昔話
「亜絢ちゃんはおじいちゃんに似てるわね」
おばあちゃんは私によく話してくれた。
おじいちゃんは私が生まれる前には亡くなっていたけど、写真に残ったおじいちゃんは確かに私に少し似ていた。いや勿論私がおじいちゃんに似てるのだろうけど。
自衛官だったというおじいちゃんは写真の中でピンッと背を伸ばして、柔らかい笑みを浮かべていた。
二人はお見合い結婚だったけど、おばあちゃんはお見合いの前にどんな人なのか不安になってこっそりと一人で見に行ったそうだ。
今改めて聞くと、随分お転婆なお嬢さんだったのかなと思う。
気分は少女探偵だったか、おじいちゃんを尾行したおばあちゃんはおじいちゃんの色んな所を見たと教えてくれた。
曰く、唸る犬を何とか撫でようと苦労している所とか。
曰く、通りすがりの子どもに敬礼されて、思わず自分も敬礼してしまったとか。
そんな他愛ない事の一つ一つ。
まさか亡くなったおじいちゃんも、会ったこともない孫にまで、そんなことが伝わるとは思っていなかっただろう。
でもそんな他愛ない事がおばあちゃんがおじいちゃんを好きになった理由になったのだ。
人が誰かの事を特別に思うのはそんな小さな事の積み重ねなのかもしれない。
幸か不幸かそんな相手を持つことも無く、ストーカーの汚名を被らずにこんなにも大きくなってしまったけど、おばあちゃんの話を聞いて育った私は、長い間自分にも好きな人が出来たら後をつけるものだなんてずっと思っていた。
と同時に私自身もまたおじいちゃんのように誰かに見られているかもという不安は私の性格をねじれさせた原因だとも思う。
誰にどう見られるかと、人の目ばかり気にした自意識過剰の頭でっかち。
自信を持てる物なんて何も無いのに、格好ばかりはおじいちゃんみたいに背筋を伸ばして。
自分の嫌いな所ならいくらでも言える。
でもそんな私の「良い所」を御倉先輩は見つけてくれたんだろうか。
自分の良い所なんてやっぱり自分では良く分からないけど。
じゃあ、私はどうなんだろう?
今、部室の中で私のためのステップを練習してくれる先輩。
すぐに転んでしまう不器用な後輩のためにわざわざマットまで用意してくれる先輩。
私が倒れてしまう事を気にしないよう自分からわざと倒れてみたりする先輩。
おばあちゃんに習ったお茶をこれ以上無いくらい誉めちぎってくれる先輩。
そんな先輩をこの数日で何度も見つけてしまった私は一体どう思ってるんだろう。
「って、ええええぇぇ!!?」
自問自答を繰り返している内に足首に金縛りのような感触があって悲鳴をあげる。
いつの間にか私に気付いた先輩が教室の壁の下にある引き戸から私の足首を掴んだのだ。
「何してんの?キャスター」
質問する側が逆だと思う。
「もう部活紹介は明日なんだよ。早く入って練習しよう」
「わ、分かりましたから、引っ張らないで下さい!そこからは入れません!」
セピア色の回想シーンがゴシックホラーの導入部に切り替わってしまった。
何のためにある引き戸なのか分からないけど、後輩を引きずりこむための場所では無いはずだ。
「ふむ、こうして見るとキャスターは足も中々良いねぇ」
「スカートをめくらないで下さい!!すぐ入りますから!」
何の良い所を見つけてるのだ、この人は。
何とか正規の入り口から入室した私にコホンと咳払いをしてから大仰にお説教する。
「いい?キャスター。もう練習出来る時間は今日しか無いんだよ?ちゃんとステップを踏めるようになったらご褒美に何でも言う事聞いてあげるから」
何でもって・・・もう止めさせてもらいますって言ったらどうするんだろう。
衝動的にそんな事を考える。それは今までに何度も言おうとした事だったけど、もう今は。
「・・・・・・て下さい」
「ん?」
「キャスターって呼ぶの止めて下さい。あんまり好きじゃ無いんですそのあだ名」
目を逸らしながらもはっきりと言い直した私を見て、ほんの少しだけきょとんとした先輩はにんまりと笑いながら返事をする。
「うん!分かった。じゃあ私のことも御倉先輩じゃなくて椎先輩と呼ぶように」
それならご褒美じゃなくて交換条件なのでは?
何にせよこれ以上の反論は無駄のようだ。
私は吸い寄せられるように先輩の右手を取り、その体へ手を回す。
「あ、そう言えば、他の先輩たちはどうしたんですか?」
「2人は衣装の用意があるから今日はこないよ」
ということは。
「今日は二人っきりでずっと練習だよ」
私の腕の中で上目遣いに私をからかう、先輩のこんな所は果たして良い所だろうか。
昼休みも放課後も不器用な私は先輩に付いて、ひたすら同じステップを練習していた。
文字通りの手取り足取りだ。
一応一つ一つの動きは転ばないで出来るようになったけど、ステップとステップの繋ぎの部分がまだ怪しい。
部活紹介で必要な一連の流れを音楽に合わせて丸暗記するように体で覚えてゆく。
ようやっと部活紹介で必要になる分のステップが全て踏めるようになったのは下校時刻も間際になっての事だった。
それはステップというのもおこがましい、強いて言うなら歩数は合ってるというぐらいのものだったけど、通して出来たのは確かだ。
これで少しは迷惑をかけずに踊れるだろうか。
「はい、アアヤも飲んでいいよ」
練習も一区切りついて、マットを丸めた即席のソファーに腰掛けた先輩はゴクゴクとスポーツドリンクを飲むと、そのペットボトルをこっちに放り投げた。
私はペットボトルを落としそうになりお手玉した後、両手で抱えて飲み口をじっと見る。
「お茶の方が良かった?アアヤは本当におばあちゃん子だね」
「い、いえ・・・」
初めて名前で呼ばれた事、間接キスになるんじゃないかと躊躇したてしまった事、さらにおばあちゃんの話が出てきて今日一日色々と考えていたことを思い出してしまった事。
色んな事がない交ぜになって思考停止してしまった。
特におばあちゃんとおじいちゃんの馴れ初めを自分と先輩に
「おばあちゃん離れ出来てないみたいで恥ずかしいですよね」
おためごかしの適当な返答に先輩は首を振る。
「本当は大好きなのにごまかしてる人よりずっと良いよ」
あさっての方を向いた先輩の視線の先はコルクボードの写真。
どんな表情をしているのかはやっぱり見れなかった。
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