終話 これからのふたり
「あれって、小虎じゃない?」
「ホントだ。この前の怨獣、小虎だったんでしょ? もう出てきて大丈夫なのかな?」
祥子の通夜から数日が経ち、帰宅しようと恭夜達と歩いていた有栖は、近くを歩いていた女子生徒の会話を耳に挟んで二人の視線の先を見る。
前を歩く恭夜と隼人よりさらに先の正門の所にある花壇に、通夜以降姿を見なかった小虎と小幸がいた。誰かを待っているのか、敷地内には入らずに中を見ている。
誰を探しているのかと有栖が小虎を呼ぶよりも早く、小虎が有栖を見つけて顔色を輝かせて呼んだ。
『お雪ー!』
「小虎ちゃん。もう大丈夫なの?」
その言葉は怨獣化する心配ではなく、体調不良はないかという意味から出たものだ。
以前の美里のときはその後の様子を見ていないため、浄化された怨獣がどんな状態になるのか今一つ分からない。また、小虎達の場合は次の主をどうするかという問題もある。
しかし、そんな心配をよそに小虎は自信満々で胸を張って答えた。
『治安の人に、「もう大丈夫やで」ってイカスミもろたけん、報告しにお雪のとこ来たんや』
「『お墨付き』な」
『そうやっけ? まぁ、どっちでもええやん』
意味はかなり変わってくるが、小虎はあまり気にしていないようだ。
ふと、有栖は体調が大丈夫なら小虎の次の主は決まったのかと気になった。
怨獣化の一件で親族には敬遠されていたようだが、その後は変わったのだろうか。それにしては、小虎達から感じる響命力に変化はない。
「小虎ちゃん。ひとつ聞いてもいい?」
『うん?』
「その……次の小虎ちゃん達の主って決まった?」
通常、主を亡くした九十九は親族が受け継ぐ。
だが、小虎達の響命力に変化がないということは、今の小虎達は祥子が遺した響命力のみで生きているということだ。ただ、それも最後に会ったときと比べると随分と弱まっているように感じる。
現に、小虎は急に困惑して視線を泳がせ始めた。
『あー……そのこと、なんやけどな』
「おい、また面倒事か?」
怪訝な顔で制したのは、黙って様子を見ていた恭夜だ。
隼人と凛は「またか」と言いたげに溜め息を吐いた。
確かに、厄介事の類いが起こりそうな雰囲気ではあるが、聞く前から決めつけるのはいかがなものか。
小虎はやや不機嫌そうに恭夜を見上げた。
『兄ちゃんはちょっと――』
「恭夜」
「……悪い」
『黙っといて』と小虎が言うより先に有栖が珍しく間に入った。
あまり怒ることをしない有栖にしては珍しく、凛や隼人も顔を見合わせて驚いている。
恭夜は不満げに眉間に皺を寄せつつも、当人に言われては仕方がないと渋々引き下がった。
そんな二人を見て隼人達と同様に目を丸くしていた小虎だったが、しゃがんでくれた有栖に「話の続き、しよっか」と言われて我に返る。
『あ、えっと……新しい主のことなんやけどな、お雪が「ええよ」って言うてくれたら、その……おいら達の、新しい主になってほしいんや』
「えっ。私でいいの?」
予想していなかった展開に、有栖は目を瞬かせた。
親族は小虎のことを引き取る気はないのかと思ったが、彼らが引き取るのであればそもそも小虎達はここにいないだろう。何せ、親族は別の町に住んでいるのだ。
戸惑う有栖に小虎は大きく頷いた。
『せや! お雪は小幸を具現化してくれたし、おいらのことも助けてくれた。それに……おばあに、最期に会わしてくれたし』
「…………」
葬儀会館で、小虎は小幸と共に中に入ろうとしなかった。有栖と恭夜、昴で探し出して説得して漸く中に入ってくれた。
その最期の別れをしたことは、やはり小虎にとって気持ちの整理をつける上では良かったようだ。
小虎は視線を落とした有栖の前に下りると、膝に前足を置いて懇願するように見上げた。
『皆は、おいら達のこと引き取る言うてくれたけど、でも、おばあやおじいと暮らしたこの町を出るんは嫌や。仲良うなった九十九の皆や、お雪達と離れるんも嫌や。我が儘言うてるんは分かっとる。けど、にーちゃん達もまだ怖がってるようやし……』
「分かった」
『へ?』
思いの丈を述べていた小虎だったが、突然、視界が大きく揺れたことと有栖の答えに頭が追いつかなかった。
きょとんとする小虎の垂れた尻尾を、小幸が花壇から前足を伸ばし、軽くタッチしてじゃれつく。
有栖は溜め息を吐いた恭夜にあとで叱られるだろうか、と思いながら笑顔を浮かべた。
「小虎ちゃん達の主に、私がなる」
『え、ええの!?』
「うん。……あ。でも、正確には、お父さん達に聞いてから、なんだけどね……」
九十九はペットとはわけが違う。以前は一時的に家に来たことはあるが、主ともなればこれからずっと暮らしていくことになる。それこそ、有栖の命が尽きるまで。
また、有栖は未成年の上に実家暮らし。両親の許可がいるのは当然だ。
有栖は小虎を地面に下ろしてやってから、片手を差し出した。
「だから、まだ正式には決まってないけど……これからよろしくね、ふたりとも」
『おおきに! こちらこそよろしゅうな!』
「にゃあ!」
差し出した手に、二つの前足が重ねられた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
深い霧に包まれた森は、足元すら見えるかどうか怪しい。
奥から漂う微かな響命力と記憶に僅かに残る一度だけ通った道のりを頼りに進むしかなかった。
冷えた空気を吸い込めば、肺の中から洗われていくような感覚がした。町中では感じられない澄みきった空気は、周りに生い茂る木々が作り出すものだ。
だが、そんな森の一部分だけ木々の生えていない場所があるのを、一人歩き続ける庵は知っていた。
徐々に霧が晴れていき、薄らと残る程度になると見えてくるその場所は、地面に大小様々な岩が転がっている。また、所々の岩と岩の間からは水晶の柱が突き出し、ぼんやりと薄い青の光を放っていた。
辿っていた響命力がより一層強くなり、それは庵の体へと少しずつ浸透していく。
「……セレンが喜びそうだ」
点々と続く水晶の光を目で追いながら、満たされていく響命力に小さく笑みを零した。
ここに来るまでにセレンにも協力してもらったため、多少なりとも響命力は消耗している。それが瞬く間に回復していっているのだ。
最奥に鎮座するのは、一本の巨大な木。
何本もの木が捻れあってできたような木は、四方八方に枝葉を伸ばし、古そうに見えてもなお生命力に満ちている。
大木の周りには水晶の柱も多く、また、蛍のような小さな光も飛んでいた。
「……うん。“
木の近くまで歩み寄り、見上げて異変がないことを確認する。
辺りを満たす響命力はこの木から溢れ出ているものだ。そして、響命力は大地に流れている目に見えない川を伝い、日本各地に広がっていく。
この場所は庵や御巫の現当主しか知らない場所だ。例え国の重役であっても、教えることはできない。
また、周囲には幾重にも結界を張り巡らせており、上空は勿論、地中から侵入することさえできないようになっている。飛行機などで通ったとしても、ただの森として見えるようになっているのだ。さらに、許可を得ていない者が森に入っても、自然とルートが逸れるように……逸れたことを認識させないようにも施している。
何故なら、この木は最も重要な――基獣や九十九の源とされるものだからだ。
「穢させはしない。ここだけは、必ず……」
何かを犠牲にしても、ここだけは守らなければならないと教えられてきた。自分達はそのために生きているのだと。
「……まぁ、そのための“希望”なんだけどね」
庵の脳裏に浮かんだのは、一人の少女の姿だ。
胸の奥でチクリと何かが刺さったような感覚がしたが、庵にはその正体が何かは分からなかった。
二章 終
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