第13話 治安部隊


 グラウンドでは、治安部隊の隊員達が調査と事後処理を行っていた。怨獣が侵入した場所から暴れていた場所、それによって破損された物など。小虎は小幸と共に別の場所で検査を受けている。

 透真と共にグラウンドに出た庵は、調査を行う隊員には目を向けることなく、目的の人を見て真っ直ぐに歩く。

 小虎が浄化された場所には、二人の男性隊員がいた。その治安部隊の二人の隊服や腰に差した刀の鞘は、他の隊員が着ている服や刀とは少しだけデザインが異なっている。

 男性にしては長めの金髪に気怠げな目をした隊員が、近づいてくる庵に気づいて、小虎がつけた傷跡をしゃがんで見る黒髪の隊員の肩を叩いた。


「隊長。庵君来ましたよ」

「ああ、そのようだな」


 ゆっくりと立ち上がった治安部隊隊長、斉賀さいが万里ばんりは、やって来る庵へと体を向けた。

 万里に庵が来たことを告げたのは、若くして副隊長を務める菅原すがわらなぎだ。

 近くに来た庵に、万里は表情ひとつ変えることなく言った。


「悪いな。透真には、逢瀬の邪魔をしたら後が怖いと聞いたが」

「やだなぁ。こんな場所でできませんよ。盗み聞きをする輩がいるかもしれませんし」

(根に持ってやがる……)


 万里の言葉に透真は内心で「余計なことを言ってくれたな」と思いつつ、この場が片付いたらすぐに庵から離れて帰ろうと決めた。万里の後ろで眠そうに欠伸を噛み殺す凪が少し羨ましい。

 そして、庵は表情を引き締めると、知る限りでの状況報告をした。


「調べている最中なら分かることでしょうが、今回、怨獣化したのはこの近所に住むご老人の九十九です。この学校にもよく来ていたので、生徒とも親しい九十九ですよ」

「それで、その主が亡くなったと?」


 やはり、既に怨獣についての調べはついていた。また、その主についても。

 庵は一つ頷いてから報告を続けた。


「本人には受け入れがたい事だったようで、例の組織にそこを突かれ、接触した組織の一員によって『これ』が九十九に渡されたのでしょう」


 そう言って、庵はハンカチに包んだ欠片を万里に見せた。

 欠片を見た万里は眉間に皺を寄せると、珍しく疲れたように溜め息を吐く。まるで、欠片を見るのは懲り懲りだと言わんばかりの様子に庵も苦笑を零した。


「それと、今回は『人形』も現れましたよ」

「なんだと?」


 人形についての報告はまだ受けていなかったようだ。

 てっきり、透真が報告しているかと思ったが、恐らく下手に言えば後々面倒になると本能で察したのだろう。まさにそうだが。

 庵は内心で報告をしなかった透真に感謝しつつ、驚く二人に話を続けた。


「捕らえることも考えましたが、生徒へ危害が及ぶ可能性が高かったため、セレンで焼き尽くしました」

「危害? 生徒は校舎内にいたはず。庵君程の実力者なら、人形を生徒に近づけさせる前に捕らえるのも可能だったんじゃないの?」


 万里の後ろに控える凪は、何かに勘づいたのか怪訝な表情で言った。

 確かに、人形は捕らえようと思えば簡単だ。しかし、あの状況で人形を捕らえるにはリスクが高すぎた。

 最も、それを素直に言う気はさらさらないが。


「窓を破られれば侵入は造作もありません。もっと広い場所なら良かったのですが……まぁ、単純に、僕もまだまだ未熟だと言うことですよ。一応、まだ高校生ですから」

「その割に、俺達の仕事にはよく首突っ込んで――」

「凪」

「……すいませんでした」


 庵の言い方が癪に障ったのか、凪は不快感を露に万里の前に出ようとした。

 だが、万里に肩を掴まれるとハッと我に返り、ばつが悪そうに視線を逸らす。

 再び後ろに控えた凪を見た万里は、小さく息を吐くと庵に向き直って軽く窘めた。


「庵も、再来年にはうちに入るなら、未熟だなんていう言い訳は通用しないから覚えておくように」

「肝に命じておきます」


 既に治安部隊に関わっているのだ。正式に入隊して、何か失態を犯したときに「慣れていないから」、「未熟だから」という言い訳は通用しない。

 透真が「あれ? ってことは、俺も……?」と不安げに呟いたものの、事実なので誰かがフォローをすることはなかった。

 そして、万里は揉めそうな話を変えて、以前から庵に報告を受けていた件についての進捗を訊ねた。


「人形の件についてはともかく、組織の一員らしき者は絞れたのか?」

「目星はついていますが、周囲の記憶を書き換えられているので、確たる証拠がありません」

「このご時世、証拠もなく連行はできないしな。『知らぬ、存ぜぬ』を貫かれればそれまでだ」

「それ、基獣の能力が証拠にはならないんですか?」


 悩む庵と万里を見て、凪が首を傾げて問う。

 基獣によって記憶を書き換えられている、ということは、該当の能力を持っていることが証拠にはならないのか。

 最もらしい意見だが、それができれば今頃苦労していない。


「同様の能力を保有する基獣は、数は少ないが他にもいる。周りの者が事件当時に『一緒にいた』と言ってしまえばそれまでだ」

「はぁ……。めんどくさ……」

「せめて、物的証拠があれば話は変わってくるんだが……」

「あの、『この前の件』はどうなったんですか?」


 先ほどから黙って話を聞いていた透真は、つい最近起きた、生徒の基獣の怨獣化を思い出す。

 あのときも欠片が見つかっており、例の組織の干渉が疑われている。

 万里は部下から聞いた話を思い返しながら伝えた。


「欠片を誰から貰ったか以前に、欠片の存在すら覚えていなかった。ただ、本人の基獣が怨獣化する恐れは低いため、リハビリが終わり次第、解放する予定だ」

「そうですか」


 予想していたよりも随分と早い治療に、顔にこそ出さなかったが驚いた。それだけ、有栖が施した浄化が完璧だったのだ。

 ただ、解放されたとしても、一度怨獣化した基獣を持つ彼女が社会に出てこられるかは、本人の意思次第だが。学校も自主退学しているため、もう会うことはないのだろう。

 頭の片隅でそう考えていると、治安部隊の隊員が四人のもとに駆けてきた。


「斉賀隊長。九十九の簡易検査が終わりました。異常はありませんが、念のため、屯所で精密検査を行います」

「ああ、私も向かう」

「この欠片は?」

「こちらで預かろう」


 グラウンドの調査もある程度は終わったようだ。何を得たかは話さない万里だが、帰るというのなら用は済んだのだろう。

 万里に欠片を差し出せば、彼は凪に視線を向けた。

 凪は表情ひとつ変えず、庵が差し出した欠片を取った。白い手袋をしているため、庵のようにハンカチを挟まなくても大丈夫なようだ。

 凪が手にした欠片を見て、万里は渋面を作った。


「こんな物でも、下手にばら蒔かれると争いの火種になる。早々に手を打たなければならないが……」

「『疑わしきは罰せよ』ってことで、連行するのは駄目なんですか?」


 黒ずんだ水色の欠片を少し上げて光に翳しながら言えば、万里がその手をそっと下げさせた。いくら手袋越しとはいえ、絶対に大丈夫とは言えない。


「それをやっていたら、今頃、治安部隊はバッシングの嵐だな」

「面倒臭い世の中ですねぇ……」


 凪は副隊長という肩書きを持つものの、面倒なことを嫌う節がある。ただ、面倒だと言いながら対処はするが。

 庵は苦笑を零してから、現状も報告した。


「対象については、僕達の方でも監視をつけています。たまに姿を消されますが」

「それ、大丈夫なの?」

「大丈夫とは言い切れませんが、先ほど釘は刺しておいたので、あとは向こうの出方次第ですね」


 果たしてあの会話がどれ程の効果があるかは分からない。

 しかし、釘を刺す前に人形が表立って出てくるということは、相手にも余裕はないようだ。


「そうか。あまり猶予がないことだけは忘れるな」

「畏まりました」


 万里の言う猶予とは、組織や欠片の存在を公にしないことだ。

 怨獣化の際に欠片が落ちていることは、治安部隊の情報統制によって秘密にされている。公にしないのは、下手に混乱を招くのを防ぐためだ。

 だが、最近のマスコミ関係はどうやって情報を手に入れているのかと聞きたくなる程に耳が敏い。そのため、ニュースや雑誌などに突然出てもおかしくはないのだ。

 去って行く万里と凪の姿が見えなくなった頃、透真は軽く息を吐いて言った。


「『彼女』のこと、報告しなかったな」


 名前は出されなかったが、誰のことかは分かる。

 人形の出現の際、有栖もあの場にいた。だからこそ、庵は人形を捕縛するよりも討伐を選んだ。

 凪には疑いの目を向けられたが、制止した万里も同じだろう。

 だが、有栖を狙ったかのような状況を報告すれば、彼女は忽ち治安部隊の保護下に置かれる。

 万里や凪をはじめ、治安部隊を信頼していないわけではないが、できれば目の届く範囲にいてほしいのだ。


「九十九や基獣の報告をした時点で興味は持たれた。ただ、下手に手を出されたくないから、『まだ基獣に慣れていないので、卒業まではそっとしておいてください』ってお願いはしたよ」

「過保護過ぎじゃないか?」


 特等位の複基獣は例がない。

 だからこそ注目を浴びるのだが、それによって彼女の精神に負担を掛けても困る。

 庵は特に意識していなかったが、透真に言われて初めて気づいた。ただ、「過保護」とは少し違う気がしたが。


「どちらかといえば、『独占欲』が強いのだと思うよ」

「……自覚あってやってるなら、たち悪いぞ」


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