終話① 基獣がいなかった少女


「有栖。大丈夫なの? 休む?」

「大丈夫。行けるよ」


 基獣を具現化させた翌朝、学校に行くために準備をする有栖を両親は不安げに見守る。

 昨夜、怨獣が家に現れた時、有栖は両親に説明をせずに真っ先に家を飛び出した。恭夜の家の前を通り過ぎようとした際、たまたま顕現していた昴が気づいて恭夜を連れて出てきたことで合流ができたのだ。

 そして、帰宅した有栖は両親に事の経緯を説明し、基獣を具現化できたと告げた。

 父親は目の前で顕現された基獣を思い返しつつ、穏やかに微笑んだ。


「どんな基獣であれ、具現化できたのは喜ばしいことだ」

「……うん」


 複基獣であるため、周囲から好奇の目が向けられることはほぼ間違いない。それによって両親に何か迷惑がかかるかもしれないが、二人にとっては喜びのほうが大きかった。

 一通りの準備を終えた頃、タイミング良くインターホンが鳴る。

 有栖がドアを開ければ、いつもどおり恭夜が迎えに来てくれていた。


「おはよう、恭夜」

「おはよ。学校、行けそうか?」

「うん、大丈夫」


 少しの疲労感は残っているものの、普段と変わりなく動けるはずだ。

 結局、後のことは庵達に任せたままの上、小虎達がどうなっているのかも気になる。

 リビングから出てきた母親は恭夜を見ると、「有栖をよろしくね」と言って二人を送り出した。

 登校の道もいつもと変わりなく、二人は他愛ない話をしながら歩く。途中、すれ違うクラスメイトも昨夜の一件を当然ながら知らないせいか、有栖にはどこかよそよそしいまま、恭夜と一言二言会話をしてから分かれる。

 やがて、見えてきた正門には、普段ならいない姿があった。


「おはよーっす、二人とも」

「おはよう、東雲君」

「おー。おはよ。お出迎えって珍しいな」


 正門にいたのは片付けを任せた隼人だった。気楽な挨拶をした彼は昨夜の疲れなど微塵も感じさせず、平然と正門の前に立っている。

 風紀委員の服装チェックならばともかく、生徒会役員が正門に立つことはあまりない。

 何事かと恭夜が目を瞬かせていると、隼人は明後日の方向へと視線を向けつつ「あー、それが、ちょっとねー」と歯切れ悪く言う。

 何かあったのか、と有栖と恭夜が顔を見合わせれば、正門の向こうから庵と透真が歩いてきた。


「おはよう。体調は大丈夫かい?」

「おはようございます。なんともないです」


 笑顔で挨拶をする庵に有栖も小さく会釈をして返す。

 透真が眠そうに欠伸を零している辺り、昨日の片付けは長かったのだろう。


「昨日……というか、ほぼ今日か。例の件だけど、怨獣化した基獣の主はちゃんと捕まえたから、安心していいよ」

「そう、ですか……」


 周りに生徒が多くいることもあり、怨獣の主が誰であるか明言はされなかった。だが、聞かずとも誰かは分かる。

 視線を落とした有栖に、庵は言葉を続けた。


「それと、雪ちゃんが具現化した基獣なんだけど、治安部隊に報告をしておかないといけないから、もう一度顕現してもらっていいかな?」

「け、顕現、ですか……?」

「うん。僕が見ているとはいえ、時間的には短かったからね。今も顕現が可能であるかどうかは確認しておきたくて」

「ええと……」


 なぜか有栖は顕現を渋った。

 基獣を具現化したならば、次からの顕現にはそう苦労はしない。ただ、中には有栖の過去のように具現化したにも関わらず、二度目からの「顕現」ができない場合も稀にある。その場合、報告をしたとしても意味がない。

 すんなりと顕現をしない有栖に恭夜は首を傾げる。


「今は会長も副会長も隼人もいる。この学校のトップ三がいるんだし、もし何かあっても大丈夫だろ」

「え。俺、トップに入るの? マジで?」


 庵と透真が学校の中でもトップになるのは知っていたが、まさか自分がそれに次ぐ実力者になっているとは思わなかった。

 驚く隼人をよそに、有栖は首を左右に振る。


「そうじゃなくて、その……」

「?」


 何か不都合でもあるのか。確かに、複基獣をこんな人の多い場所で顕現させれば注目を浴びるだろうが、今までは「基獣のいない劣等生」扱いを受けてきたのだ。それくらいの見返しはしてもいいはずだ。

 そこへ、小虎達を連れた凛がやって来た。


「実力者が勢揃いしてどうしたの?」

『なんやなんやー? なんかやるん?』


 あれから小虎達を連れ帰ったのは凛だった。

 昨夜、小虎達を誰が預かるかという話になったとき、小虎達は真っ先に「ねーちゃんがええ!」と凛に飛びついたのだ。

「女好き!」と罵った隼人に対して、小虎が「へたれ!」と一蹴したのは記憶に新しい。

 正門に揃った生徒会役員三人と、その前に立つ恭夜と有栖に向けられる視線は多い。

 恭夜が手短に説明をすれば、先に興味を示したのは小虎だった。


『お雪の基獣って、あの馬と鳥やんな? おいら、また見たい!』

「うっ」


 きらきらとした目を向けられ、有栖の心が揺らぐ。

 さらに追い打ちをかけたのは凛だった。


「大丈夫。会長がいるんだし、騒がれてもすぐに収めてくれるって」

「うん……。そうなんだけど……」

「さっさと顕現して、さっさと戻せばいけるから」


 ここまで言われてはもう腹を括るしかない。基獣が「出たい」と示しているかのように胸の奥が熱くなっている。

 有栖は深く息を吐くと、気持ちを落ちつかせてから名前を呼んだ。


「白銀、緋月」


 眩い光が発し、その場に二匹が顕現した。

 周囲の生徒が足を止める。

 光が収束していき、二匹の姿が露わになったとき、誰もが言葉を失った。


「私の、基獣です」


 ユニコーンと不死鳥という、特等位の基獣が二匹。それだけでも注目を浴びるのは十分だったが、固まるのは他に理由があった。

 全員の顔色を窺いながら有栖が言えば、先に口を開いたのは有栖が基獣を具現化したときにはいなかった透真だった。


「なぁ。特等位、なんだよな?」

「うん。そうだね」


 唖然とする一同を前に、白銀が「せっかく出てきたのに」と不満げに鼻を鳴らす。

 だが、固まるのも当然だった。


「有栖。あえてしたのか?」

「……ううん」


 基獣を見たまま恭夜が問えば、有栖は首を左右に振った。

 顕現した基獣は、本来の姿から大きく変わっていたのだ。白銀の角は短く、体格もサラブレッドほどあったサイズからポニーくらいまで縮み、緋月も鶏くらいまで小さくなっている。

 すると、小虎も目を瞬かせつつ、肩を貸してもらっている凛に訊ねる。


『こんな鶏、ねーちゃん顕現させとらんかった?』

「『オナガドリ』ね。いつだったか出たわね」


 鳥系で姿の変わるヒナは、一度似たような姿で顕現したことがある。すぐに解現したはずだが、その瞬間を見られていたとは思わなかった。

 戸惑いから沈黙が流れる周囲だったが、それを破ったのは堪えきれなかった庵の失笑だった。


「……ふっ。あははっ」

「笑ってやるな」

「いたっ」


 失礼だ、と庵の頭を叩いて窘めたのは透真だが、恭夜や凛も同様に非難の視線を向けていた。

 まさかそんな視線を向けられる日が来るとは、と庵は内心で思いつつ、笑ったことに対して謝った。


「ごめんね。でも、必死に隠そうとしてたのが可愛くて、ついね」

「あまり苛めてやるなよ」

「分かってる」


 決して、馬鹿にして笑ったのではないと言外に説明する庵だったが、透真は小さく溜め息を吐いた。

気に入った人に対してならば感情のほとんどを素直に出す庵は、たまに相手の困った顔を見て楽しむ節がある。透真からの注意に頷いているものの、果たして本当に分かっているのかは謎だ。

 だが、そんな庵の性格を知らない有栖は、必死に弁明しようと緋月を抱き上げて言う。


「あの、この子達、同時に顕現させるとこうなるんです。ひとりずつだと、大丈夫なんですけど……」

「うーん。多分、響命力の問題だと思う。ほら、夜中に具現化と治癒を一度にやっただろう? それも二匹同時に」

「……あ」

「そのせいで、響命力が一時的に枯渇しているんじゃないかな?」


 基獣は具現化の際に相当な響命力を使う。二度目以降の顕現では既に存在を認識しているため、響命力を使ったとしても具現化に比べればまだ少なくて済む。

白銀も緋月も一度は具現化をさせていたとはいえ、どちらもきちんとした形ではなかった上、白銀に関しては随分と時間が経っている。そのことから、顕現というよりも具現化に匹敵する響命力は必要だろう。また、治癒も摂理を無視しての行為のため、使用する響命力は多い。

 それを一度にやったとなれば、例え学校一の実力者である庵でもしばらくは有栖同様に基獣の顕現がまともにできないだろう。


「大丈夫。治安部隊には僕から連絡しておくよ。雪ちゃんは、ゆっくり回復してくれればいいから」

「……はい。ありがとうございます」


 基獣が具現化したら、原則として治安部隊に報告をしなければならない。誰がどんな基獣を保有しているかを管理しておけば、万が一、問題が発生したときに対処がしやすいのだ。

 その手続きを庵がしてくれるのであれば、有栖がわざわざ治安部隊の拠点に向かう必要はない。

 庵は白銀に向き直るとにっこりと微笑んだ。


「白銀、だったかな? これからよろしくね」

「…………」

「…………」


 庵が白銀に触れようと手を伸ばすも、白銀はじと目で庵を見ると手が触れる直前でふい、と顔を背けた。

警戒心の高さは主人と同じのようだ。もしくは、笑ったことを根に持っているか。何にせよ、慣れてくれるまで時間は掛かりそうだ。

 固まる庵をよそに、透真は緋月を抱えている有栖に言う。


「強い基獣が幼い姿で出る例はある。これから基獣に慣れていけば、響命力も鍛えられて二匹同時の、通常の姿での顕現も可能になるはずだ。気長に付き合ってやれ」

「はい。頑張ります」


 急がず、徐々に成長していけばいい。

 小虎と小雪が緋月と白銀と遊びたがったため、有栖は緋月を地面に下ろしてやる。小虎と小雪に挟まれた緋月は獲物になった鳥のようだが、基獣であることを考えれば食べられる心配はないだろう。

 挨拶をする小虎を尻目に、恭夜は改めて確認しておくことにした。


「あの……犯人って、やっぱりあの三年の人ですか?」

「……そうだよ。彼女の身柄は、既に治安部隊に引き渡している。もうあの怨獣が出てくることはないはずだよ」


 怨獣の姿を恭夜達は目にしている。隠しても意味はないため、庵は素直にあのあとのことを説明した。

 治安部隊に引き渡されたならば、相応の治療を受けてから再び世間に戻されるだろう。どんな治療かは有栖達には分からないが、中には何年も治療が終わらない人もいると聞く。

 視線を落とした有栖を見て、庵はもっと早くに手を打つべきだったか、と少し後悔した。犯人の目星はついていたため、こうなる前に捕縛することも可能ではあった。それをしなかったのは、追っているものの尻尾を少しでも掴めるかもしれない、という庵の利己的な考えのせいだ。


「ごめんね。釘を刺していたのに、結局は君を危険な目に遭わせてしまった」

「いえ……。それだけ、あの先輩は御巫先輩のことを好きだったんだと思いますし、私みたいなのがいたら、いくら言われていても同じことが起こったはずです」


 よほど気持ちの整理が上手い人でなければ、一度抱いた感情を捨てるのは難しい。

 有栖の言葉を聞いて庵は表情を引き締めた。美里の気持ちは知っていたが、それを拒んだのは自分だ。もっと別のやり方で断っていれば良かったのだろうか。今さら考えたところで手遅れだが、今後も同じことが起こる可能性はゼロではない。

 有栖は昼休みに屋上に呼び出されたときを思い出し、自我を取り戻して戸惑う美里の姿に胸が締め付けられるような感覚がした。


「でも、今回の件に関しては先輩も本意ではなかったと思うんです。心の奥底では思っていたとしても、実行する気はなかったんじゃないかって……」


 きちんと向き合っていれば、彼女の基獣も怨獣にはならなかったかもしれない。

 別の解決策があったのではないか? と言外に告げる有栖だったが、庵は小さく息を吐くと珍しく有栖の考えを否定した。


「存命の主の基獣が怨獣に変わる例は、最近になって報告が増えている。今回のように、負の感情に呑まれたときは特にね。それは、特等位だろうと第五位だろうと同じだ」


 基獣は主の心を映す鏡のようなもの。つまり、主の精神状態によって性質は変わってくる。

 怨獣に堕ちる可能性は、どれほど高位の基獣でも同じだ。


「だからこそ、僕らは基獣の扱い方を学ぶ必要があるんだよ」


 誤った方向に使わないために、基獣の有無に関わらず知っておく必要がある。基獣学があるのはそのためだ。

 有栖は小虎達に遊ばれる基獣に向き直った。


「これから、よろしくね……?」


 自分の半身ともいえる基獣に言うのは少しおかしな感覚がしたが、それでも自分とは違う肉体を持つ存在だ。

 二匹は有栖の言葉に答えるように、白銀は目を細めて有栖に頬を寄せ、緋月も羽ばたいて肩に乗った。

 それを見て、ふと、小虎が思い出したように白銀の背に飛び乗ると庵に訊ねた。


『なぁなぁ、かいちょーさん』

「ん?」

『結界っちゅーもんは、もうないん?』

「ああ、あれね。もう解いているよ」


 怨獣を出さないようにするために張っていた結界。張っているのを知っていたのはごく一部の人のみだ。

 存在を知らなかった恭夜は結界の話を聞いて驚いた。凛も説明を隼人に視線で求めるが、当の隼人は首を左右に振った。

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