第9話 複数の波長


 治安部隊の本部は、町に出没した怨獣の後片付けに追われていた。

 討伐は完了しているものの、被害状況の把握や新しく怨獣が出現したときのために警戒を続けている。

 誰もが忙しなく動く中、隊員の合間を縫ってゆったりと奥に進む者がいた。


「あれって、御巫の……」

「隊長の応援か?」

「さぁ?」


 隊員の声を潜めた会話は、しっかりと庵の耳に届いている。ただし、構う暇はないが。

 庵は目的の部屋に入ると、ある人物を探して部屋を見渡した。

 建物の内部は部屋の中も含めて把握しているため、その人物はすぐに見つかった。


「――二班はケガ人の搬送の手伝いを。処置が必要な場合もあるだろうから、治療班から二、三人連れて行くといい。三、四班は巡回の応援を頼む」

「畏まりました」


 部屋の片隅にある大きなテーブルには、五人の男性が集っていた。

 テーブルには埋め込み式のディスプレイがあり、そこに大きく表示されているのは上空から見た町の様子だ。また、画面の左右の端には、小さな枠で町中の様子もいくつか映し出されている。

 画面を見ながら彼らに指示を出していたのは、隊長である万里だ。傍らには凪の姿もある。

 指示を受けた三人が去ると、庵はすれ違う彼らに小さく会釈をして奥へと進んだ。


「倒れると予告していた割に、もう動いているんですね」

「ゆっくり寝ていられる状況でもないだろう?」

「俺は今すぐにでもベッドに入りたいですけどねー。起きたら『あの世』とか笑えないし」


 万里が力を酷使して倒れたとは耳に入っている。だからこそ、様子を見るために有栖の家を離れてすぐここに来たのだ。

 しかし、画面を見つめる万里の横顔に疲労の色はなく、普段の仕事人間のままだ。彼とは違って、言葉に疲労を滲ませる凪には少し同情する。

 万里は画面から視線を外さず、庵に問いかけた。


「更正施設の件、助かった」

「いえ。欠片を切らしたとかで逃げられたので、仕事を増やしてしまいました」

「切らした? 考えて用意してなかったってことか?」


 更正施設とは、少し前に庵がパンドラの箱のリーダーと珠妃を相手にしていた場所だ。そちらについても、今、治安部隊から人を派遣している。

 状況から察するに、町中の襲撃は治安部隊を引きつけるためのものであり、本来の目的は更正施設だったと見ていい。なぜなら、更正施設にいる基主は一度、基獣が怨獣化している。仲間を増やすには最適の場所だ。

 凪は逃げた理由を聞くなり、怪訝な顔をしていた。計画を立てていたならば、欠片を切らすようなミスをするのだろうか、と。

 すると、万里はリーダーと戦闘を行った凪を見て言った。


「恐らく、お前が町中で対峙したことで、想定よりも多く消費したんだろう」

「へぇ。じゃあ、次も欠片を切らすまで徹底的に怨獣を叩いて、切らせたところを捕まえるとしますか」

「それもありでしょうが、問題は補佐をしている折笠珠妃ですね」


 不敵な笑みを浮かべた凪だったが、庵は別の問題を上げる。

 更正施設でリーダーに荷担していた彼女は、これでパンドラの一員であったとはっきりした。

 珠妃のことは万里も凪も知っているため、二人とも揃って口を閉ざしてしまった。能力の特殊さから一目置いていた彼女が敵に回るとは、少々厄介なことになった、と。


「彼女の基獣は、記憶を欠損させます。どの程度まで可能なのか、それは教えてはくれませんでしたが、こちらの動きを封じるには十分な威力を持っているでしょう」

「体の一部がどーなってもいいなら、俺が全力で止めますよ?」

「却下」

「同じく」

「甘いなぁ……」


 戦闘能力だけで言えば、凪は隊長である万里にも匹敵する。むしろ、場合によっては上回ることもあるほどだ。

 凪に任せれば早いのだろうが、それを承認しなかったのは後を考えてのことだった。


「後々のことを考えてみろ。特等位が二人も揃っておきながら、第二位の力にまともに対処できなかったのかとややこしくなる」


 世間やメディアに批判されるだけならまだしも、対応に追われて通常業務が滞ってはならない。最も、批判されることも隊員の士気に影響を及ぼすため、できれば避けたいのだが。

 凪は、「特等位」という枠にうんざりしたように溜め息を吐いた。


「めんどくさ。特等位だって人間だっつの……」

「他の人もそう思っていただけるなら、話は早いのでしょうけどね」

「まぁ、最終手段として、頭には入れておこう」


 庵は困ったように笑みを浮かべながら、頭の片隅でパンドラの箱の考えも一部は同意できるな、と思った。そもそも、等級というものが制定されたからこそ、今回の問題は起こったようなものだ。

 もしかすると、今後、等級制度についての見直しも入るかもしれない。それはそれで、庵からすれば面白い流れだ。

 一方で、対策が取れない状況に、凪が少し苛立ったように言う。


「それじゃあ、どうするんです? あのリス」

「ギリギリのところで基獣ごと凍らせる」

「ん? 俺の案、蹴ってませんでした?」


 「凍らせる」ということは、凪の基獣の力を使わせようと考えているのか。

 ただ、つい先ほど、ケガを負わせるような真似はできないと万里が言ったばかりだ。

 凍傷ならばいいのか、と凪が目を瞬かせるも、万里はあっさりと首を左右に振った。それも、凪からすれば難しい注文で。


「その手前だ」

「ええ……。俺、手加減苦手なんですけど」

「手加減もできない奴が、俺の補佐などできるはずもないだろう」


 げんなりする凪に対し、万里は口元に小さく笑みを浮かべた。

 手加減とは、力を使いこなせるからこそできるものだ。戦闘能力の高い凪ならばできると確信している。

 現に、凪は「できない」ではなく、「苦手」としか言っていない。

 実力を買われていることへの照れ隠しなのか、凪は頭を掻きながらそっぽを向いてしまった。

 食い下がらないところを見るに、任せて問題はないだろう。

 万里は片手を顎に添えながら、町の映像へと視線を戻した。


「あとは、相手がどれだけ手下を集めたかが問題だが……庵?」


 ふと、庵の纏う空気が変わり、何かあったかと目を向ける。

 神妙な面持ちでディスプレイを見ていた庵は、一戦交えたパンドラのリーダーを思い出していた。


「今回、久しぶりにパンドラのリーダーに会って、違和感があったのですが……」

「違和感?」


 万里はまだ直接対峙していないため、庵の言う違和感は分からない。

 一体、何に違和感を覚えたのか、と言葉を待っていると、ディスプレイから顔を上げた庵と目が合った。


「彼の響命力です」

「……ああ、あれか」

「はーい。何のことか分かりませーん。誰かチート翻訳頼むー」


 万里は、凪の応援に駆けつけた際を思い出し、庵の言う違和感に納得した。

 だが、凪は二人の会話を理解できず、置いていかれたために小さく手を挙げて気怠げに言う。もちろん、他の隊員にも理解が難しいのだが。

 当然ながら凪の力は必要になるため、状況を把握してもらおうと庵は説明をすることにした。


「普通、響命力の波長は一人一種類ということはご存知ですよね?」

「ああ。そんくらいは。複基獣の基主でも、波長は一種類だろ」

「そうです。けれど、あの人の波長はとても複雑なものでした。元が見えないほどに」


 響命力には波がある。人によって波長は異なるが、基本的に一定となっている。せいぜい、怨獣化したときに乱れるくらいだ。

 しかし、庵が見たリーダーの波長は、いくつもの波長が絡み合ったものだった。真っ白い紙に書けば、地の色が見えなくなるほどだろう。

 ちなみに、波長が見えるのは、特等位の中でも力に慣れたごく一部だけだ。

 通常では分からない波長について分析する庵と万里に、凪は素直に感心した。


「すげぇな。特等位の目ってどうなってんの?」

「大方、持っていた欠片に紛れたのでは?」

「たいちょー?」

「話が進まない」


 凪の問いを流した万里は、好奇心は今はしまっておけ、と付け足して庵に向き直る。

 パンドラの箱が保有する欠片には、強い負の感情が込められていた。つまり、それに準ずる響命力が放たれていたはずだ。

 複数所持していたなら、見えた波長が複雑になるのも頷ける。

 しかし、庵が違和感を抱いたときは、欠片を手元に残して退いた町中ではなく更正施設だ。そして、リーダーは欠片が切れたことで退いている。


「言いましたよね? 欠片は無限ではないと。欠片を切らせたときの波長も、変わっていませんでした」

「……まさか」


 庵の言わんとしていることが分かり、万里も愕然と彼を見返す。

 波長がすべてリーダーのものであるならば、彼は何らかの方法で複数の響命力を保有していることになる。

 ただし、一つの肉体で複数の響命力を持とうとすれば、肉体が耐えきれずに壊れてしまうはず。

 だからこそ、庵も確証が持てないのだが。


「あくまでも可能性の一つです」

「だが、それが本当だとすれば……アレはなんだ?」



   □■□■□■



 飴を噛み砕く音が、暗く静かな室内に響く。

 町中であれば、少しは車の走行音や生活音が聞こえてくるものだが、ここは山奥の捨てられた研究施設。周りには木々があるだけで、聞こえるといえば、風によって擦れる葉の音、鳥や虫の鳴き声くらいだった。

 月明かりさえ届かない部屋の奥から聞こえる音の主に、珠妃は不安げな瞳を投げた。


(また……)


 室内にあるのは、シーツが被されているだけの簡素なベッドのみだ。

 音の主はその縁に座って、一心不乱に何かを口にしている。


「……足りない」

「は……?」


 咀嚼音がやんだかと思えば、ベッドに座っていた男は小さく呟いた。

 彼が食べていた物の量を目にしていた珠妃は耳を疑った。少し前の戦闘で自らの響命力を使ったからか、と原因を分析しそうになったところで頭を振る。


「今ある欠片だけじゃ、足りない」

「っ、それ以上は……!」


 食べていたのは、本来、怨獣を生み出すために使っていた欠片だ。人が食べるような代物ではない。

 止めようとする珠妃だが、ぼんやりと虚空を見つめていた男の耳には入っていないようだった。


「奴から取った『苦痛』も、お前から取った『憎悪』も、まだ弱い」

「やめてください。これ以上、取り込めば――」


 彼が纏う空気は酷く禍々しい。

 気を緩めば、珠妃の基獣もあっさりと怨獣に堕ちてしまいそうだ。


「もう、樹に振り回されるのは御免だ。俺が終わらせてやる」


 言葉に強い憎しみを込めた男は、ゆらりと立ち上がる。

 覚束ない足取りで窓辺に歩み寄り、珠妃を振り返った。血走った目に正気は宿っていない。


「明朝、治安部隊本部を叩く」


 ただただ、強い憎悪と悲哀が込められていた。




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