部室でのお願い
「わぁ!素敵!」
3人は準備が整ってなかったから先に講堂に行っているという事を伝えに来てくれた神津先輩は私を見るなりそう褒めてくれた。
式江先輩に習ったジェルを使って髪を整えた私の姿は、私自身にはやっぱりペンギンみたいにしか見えない。
いや髪を尖らせたからイワトビペンギンだろうか。
「うん、やっぱり素敵ね。あら?タイはしてないの?」
私を真ん中に置いてぐるりと一周した先輩はふと気づいたように質問した。
そう言えばタイの付け方は習っていなかった。
「あの娘たちもしょうがないわね。ちょっと失礼するわね」
私の襟を立てて真っ白い蝶ネクタイを付けてくれる神津先輩。
こうしてまじまじと近くで見ると怖いくらいきれいな人だ。椎先輩が西洋人形とすれば、神津先輩はお雛さまみたい。
大和撫子と言えば良いのか日本の女性の美しさを体現したような、大人びた魅力。
こんなにきれいな2人とこうして近づけるなんてこれだけでも西洋社交研究会に入って良かったと思う。
「あの娘が迷惑かけてごめんなさいね?パートナーも解消したのだし、私がリードをやって上げると言ったのだけれど、あの娘ったら意固地になっちゃって」
「そうそう、良かったらこれどうぞ。お昼食べれてないでしょう?」
「ありがとうございます。頂きますね」
魚の代わりに銀色のパッケージのゼリードリンクを頂いたので、くわえてチュウチュウと吸う私を先輩は小動物でも見るような風で眺めている。
やっぱり2人してペンギン好きなのかな。
「緊張は解けた?」
「いえ、まだ少し・・・」
「じゃあ、いいおまじないがあるの。手を出してくれる?」
そう言って私の手の平に南瓜の文字を書いてくれる。
椎先輩と同じように。
私からすると神津先輩はとても大人に見えて、2年しか離れてないなんてとても思えない。
確かお父さんとお母さんは4歳差で、おじいちゃんとおばあちゃんは10歳くらい違うと聞いていたけど、大人になるとそれぐらいの差は気にならないものなのだろうか。
例えば2年後、私が3年生になったとしても神津先輩みたいに成れるはずが無いとは思う。
大人びた先輩の本当の気持ちは私には分からない。
でもどこか間違ったようなおまじないをそのまましてくれる先輩は、本当は私と変わらない、年相応の女の子にも思える。
「祓苗先輩ってどんな方だったんですか?」
疑問をぶつける私の表情はどんなだったろう。
先輩は少し戸惑いながら祓苗先輩の話をしてくれた。
う~ん。
幼なじみよね・・・
元々家同士の繋がりがあったから、同い年の姉妹のようなものよ。
幼稚園から、小中高とずっと一緒。
だから親友と言えばその通りだし、大切な友達よね。
明るくて、真っすぐで多分樫田さんも会えばきっと気に入るわ。
でも椎ったら何か勘違いしているのよ。
確かにちょっと仲が良すぎたというか、べったりとし過ぎていたからお互いの両親にも怒られちゃってね。少し距離を置きなさいって。
まさかあそこまで遠くに転校するとは思わなかったけど。
でも仲が良いと言っても只の友達なのだから、今は連絡が取れないけどいずれはどこかで会えるわよ。
例えばお互いの結婚式とかね。
そう言ってるのに椎は
そんな調子で明るく話す神津先輩の言葉は、私には額面通りにしか受け取れなかった。
でもそれは私が神津先輩の事を何も分かっていないからなのだと思う。
好きな物が似ていたり、変てこなおまじないを共有してたりするような近い所にいる人なら、そこに嘘があったら分かってしまうのではないか。
例えば椎先輩のように。
私にしても椎先輩と過ごした時間なんて、どう長く見積もっても4、5日が精々だ。
ただそれでも式江先輩や明日菜先輩が、椎先輩が連れて来たんだからというだけの理由で私を受け入れてくれたように、あの先輩を信用している部分はある。
傍若無人で自分のやりたい事なら何でもしてしまう。自分を止めるブレーキなんて最初からついてないようなあの人だ。何か問題があればそのままぶつかって解決してしまうだろう。
そんな人があれほど怒っているのだ。
それはきっともう神津先輩に対してというより、自分ではどうしようもない事にぶつかってしまい、何もできない自分への怒りなのかもしれない。
これは私の想像だけど神津先輩のフォローに成りたかった椎先輩は、とても近くにいたからこそ、神津先輩と祓苗先輩の間の特別なものに気づいてしまったんじゃないだろうか。
それだからこそ自分のリードを見つけようとして、その過程で私を見つけてくれた。
でも祓苗先輩が転校した後の神津先輩は、きっとさっきみたいに椎先輩に話したんだろう。
話してしまったんだろう。
只の友達なんだから気にしなくていいって。
代わりにあなたとパートナーになりましょうって。
まるで気持ちをごまかすために椎先輩を利用するように。
そう言われた椎先輩はどんな気持ちだったろう。
とても・・・とても悲しかったんじゃ無いだろうか。
もしかしたら椎先輩の気持ちを今一番理解しているのは私なのかもしれない。
それは自惚れだろうけど私は神津先輩に話した。今考えたことの全てを。
先輩に意見するなんて考えたこともなかったのに言葉が止まらなかった。
それはぐちゃぐちゃなままの感情的な言葉だったけど、私は全部を吐き出して、先輩にお願いをした。
先輩は私の言葉を全て聞いてはくれたけれど、返事をもらえないまま時間が来てしまい、私は先輩を残して講堂へと移動した。
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