ランチタイム


「キャスター早いね!いいねぇ~、やる気十分だよ」


「!?!?!」


色々と思案を巡らせた私の頭の中身は、背中を引っ叩ひっぱたかれてバラバラになった。

抱えていたお弁当までバラバラにしないために、しっかと抱きしめて逆に転びそうになってしまう。

部室に入って来た気配なんて少しも無かったのに、突然真後ろに現れた。


「じゃあパッとお昼食べちゃって練習しようか」


「あ、あのですね・・・」


「ん? 先に練習の方が良かった?」


「いや、ですから・・・」


会話が成立しない。

そうこうしている内に、今度はちゃんとガラリという音を立てて戸が開けられた。


「早すぎだよ。お前」


「お昼忘れたって言ってなかった?もう買って来たの?」


「あ、直ぐ買って来るから先に食べてて」


昨日部室にいた4人が再び揃ったかと思うと、また嵐のように走り去っていった。


「しょうがねぇなぁ」


「いつものことだから、先に食べちゃいましょう。樫田さんも座って。緑茶でいい?」


「は、はい」


一連の嵐にも慣れた風で着席を促される。


「あいついつもあんなだからさ。まぁ悪気は無いんで大目に見てやってよ」


急須に注がれるお湯の音と、漂い出す緑茶の香りがおばあちゃんの入れてくれたお茶を思い出させて、少し気持ちを落ち着かせてくれる。

緑茶の味もほっとする味だった。


「正直なところ、どうかな?西洋社交研究会ウチに入って見る気持ちはある?」


3人でお弁当に手を付けだした所で、きれいに詰められたお弁当のアスパラベーコンをつまみ上げながら明日菜先輩に尋ねられた。


「私たちは何も無理矢理に入って欲しい訳じゃないからさ。どうしても駄目ならあいつの事もできるだけ抑えてみるから」


できるだけって・・・あまり頼りになりそうにない。

大きめのバゲットに色々な具が挟まれたサンドイッチを豪快にかぶり付きながら言う式江先輩は、いかにも自分の我を通せそうに見えるのだけど、それでも御倉先輩の制御は難しいのだろうか。


「でも樫田さんは背も高くてスタイルも良いし、ソシアルダンスをやったら似合うと思うな」


褒められている。それは勿論理解出来てはいるのだけれど、劣等感コンプレックスの塊のような私には呪いのようにしか感じられなかった。

結局、他の部活勧誘と同じで背が高いということだけで誘われたということだろう。

仮に入部して始めてみたとしても、私の事だ。どうせまたスローワルツ?というのもまともに覚えれず、幻滅される。

今までに何度となく繰り返してきた光景なのだ。


その後も2人の先輩は何かと話を振ってはくれるけれど、私は嫌な過去ばかりをフラッシュバックのように思い出してしまい、言葉少なになってしまった。

胸の支えを洗い流すように、ぬるくなったお茶の残りを一息に飲み込むと、2人のティーカップにも残りが少なくなっていたので、明日菜先輩がおかわりの用意をしようとしていた。


「あ、私おかわりいれますね」


気まずい空気を断ち切るように立ち上がる。緑茶の淹れ方ならおばあちゃんに習ったから大丈夫だ。


「え、ごめんね。ありがとう。じゃあもう1人分淹れてもらえる?そろそろ椎も帰って来るでしょう」


「はい」


習った通りに淹れた二煎目のお茶を4つのカップに何度かに分けて注いでゆくと、最後の一滴が落ち切る頃、ようやく御倉先輩が戻って来た。


「はぁ喉乾いた。何か飲み物ある?」


机に近づきながらサンドイッチと菓子パンの残骸の袋をゴミ箱に放り込む。

廊下で食べながら戻ってきたようだ。

先生に見つかったら絶対叱られるような校則違反だと思うけど。


「それ私の分?キャスターが淹れてくれたの?」


「は、はい。どうぞ」


まだ熱めだろうお茶をごくごくと飲み干してゆく。


美味おいしいね!これ」


「お、本当だ。美味うまい」


「うん。私が淹れたのより美味おいしい」


口々に褒められるのは何ともこそばゆく、言い訳めいた照れ隠しをしてしまう。


「二煎目ですから、あまり時間を掛けずに熱めのお湯で淹れただけで。それに二煎目が美味おいしいのは茶葉が良いのと、一煎目の淹れ方が良かったから・・・」


「ふふ~ん。これはキャスターの良い所をまたまた一つ見つけてしまったねぇ~」


・・・また?


「さぁ、美味しいお茶も飲んだ訳だし、早く食べ終わって練習だよ」


疑問を口に出す余裕もないまま、お弁当の残りを片付けさせられる。

隣で食べる所をじっと見張られては、カボチャの煮物の味さえ分からない。

最早この人相手に逆らうのは無駄なのではとさえ思えてきた。

いっそ流れに身を任そうか。

どうせ私に上手く出来る訳はないのだし、また幻滅されればそれで終わりだろう。


「さ、キャスターこっちにおいで」


半ば諦めの境地で導かれるまま、御倉先輩の対面に立った。


「はい、右手は私の背中・・・違う違う。私の左手の下をくぐって手を回して。そう。で、左手は私の右手と手をつなぐ。ほら、もっとしっかり」


あたふたしながらなんとか言われる通りのポジションに着く。

うう、やっぱり近い。恥ずかしい。目きれい。まつ毛長い。

改めて間近に見ると本当にきれいな人だ。喋ったり、動いたりしなければいいのに。

誰かとこんなに近づくことなんて滅多に無いから、無駄に心臓が高鳴ってしまう。

ましてこんなに美人が相手では挙動不審もいい所だ。


そんな挙動不審者を抑えつけるかのように、御倉先輩は私の肩をギュッと掴んだ。


「じゃあ動くよ。本当はリードになるキャスターが先に動いて行くんだけど、今はフォローの私の動きに合わせて動いてみてね」


「動いてと言われても・・・」


「はい、一歩下がるよ。同じ足を前に出して」


慌てて足を追い付かせる。


「そうそう同じように続けて。1、2、3、1、2、3」


どたどたと先輩のステップに歩幅だけは何とか合わせながらついて行く。


「いいよ。出来てる。出来てる」


外野からの声援もとても素直には受け取れない。絶対ちゃんと出来てはいないはずだ。


「よーし、じゃあナチュラルターンしてみるよ。ついてきて」


ステップが先輩に引かれて、曲がってゆく。

私はその歩幅の変化について行けずに、足をもつれさせ大きくバランスを崩してしまった。


ビタンッ!!


滑らかな床に転んだ時の音が奇妙に頭の中に響いた。


「す、すいません!!」


先輩を潰すことだけは回避したが、倒れたことには変わりない。

床に打ち付けた右肩がじんじんと痛む。

ほらやっぱりだ。私にダンスなんて複雑な動きが出来る訳がない。

一番簡単なステップでこれなのだから、いい加減諦めてくれるだろう。


「大丈夫か!?」


式江先輩と、明日菜先輩が、私と御倉先輩をそれぞれ立たせてくれた。


「あははは!!転んじゃった!」


当の先輩は何も気にせず明るく笑う。


「さぁ!もう1回」


結局このランチタイムの練習は、この後3回目に私が転んだ時に鳴った予鈴の音で幕を閉じた。

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