・・所が似てるんでしょうか?」
「人の事に一生懸命になっちゃう所かな?」
おせっかいと言う事だろうか。
「リードってねフォローをどう輝かせるか考えなきゃいけない立場なの。それで言ったら私は失格ね。フォローの事を何も考えて無かったもの」
「だから樫田さん。貴方はきっとリードに向いてるわ。あの娘をお願いね。きっとものすご~く大変だけど」
私をハグから解いて凛々しい瞳でどこかを見つめてる神津先輩は何かを決断したように思えた。
そのまま真っすぐ振り返りもせずに舞台から去っていく。
「アアヤ!しゃがんで肩貸して」
反射的にしゃがんだ私の肩に手をのせて椎先輩は神津先輩と踊った時には履かなかったヒールを履きだした。
何で今さらと思う私を他所に今度は私を立たせて正面を向かせる。
「ほら、少し近くなった」
ノーマルより少し高めのヒールは私のために選んでくれたものだったのか。
神津先輩が何を決断したのかは分からないけれど、私も決めなければならない。実はまだ何も言っていないのだ。
「椎先輩、西洋社交研究会に入部させて下さい」
「へ?もう入ってるでしょ」
当然とばかりに屈託の無い笑顔を見せる先輩。
神津先輩の言う通り、きっとものすご~く大変なんだろうな。
本当に頑張れるだろうかなんて真面目に考えるのは先輩の笑顔を見てるとバカみたいに思えて来た。
この人の相手以上に大変な事なんて何もない。
迷いも不安も晴れた気分で私も先輩と一緒になって笑ってしまった。
ただ本来一番重要な新入生の勧誘については。
時間オーバーにも関わらず、3人の先輩たちに代わる代わると振り回されて泣きそうになっている私の姿が、同窓生たちにどのような感想を与えたかは今しばらく待たないと分かりそうにない。
藤乃茶学園高等部 西洋社交研究会 完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます