放課後
転ぶ度に御倉先輩はまるで遊んでるように笑っていた。
一方私はといえば倒れる度に下敷きになったりで、右に左と満遍なくひりひりと痛んでいる。
先輩にまで怪我をさせてはいないかと気が気ではない。
「放課後は次のステップだよ」
手をグッと握りながらそう言う先輩に逆らえる言葉もなく、約束させられてしまった。
午後の授業も気もそぞろで、早速1学期からの成績も危ぶまれるけれど、時間は容赦なく過ぎてゆく。
放課後は何回転ぶことになるのだろう?
何やらクラスメイトたちはチラチラとこちらを
自分の自意識過剰であって欲しかったけど、これ以上無く目立ってしまった1日だっただけに勘違いではないだろう。
居たたまれなくなった私は足早に部室へと去っていった。
すでにこの学校には私の安住の地は無いのだ。
三度訪れた部室にまたも一番乗りしてしまった私は、先にお茶でも淹れておこうかと少しだけ悩んだが、とりあえず道具の準備だけしておくに留めた。
準備をしている内にまた御倉先輩が音も立てずに背後に立っているのではないかと、はっと振り返る。
振り返った先では丁度、式江先輩と明日菜先輩の2人だけが戸を開けて入ってくる所だった。
「お疲れ~、樫田ちゃん早いね」
「ごめんなさいね。椎ったらまた担任に怒られてて遅れるのよ。まぁこれもいつものことなんだけど」
いつものことが多いですね。などと軽口を叩く余裕などあるはずもなく、曖昧な返事を返し受け流す。
「どう?今までの練習で分からないとことかあった?何でも聞いていいよ」
式江先輩はそう言ってくれるけど、足をついて行かせるだけでも一杯一杯な現状、まず分からない所が分からないと言うのが本音だった。
まさか「転ばない方法を教えて下さい」などと聞いて先輩たちを困らせる訳にもいかない。
だから他に聞きたいことと言えばそれ以前の問題だった。
「・・・何で、椎先輩って私なんかにこだわるんでしょうか?」
背が高いのが見栄えが良いという考えがあるにせよ、他にいくらでも選ぶべき要素はあると思う。
そんな疑問をぶつけてみる。
「選んだ理由ってそれは・・・」
目配せしあう2人の先輩。
「分からん」
ためがあった割には肩透かしの回答だった。
「いや、あいつの行動原理というか、何を考えてるのかの読めなさってのは筋金入りだからね」
「まるまる1年は付き合ってきたけど、未だに予測出来ないことばかりやりだすから」
「でもまぁ、あいつが選んだならそれは正しいんだろうし。樫田ちゃんもいい娘だから私たちは大歓迎だね」
何だか不思議な感じがする。
何を考えてるか読めなくて、何をしでかすかも分からない。
でも信頼はしている。
それは友達同士で培った時間故の信頼感なのだろうか。
「ただ樫田さんの背が高いからというのはちょっと違うかな。春、お願い」
明日菜先輩に促され、2人は今日の私とは違う滑らかな所作でお互いを抱きしめあった。
私が注意された所をみんな修正できたら、こんな風にきれいなスタイルになるのだろうか。
また見てはいけないものを見てしまったような、良いものを見せてもらったような気分で
「こうやってポーズを取った時にこんな風にフォローの頭が見えるくらいがリードとして丁度良いって言われるの。だから身長だけを言うなら合ってるとはいえないかな。勿論それだけじゃないけどね」
明日菜先輩は式江先輩の肩越しから視線を通してそう言った。
ちなみに昨日聞いた解説によるとリードとは男性側、フォローは女性側のことである。
なるほど私と御倉先輩ではこうはならない。私がほとんど先輩の姿を隠してしまうだろう。
でもだとしたら、改めてお似合いなのは神津先輩なのではないだろうか。
2人のその姿を空想すると何故か心が少しもやもやとする。
きっとすごく素敵なダンスになるはずなのに。
そんなもやもやを打ち消す鮮やかな緑色が、突然視界一杯に広がった。
「せ、先輩!?!?」
鮮やかな緑色はすでに体操服に着替えた椎先輩が抱えていた謎のロールだった。
「はい、そっち持って広げて」
言われるままに広げた緑色は思ったより分厚くて重かった。
どうやら体育で使われるマットのような物らしい。部室の4分の1程が緑色に変わっていった。
「これで転んでも大丈夫!」
どうだと言わんばかりに胸を張る。わざわざ用意してくれたのだろうけど、一体どこから借りて来たのだろう。
そんな私の逡巡をどう思ったか椎先輩は自らマットに倒れ込んだ。
「ほら、怪我しないでしょ。キャスターも着替えて早くこっちにおいでよ」
舞い上がる埃が光を反射して輝く中、先輩はポンポンとマットを叩いて私を招き寄せる。
そうは言われてもその、マットに横になって着替えておいでなんて呼ばれると、なんだかものすごくいけないことを求められてるような・・・
「お前が先に倒れてどーすんだよ」
的確なツッコミが入ると椎先輩は足を振り上げて戻す勢いでひょいと立ち上がり、また私を招き寄せる。
「・・・・・・・」
いい加減観念した私はさっき見せてもらったポーズを思い出しながら先輩の身体に手を回す。
と同時に先輩は私ごと巻き込んで勢いよくマットに倒れこんだ。
「ね、平気でしょ」
「・・・・・・はい」
さらに舞い上がる埃の中、私の腕の中で先輩はからかうようなな笑顔を浮かべてそう言った。
そうしてこの日の放課後の練習は、お昼に習った動きながら曲がるナチュラルターンと、動きながら一回転するタンブルターン、その場で先輩をくるりと回すスダンディングスピンとゆう回転する動きを中心に習うことになった。
頭でこう動くと理解できても足は全く思うように動いてくれない。ちぐはぐなステップは簡単にバランスを失い何度もつまずき、目を回し転んでしまう。
ようやく練習に一区切りが付くまでに、都合9回もマットに倒れてしまった。
最もその内の何回は御倉先輩にわざと引き倒されたからだった。
まるで新しいいたずらを覚えた子どものように、先輩は何が面白いのかそんなことを何度も繰り返した。
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