第15話 怨獣捜索


 時はおよそ四十五分ほど前、有栖が庵と共に恭夜を保健室に運んでいたときに戻る。


「『あとは任せた』、ねぇ……」


 スマホに届いたメッセージを読みつつ、隼人は深い溜め息を吐いた。

 有栖から校内で怨獣と遭遇したという連絡を受けた隼人は、校内にいる透真に電話をかけて怨獣のことを伝えた。高校から離れた自分より、敷地内の彼らのほうが早いと思ったからだ。現に、庵は怨獣が現れる前ではあるが有栖のもとに向かったと聞いた。

 そして、次に届いた庵からの連絡は、怨獣が行方を眩ませたために捜索をしてほしいというものだった。

 やや足早に戻っていた矢先、高校を囲う塀の下の方にある小さな穴に顔を突っ込んだ小虎と、その傍らで慌てる小幸を発見した。


「……なんで嵌ってんの?」

『知らん! はよ助けて!』

「それが人に助けを求める態度か」

「にゃああぁぁ……!」


 どこか上から目線な小虎に溜め息が零れた。少しは助けを求めて足に縋りつく小幸を見習って欲しい。

 小虎曰く、こっそり忍び込もうとして穴に顔を入れたまではいいが、途中で抜けなくなったとのことだ。

 怨獣の捜索も急がなくてはならないが、本来は小虎達が狙われていたこともあるため、隼人は先に小虎救出に当たることにした。放置して狙われては元も子もない。

 隼人が小虎の体を引っ張り、小幸が塀を飛び越えて中に入って顔を押して助け出したあと、スマホを見れば二件のメッセージが入っていた。

 一つは有栖からのもので、恭夜が気を失っているから保健室で休んでいるというもの。もう一つは、庵からの怨獣捜索についての件での追加事項だ。

 そして、二匹と一緒に高校に戻った隼人は校門で待っていた透真と合流し、共に怨獣を捜索しているのだが、ここである問題が起こった。


「お、重い……」

『にーちゃん、力ないなぁ』

「にゃあ」


 左肩にコン、右肩に小虎、極めつけは頭の上の小幸。見事に三匹が隼人の体に乗っており、いつになく動きにくくなっていた。

 コンを顕現させたのは怨獣と遭遇してすぐに対抗できるようにするためだが、これでは顕現の意味がない。かといって、三匹を下ろそうにも三匹は頑なに動こうとしなかった。

 ここで怨獣に遭遇したら、最悪、「振り落とす」という選択肢を取るしかない。九十九二匹もコンも、高いところから落ちても華麗に着地は決めてくれるだろう。

 すると、右隣を歩いていた透真が三匹を乗せた隼人を見て率直な感想を述べた。


「なんというか、お前の周りはいつにも増して賑やかだな」

「透真先輩、九十九どっちか持ちます?」

「いや、いい。小太郎がいる」


 透真の右肩には黒い狐、小太郎が既に乗っている。左肩が空いているのだが、乗せれば煩そうなので遠慮しておいた。

 わいわいと話す小虎と小幸を見つつ、隼人に確認のために訊ねる。


「狙われているのは、この二匹でいいのか?」


 怨獣が九十九を狙っているのなら、目撃したこの二匹を連れていれば現れるかもしれない。

 そう思って同行を許可したのだが、肝心の怨獣は姿どころか気配すら感じられなかった。


「多分……。でも、こいつらがいないのに御雪ちゃんとこに現れてたんで、もしかしたら違うかもしれません」

「ああ。なにも一人でいたのは彼女だけじゃない。九十九は二匹とはいえ、小虎は穴にはまって動けなかった。南東の所だったか?」

「はい。第一体育館の辺りでした」


 今、怨獣が校内に潜んでいる可能性を鑑みて、外に出ないようにと厳重な結界を張っている。

 そんな中、標的であるはずの小虎が挟まって動けないならば、怨獣からすれば格好の餌食だ。それを狙わずに有栖の前に現れたということは、標的については見直す必要がありそうだと思った。それを確定させるためにも、この見回りは大事だ。

 小虎は二人の考えなど頭にないのか、自身の頭が塀から抜けない恐怖を思い出して深い溜め息を吐いた。


『ほんま、どえらい目にうたわー』

「入るなって釘刺されてただろうが」

『せやかて、お雪の匂いがしたんやもん!』

「そうだな。そりゃあ、校内探し回ってたもんな」


 外にいたことは褒めてやりたいが、結局、中に入ろうとしていたことには変わりない。

 隼人が呆れつつも注意すれば、小虎は不満げに理由を述べた。小幸は眠たいのか隼人の頭にしがみついたままうとうととしている。

 確かに、有栖は校内に小虎達が入った可能性を考えて中を探していた。第一体育館の裏などは人目も少ないため、恐らくはそちらも見ていたはずだ。

 隼人と小虎の会話を聞きながら、透真は周りへと視線を向ける。小太郎もなにかを見つける気配はない。


(俺達がいるから出てこないのか……?)


 昨夜の有栖とは違い、透真も隼人も基獣を連れている。やはり、基獣の存在が怨獣を遠ざける理由になっているのか。

 懸念してはいたが、もし、基獣が理由ならば九十九だけで置いてみる必要がある。


「隼人」

「はい?」

「九十九を連れて校内に戻るぞ。適当な場所にそいつら放置して、様子を見てみよう」

「それって……」


 小虎達を囮として最も危ない場所に置こうというのか。

 今も囮となっているが、隼人達がすぐそばにいる状態のため、何かあっても対応は迅速にできる。だが、距離が離れれば追いつくまでに時間を要する。

 今回の怨獣が幻覚を扱うということもあり、放置しても大丈夫なのかと不安を抱いた。

 だが、小虎はまったく別の心配をしていた。


『おいら達、中入ってええのん?』

「ああ。庵には俺から言っておく」

『やった! 「合法」や!』

「お前、それどこで覚えたんだよ……」


 思いも寄らぬ単語が小虎の口から飛び出したことに驚きつつ、透真に視線をやれば「大丈夫だ」という意味を込めた無言の頷きが返された。

 そして、透真が手短に庵に連絡を入れ、校内へと引き返す。途中、恭夜から「先に帰る」と連絡が入ったのを見て、ケガを案じていた隼人は一安心した。

 人気の少ない場所を探してはそこに二匹を置き、しばらく様子を見る。現れる気配がないと場所を変えてみたが、やはり、怨獣は現れなかった。


「出ないっすねー」

「そうだな」


 季節的にはまだ早いプールサイドに二匹を置き、二人はプールの外からフェンス越しに中を見ていた。プールは他よりも高いため、二人の目線はプールサイドとほぼ同じ高さだ。

 そんな二人に声をかけたのは、庵に言われて二人を呼びに来た珠妃だった。


「あんた達、何してんの?」

「「え?」」


 男二人揃ってプールを覗く様は、端から見て不審者以外の何者でもない。今はまだ水を抜いた状態で誰もいないが、夏場ならばとっくに通報されている。

 怨獣捜索で頭が一杯だった二人はその考えには至らなかったのか、珠妃の怪訝な顔を見て揃って首を傾げていた。


「何って、九十九を囮にして怨獣を探してたんです」

「東雲君。榊君と一緒にいるとムッツリ移るよ」

「え!?」

「珠妃先輩、俺の人望さらっと崩すのやめてください」

「事実じゃん」


 まさかの言葉に隼人が声を上げて隣の透真を見れば、彼は彼で溜め息を吐きながら否定した。

 だが、いくら人がいないとはいえ、プールを覗くという行為を隼人より先に躊躇いなくやっていた辺り、あながち間違いではないのかもしれない。


「御巫会長から伝言。今日はひとまず解散だって」

「ああ、もうそんな時間ですか」


 どうりで辺りが茜色に染まっているわけだ。これからの時間帯が怨獣が出てきやすいのだが、今も出てこない辺り、諦めて撤収したほうがいいだろう。


「おーい、ふたりともー。帰るぞー」

『はーい!』


 隼人が小虎と小雪に戻ってくるように言えば、小虎から元気な返事が上がった。

 フェンスを飛び越えた小雪を隼人がキャッチする。元が招き猫とはいえ、今の姿は子猫なので身軽だ。

 残る小虎も飛び越えさせようと小雪を下ろして顔を上げながら言う。


「よーし。小虎も――」

『受け止めてやー!』

「え、ちょ……! ったぁ!?」

『あうっ!?』


 見上げたとき、既にフェンスの上にいた小虎がフェンスを蹴って宙に舞った。

 慌てて腕を伸ばすも、小虎は腕に収まらずに隼人の頭に額をぶつけた。ごつん、という鈍い音がして、二人はその場にしゃがんで痛みに悶絶する。

 小虎が張子だったのは具現化前のこと。九十九として具現化し実体を得た今、そこそこ高い位置から落ちてくれば相応の威力を持つものになる。


「おい、大丈夫か?」

『いったぁぁぁぁ! 首ヘコんだ! 絶対、首ヘコんだ! ……あ、戻ったわ!』


 僅かだったが、小虎の首が普段よりも縮んでいたように見えた。だが、痛みで転がっている内に元通りになり、すっきりした表情で立ち上がった。

 むしろ、無言で頭を押さえて痛みを堪える隼人のほうが危うい。


「あー……いってー……。細胞死んだ……」

『大丈夫なん? 細胞って死んだらどうなるん? にーちゃん、死ぬん? おいら達、今夜どこに行ったらええのん?』

「あれ? 俺の心配じゃなかった」


 矢継ぎ早な小虎の問いは最終的に自分達の寝床の心配に変わった。これが主であるならば、もっと主の身を案じて慌てていただろう。

 複雑な心境に陥りつつも「すぐには死なないから大丈夫」と返し、隼人は透真達に向き直った。額はまだじんじんと痛むが、特に腫れてくる気配もないので放っておいていいだろう。


「御雪ちゃんとこは夜に来たっぽいですし、ひとまず、今夜様子を見てみます」

「俺も行こうか?」


 透真は隼人よりは一つ上の位だ。一緒にいてくれると心強い。

 だが、それを止めたのは呆れた様子の珠妃だった。


「馬鹿。第一位がそばにいたら、怨獣なんて寄ってこないでしょ。ここでも出なかったのは、多分それ」

「あ、そうか」

「うわー、俺、一人で大丈夫かな」


 自宅には両親もその基獣もいるが、果たして有栖のときのように気配を察知して逃げてくれるだろうか。

 先ほどは恭夜の基獣では逃げなかったため、少しの不安はある。


「どうしてもヤバかったら即連絡。御巫会長なら、あっという間に来てくれるよ」

「……御雪ちゃんじゃないのに?」

「じゃあ、彼女を泊めたら?」

「俺、がんばります!」


 怨獣よりも怖いものが先に襲ってきそうだ。

 だが、それを今一つ理解していない小虎から不満の声が上がった。


『お雪も一緒に来たらええやん!』

「俺を殺す気か」

『おいら達が死ぬんとちゃうし。あっ、でも、兄ちゃんおらんかったら寝れへんな』

「お前らの中での俺の位置ってどんくらいなの?」


 あっさりと言ってのける小虎達の中では、主人の次点で有栖、間に寝床やら仲の良い九十九がいて、最下層に隼人やその他諸々となっていそうだ。

 溜め息を吐きつつも、有栖は小雪の具現化にも関わったので仕方ないとすることにして気を取り直した。コンが慰めるように頬を軽く叩いてきたのは、今は逆に辛いので流しておく。

 「遊んでないで帰るよ」と促した珠妃に素直に従い、荷物を置いていた生徒会室に全員で戻る。

 生徒会室にいた庵は誰かと電話をしていた。聞こえてくる単語からして、怨獣の出現について治安部隊に報告しているのだろう。

 邪魔にならないよう、静かに荷物を取って小声で「お先に失礼します」と言えば、庵は通話口を押さえて電話を耳から離した。


「ありがとう。気をつけてね」

「はい。お疲れさまです」

「庵。俺も手伝おうか?」

「いや、大丈夫。これが終わったら僕も帰るよ」

「分かった。それじゃあ、また明日」


 隼人ならばともかく、庵なら怨獣が出てもよほどのことがない限りは大丈夫だろう。

 透真が言い終えるとすぐに庵は電話に戻った。校内についてすべて請け負った以上、彼は今まで以上に忙しいのだ。それに対して「面倒くさい」と冗談めいて口に出したり、透真に押しつけようとしたりする節はあるが、最終的には庵が確認をしたりまとめたりしている。

 有栖を見つけて透真に押しつけた書類も、庵が帰ってきたときには半分も終わっていなかったが、今やすべての書類が片づいているほどだ。慣れや立場の違いだけではない手際の良さがある。

 改めて彼のスペックの高さを実感した透真は、隼人と珠妃の後ろを歩きながら小さく溜め息を吐いた。

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