第11話 旧約の中の新約聖書 (前)

 ダニエル書の一章と二章は、ネブカドネザル時代BC600年頃の啓示である。二章では、七章の四匹の獣と同じように、巨大な像により新バビロニアからローマ帝国、さらにその先の世界最終帝国らしき存在のことが示されている。

 ということは、エゼキエルにマゴグの地のゴグを示す以前から、新計画が予定されていたことになり、前章での筆者の主張が覆えされてしまう。それに対し、筆者の回答はこうだ。ダニエル書の前半、六章までは後世の創作である。


 二章の像は、七章の内容に合わせて、像の各部位がバビロニアからペルシャ、ギリシャ、ローマになるよう異なる部材にし、王の見た夢として創作したのだ。セレウコス朝シリアのアンティオコス四世の時代を思わせる内容や使用されている単語から、ダニエル書全体が紀元前二世紀頃の創作だという説もあるが、七章の幻は、BC550年以降にダニエルに実際に下された啓示である。前半を創作と考える理由は、リアリティがないことと年代がおかしいことだ。


 一章。王は、四人の美少年が自分に仕えさせる準備として、肉と酒を三年間の間毎日与えるように決めたが、ダニエルはそれを拒否。十日間野菜だけをとり続け、他の三人より顔色がよくなった。


 二章。ネブカドネザル王は、像の夢を見たというだけで、それを占い師たちに解かせるのではなくて、夢の内容を当てさせようとする。部下が無理だというと、バビロンの知者を皆殺しにするよう命令した。そんなことをしたら、自国の国力が下がるのはわかりきっている。しかし、ダニエルは夢の内容を当て、謎解きをした。夢の意味することは七章とほぼ同じで、新バビニロニアからローマに至るまで、さらにその先の神の国の登場が預言されている。


 三章。ネブカドネザルは、高さ六十アンマ、幅六アンマもの金の像を建てた。それを拝まないダニエルの仲間の三人は火の中に投げ込まれても、平気だった。


 四章。筆者はなぜかネブカドネザル王自身で、自分のことをこう語っている。

「彼は追われて世の人を離れ、牛のように草を食い、その身は天からくだる露にぬれ、ついにその毛は、わしの羽のようになり、そのつめは鳥のつめのようになった(ダニ4:33)」


 五章。ネブカドネザルの息子ベルシャツァル王が、宴会の最中に壁に字を書く幻の謎を解かせるのに、父に仕えたダニエルをわざわざ呼び出し、謎解きの恩賞に国で三番目の地位につけた。しかも、謎を解いたその夜、ベルシャツァルは殺された。ちなみに、ベルシャツァルはネブカドネザルの息子ではない。バビロニアの王でもなく摂政だった。


 六章。メディアのダレイオス王の時代。ダニエルはどういうわけかメディアの大臣になっていて、獅子の洞窟に投げ込まれるが平気だった。


 内容も奇妙奇天烈だが、年代もでたらめである。ダニエル本人の手による七章以降は、バビロニア末期の摂政ベルシャツァルからメディア初代キュロス、三代ダレイオスにかけての三十年間ほどの期間の出来事で問題はない。

 

 ただし、時系列順に並んでおらず、キュロス時代の啓示がダレイオスの後の章に来ている。ダニエル書を参照した創作者は、ダレイオスをキュロスの前の時代の人間だと勘違いしたのか、六章をダレイオスが六十二歳の時のこととしたため、一、二章のネブカドネザルの時代から百年ほど経ってしまっている。このためダニエル書のダレイオスは、アケメネス朝ペルシャのダレイオス一世ではなく謎の人物とされている。


 一体、誰が何の目的で前半を創作したのだろう。二章を除けばどれも予言とはいえず、その二章も七章の焼き直しにすぎない。「誰が」の答えは簡単だ。ガブリエル以外の存在がダニエル書を改変しようとしても、重要な預言書なので、すぐに天使は阻止するか、元通りにするはずだ。

 ということは、前半の創作、あるいは創作の指示は、ガブリエルによることになる。キュロスと直接関わった彼が、時代を間違えるとは思えないので、意図的にダレイオスを謎の人物に仕立てたことになる。目的は、ダニエルの活躍した時代を前にずらせるためだ。


 ダニエル書の九章と十章の順序を入れ替え、創作部分もそれに合わせた。謎の人物にしようとした割には、アハシュエロス(クセルクセス)王の父であるダレイオスを、アハシュエロスの子供にしている(9:1)ので、かなり手抜きだったこともわかる。


 ダニエルがネブカドネザルに仕えたように捏造したガブリエルは、用意周到なことに、ネブカドネザル時代のエゼキエル書まで修正して、ダニエルを無理矢理登場させてしまった。それほどまでしてダニエルの活躍時期をずらそうとした理由は、唯一神ヤハウェに仕える天使がペルシャの異教から影響を受けて、方針が変わったことを読み解かれないようにするためだ。


「たといノア、ダニエル、ヨブがそこにいても、彼らはそのむすこ娘を救うことができない(エゼキエル書14:20)」


 ノア、ダニエル、ヨブ?


 組み合わせがおかしい。最初がノアとくれば、アブラハムかモーセ、せめてエリヤ、ダビデだろう。それなりの権威ある人物がいないと、文脈がおかしくなるのでノアは残した。ノア、ダニエル、モーセでもおかしい。モーセは偉大すぎるので、もう少し格を落とす必要がある。そこで、義人としては申し分なく、実在を疑われていた創作寓話の登場人物ヨブが実際にいたように思わせる狙いもあり、ヨブを登場させた。  


 面倒な工作をしたが、ダニエルのような、啓示を書き記しただけの人物を聖書の他の書に載せる事自体に無理があるようで、ウガリット神話に出てくるダニルウ(ダニエル)王とする神学者もいる。


 

 ゾロアスター教の歴史は古く、その起源は紀元前十七世紀から七世紀の間と言われている。ザラスシュトラを開祖とする。その神アフラマズダは唯一神だったが、ミトラ教の影響などで他の神々をとりいれ、多神教となる。ゾロアスター教自体が原始ミトラ教から生まれたという説もあるほどミトラ教と混同しやすいが、ミトラ神は最高神アフラマズダ、女神アナヒタと並び三幅の神と称され、後に太陽神とされるミトラは、ミトラ教からとりいれられた。


 紀元前六世紀前半、ガブリエルは、新バビロニアを倒す王の候補を探しに、ペルシャ、メディアの有力者のもとを巡っていた。そのなかの一人、キュロスはメディア王国に属する小国の王子にすぎなかった。当時の計画では、ペルシャはおそらく、リディアの協力もあって新バビロニアを倒すが、積極的にエルサレム復興を支援するのではなく、後にリディアとともにエルサレムに攻め込む役目だったと思われる。それがキュロスに接触したことで、計画が根本的に変わることになる。 


 広大な多民族国家を統治するため、キュロスは宗教に対し寛容策をとり、バビロニアの神やイスラエルの神に敬意を表していたが、彼自身はゾロアスター教の信者だったと言われている。ガブリエルは彼の信仰に興味を持ち、人に姿を変え、ゾロアスター教の僧侶に話を聞いたりしたのだろう。


 ゾロアスター教の神アフラマズダは、ヤハウェと同じように、唯一神であるだけでなく、世界の創造主だった。創造の期間は一年だが、天、水、地、植物、動物、人間と六段階に分けて創造する。それを参考にして、ヤハウェは六日で世界を創造し、その後の一日は安息日として休んだ。ゾロアスター教の影響はそれだけでない。終末思想、死者の復活、天国と地獄、最後の審判、千年王国などの概念をガブリエルは一神教にとりいれた。


 もともとゾロアスター教の神ではなかったミトラは、光の君、死より救う者とされた。当時、ミトラがどの程度ゾロアスター教にとりいれられていたかはっきりしないが、古くからアーリア人の神であるミトラは、ガブリエルの興味を引いたに違いない。後にガブリエルは、西方ミトラ教も調べ上げ、救世主のモデルとしたのだろう。


 ゾロアスター教では、終末に起きる救済は全人類が対象である。イスラエルに周辺国を攻め込ませて撃退し、狭い領土を取り戻したり維持するだけの計画と選民主義は破棄され、全人類を救世主が救う新宗教が、ガブリエルの頭の中に芽生えた。


 紀元前552年に反乱を起こし、メディアを征圧したキュロスは、計画変更を象徴するかのように、真っ先にマゴグの地のゴグ、リディアを倒す。その後、新バビロニアを倒し、ユダヤ人を解放する。こうしてマゴグのゴグの協力者の予定にすぎなかったペルシャの君は、オリエントの覇者となり、ユダヤを救うメシア、油注がれた者となる。


「ペルシャ王クロスはこのように言う、天の神、主は地上の国々をことごとくわたしに下さって、主の宮をユダにあるエルサレムに建てることをわたしに命じられた(エズラ1:2)」 


 少なくとも日本語では十字架を連想させる名を持つキュロスは、ユダヤを救っただけではなく、キリスト教誕生のきっかけを作った真のメシアである。

          


 ダニエル書にはまだ謎が残っている。冒頭から二章四節の途中までがヘブライ語で書かれ、そこから七章までがアラム語、八章から残りがヘブライ語となっている。創作部分は六章までなので、単純に創作者が別の言語で記述したわけではない。ではなぜ、途中がアラム語なのだろう。


 ガブリエルは、ダニエルの時代をずらすついでに、ダニエル書の内容を史実に合わせて修正した。十一章はアレクサンダー後のシリアやエジプトについて書かれているが、あまりにも歴史的事実と一致しすぎていて、そこまで細かく実現させることはいかに天使といえども不可能である。

 

 もともとダニエル書はアラム語で書かれていたが、執筆者がアラム語が苦手で、ヘブライ語で修正することにした。英語の翻訳はできるが、英文で文章を作るのは自信がないレベルの実力といったところだ。ガブリエルは創作の内容と修正ポイントを語っただけで、執筆者は自ら文章を作らなければいけない。

 

 四匹の獣の出現予告七章は完璧で修正を必要とせず、翻訳は後回し。八章から内容を修正したものを、ヘブライ語で記述していく。修正と書いたが、おそらく元のダニエル書は今の七章から十章までしかなく、十一章と十二章は新規に作ることになる。最後まで終えると、次は一章の頭からヘブライ語で創作にとりかかる。


「カルデヤびとらはアラム語で王に言った、『王よ、とこしえに生きながらえられますように。どうぞしもべらにその夢をお話しください。わたしたちはその解き明かしを申しあげましょう』(ダニ2:4)」

 この二章四節の会話部分は、アラム語で記述する必要がある。執筆者はアラム語を勉強した。苦手と思っていたアラム語も、なんとかものになりそうだ。執筆者は、そこからアラム語の執筆にチャレンジし、創作部分を書き終えた。

 次の七章はダニエル本人の手によるアラム語だから、そのままでいい。

 八章。せっかくヘブライ語に翻訳したのに、また書き直しか! 

 執筆者は自分が修正翻訳したヘブライ語部分を、またアラム語で書き直すことに嫌気がさし、そこで作業を終了した。

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