第4話 生徒会長
「九十九の具現化は、基本的に所有者にしか認められていないのは知っているだろう?」
「はい……」
「今回は所有者の方のご家族が快く了承してくれて罰則はないが、毎回そうなるとは限らないんだぞ」
所有者である
小虎の言い出した我が儘だし、自分達も放置してしまっていたから、逆に相手ができて助かった、とお咎めはなかった。
だが、人によっては大きな問題にも発展するため、次はないように十分に注意しなければならない。
大和田は溜め息を吐くと、残る疑問に首を傾げた。
「ただ、普通なら第二位以上でないと具現化できないはずなのに、どうして具現化ができたかだが……。御雪は、基獣はまだだったな?」
「はい」
「なら、位も第五位からは変わっていないはずなんだがなぁ……」
顎に手を当てて唸る大和田を前に、有栖もどうしたものか、と小さく息を吐く。
今回の具現化の件は前代未聞でもある。一体、何が具現化を起こさせるきっかけになったのか。考え込む二人の耳に、青年の穏やかな声が届いた。
「それだけ、小虎の想いと主人の想いが強かったんでしょうね」
「……ああ。
有栖の後ろからやって来たのは、穏やかな一人の青年、
教師である大和田から呼び捨てにされない彼は、この学校で生徒会の会長を務めている。学校内で最強と名高い基獣を連れた『特等位』であり、彼の家も相当な名家だ。また、有栖の高校進学に影響を及ぼした人物でもある。
きょとんとする有栖に「さっきの具現化、見てたよ」と微笑んでその隣に立つと、彼は大和田に自身の見解を話す。
「先ほど、東雲君からあの九十九についての報告を受けました。小虎は主人を、主人は小虎を心配しているようでした」
主人の家族から聞いた話だが、彼女は入院してから毎日のように小虎の様子を家族に聞いていたようだ。
ただ、家族は仕事も自分達の家のこともあって、「九十九は普通の動物とは違うから、ちょっとやそっとのことじゃ死なないから大丈夫」と返していた。家族の言葉も最もであるが、それでも実際に目にしていない分、不安は募るばかりだった。
「僕の推測でしかありませんが、両者の想いがあの招き猫には強く詰まっていたのでしょう。御雪さんの手に渡ったときに、僅かな響命力でも反応してしまうほどに」
「なるほど。九十九が持っていては具現化はあり得ない。それが、響命力を持つ人の手に渡ったから、というのは納得がいく」
「まぁ、主人と招き猫は離れていますから、どうやって想いが込められたかは分かりかねますが、前例がないだけで可能性としてはあり得る話です」
古くから日本人と付き合いのある九十九や基獣だが、詳しいことは未だ解明されていない。科学では証明しきれないものがあるのは確かだった。
苦笑する庵に大和田も笑みを返した。
「御巫君でも分からないことはあるか。さて、御雪ももう教室に戻っていいぞ。次はないように」
「は、はい。すみませんでした」
庵と大和田との会話だけになっていたため、すっかり蚊帳の外状態だった有栖は、自身に向けられた言葉に慌てて返事をした。
場を納めてくれた庵に頭を下げ、有栖はそそくさとその場を離れる。九十九の具現化については全校生徒、全教師が知っているため、先ほどから教師達の視線が痛いのだ。
その様子を笑みを零しながら見ていた庵だったが、大和田に向き直るとすぐに表情を引き締める。
有栖は職員室を出るために引き戸になっている扉を開きつつ、ちらりと大和田のほうを見て、庵の一変した表情にどきりとした。
大方、生徒会の顧問教師である大和田のもとに報告に来ていたのだろう。基本的に彼から生徒会の活動について指示が出ることはないが、活動内容の報告は彼に行っている。
そこに、九十九の具現化で問題を起こした有栖がいた。
自身が推薦した少女が基獣を未だ具現化できていない上に問題を起こしたとなれば、彼の立場にも傷がつくのではないか。
その不安ばかりが先立ち、庵の顔をまともに見ることができない。
(せめて、私が基獣を具現化できていたら……)
職員室から出て扉を閉じ、深い溜め息を吐く。
庵は中学の頃から生徒会に所属しており、中学二年からは今と同じように生徒会長を務めていた。記録上では最年少とされる五歳のときに基獣を具現化した彼は、「天才」と謳われ、周囲から将来を期待されている人だ。
一方、有栖は生徒会に所属はしておらず、基獣も具現化できていない。周囲からは「劣等生」とも囁かれることがあり、庵とは天と地ほどの差がある。
なんの関わりもなかった彼が、どうして自分を高校に推薦してくれたのか、未だに理由が分からない。
一度、庵に理由を聞いたものの、「秘密」と悪戯っ子のような笑みで返された。
再び溜め息を吐いた有栖の耳に、聞き慣れた声が入った。
『おぉぉぉぉゆぅぅぅぅきぃぃぃぃぃぃ!』
「にゃーん!」
「え? わっ!?」
突然、俯いて廊下しか見ていなかった視界の端に黄色い影と白い影が入り込んだ。
有栖の胸元めがけて床を蹴った二つの影を慌てて抱き留めれば、影の正体――小虎と子猫が甘えるように額を胸元に押しつけてくる。
「あ、あれ? ふたりとも、生徒会室にいるんじゃなかったの?」
『「帰ってええよ」って、「かいちょー」のにーちゃんが言うてくれたんよ』
「御巫先輩が?」
『そない難儀な名前なんかは知らんよ。けど、なんや、今の「せーとかい」の人は胡散臭い人多いなぁ。お雪、あのイタチのにーちゃんと知り合いみたいやけど、大丈夫なん?』
うんざりした様子の小虎は、一体、生徒会室でどんな扱いを受けていたのかと問いたくなる。
困ったように笑んで返せば、小虎達がやって来た方向から凛と恭夜もやって来た。
「雪。大丈夫だった?」
「うん。前野のおばあちゃんの家族に連絡したら、運良く受け入れてくれたみたいで。次はしないようにって」
「次はないだろうけどな。九十九の具現化なんて、普通、俺らでもできないのにな」
今回はあくまでも偶然が重なった結果だ。不思議そうに言う恭夜に職員室で庵から聞いた話をすれば、「なるほど」と二人も納得した。
そして、有栖の腕にいる小虎を見た恭夜は、その額を人差し指で軽く押しながら窘める。
「お前も、寂しいのは分かるけど、あんまり我が儘言うなよ?」
『「寂しい」って、おいら、よう分からんわぁ。いたたっ! ぐりぐりせんといて!』
「恭夜。あんまり意地悪しないで」
「九十九に甘くしすぎるのもどうかと思うぞ」
抗議の声を上げる小虎を恭夜から遠ざけ、今度は恭夜が有栖に窘められる。その腕の中で小虎は恭夜に向かって舌を出していたが、有栖の視界には入っていない。
呆れる恭夜の肩を凛が慰めるように叩き、「早く教室に戻りましょう」と促した。
今は授業と授業の合間の十分休憩だ。残りはあと五分もない。
小虎と子猫を廊下に下ろして自由にしてやれば、二匹は『もうちょっとお雪とおりたい!』と駄々をこねる。それに恭夜が「だめだ帰れ」と返しながら歩いていると、前方から隼人が走ってきた。
「あ! やっぱり御雪ちゃんとこにいた!」
「どうかしたのか?」
急いで走ってきた隼人は、有栖達の前で足を止めると、呼吸を整えるために一度膝に手をついた。手には小さなプレートがついた銀色の首輪があった。
「ほら、これ。『管理証』。小虎は着けてるから問題ないけど、子猫のほうはまだだからな。庵さんが特別に申請して、生徒会にある臨時用のを持ってきたんだよ」
管理証は所有者のいる九十九が着けることを義務づけられている物だ。金属質だがバングルのように一カ所が開いており、ある程度までは広げて首に填めることもできる。
九十九を具現化した場合、持ち主は治安部隊に九十九に所有者がいるということを証明するための申請を出さなければならない。もし、申請を出さず、九十九もこの管理証をつけていなかった場合、『循環』と称される討伐の対象となる。
その申請を、家族から了承を得た時点で庵が代理で行ってくれたようだ。
「わざわざ会長が? あの人、たまにやること謎だな」
「庵さんが謎なのは今に始まったことじゃないし、御雪ちゃんがせっかく具現化した九十九だからな。もしかしたら、基獣を具現化できる兆しかもって言ってたぜ」
「本当に、あの人は雪のこと気に入ってるのねぇ。すごいじゃない」
「あんまり嬉しくない……」
前例のない出来事を証明するためにも、この九十九の存在が大事だということもあるが、隼人はあえてそちらを口には出さなかった。
冷やかすような二人の視線に、有栖は溜め息を吐いた。
正直なところ、理由の分からない行動の多い庵には少しばかり苦手意識がある。理由が分からないまま興味を持たれたところで、芽生えるのは恐怖心だけだ。
だが、凛は庵の立ち位置を考え、もったいない、と言いたげだった。
「そう? 将来有望の人に好かれておいて損なんてないのに。ファンが聞いたら怒られるんじゃない?」
「怒る前に庵さんが牽制するだろ」
「それもそっか」
「もー。それはいいから、早くこの子に管理証着けてあげないと……って、あれ?」
長引きそうな二人の会話を有栖は強制的に終わらせ、足下にいるであろう小虎達を見た。
だが、そこにはリノリウムの床しかなく、二匹の姿はどこにもなかった。
十分休憩中に着けるつもりで校内を走り回っていた隼人は、自分の苦労が水の泡となり、その場に膝から崩れ落ちた。
「マジかよ……」
「どんまい」
「庵さんに、『申請は上げたから循環対象にはならないだろうけど、なるべく早めに着けてあげてね』って言われたのに……。あの人の目に入ってまだ着いてないってなったら、俺やばいんだけど」
肩を叩いて励ます凛に、隼人は中学の頃から生徒会で関わりのある庵の怖さを思い浮かべながら頭を抱える。
決して声を荒げるような怒り方はしない庵だが、「責めているわけではないのだけれどね」と言いつつも淡々と失敗についての話をされるのだ。いっそ叱り飛ばしてくれ、とさえ思うほどに精神的にくる。
それを思ってか、凛は再び肩を叩いた。
「どんまい」
「それ以外にかける言葉は!?」
「ご愁傷様」
「お前に頼んだ俺が馬鹿だった」
既に怒られることを前提とした慰めの言葉に、隼人は「コンに探させよう」と自身に戻していた基獣を顕現させ、小虎達を探すように命じた。
コンは後ろ足だけで立つと、前足を敬礼するように上げてから走り去っていった。
「庵さん、御雪ちゃんが基獣を具現化するの楽しみだって言ってたぜ」
「あはは……。できたらいいね」
隼人に言われ、一瞬だけ浮かんだ姿があった。時折、夢にも見る姿が。
だが、それを口に出すのは憚られ、有栖は困ったように笑んで返した。言ったところで、説明をするのが難しいからだ。
そんな有栖を心配してか、凛は気を抜かせるように頭を撫でてやった。
「焦らずのんびりやればいいの。さ、教室に戻るよ」
もうすぐチャイムが鳴ってしまう。周りの生徒も足早に教室に向かっており、有栖達も早く教室に入らなければならない。
有栖は前を歩く凛と隼人の後ろを歩きながら、本日何度目かの溜め息を吐いて俯いた。
「…………」
隣にいた恭夜は何か言いたげだったが、前の二人を見ると言葉を押し殺した。
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