第36話

「ううん……」


 深夜に、蒼也はひどい喉の渇きを覚えて目覚めた。暗い部屋の中、天井がぼんやりと見えた。


「おはよう、蒼也様」

「うわ?」


 絡みついているみとれに気づいて、蒼也は声をあげる。


「な、なにしてんだよ」

「寝てるの」

「そうじゃなくて……」


 言いながら蒼也は、部屋を見回してソファで寝ている円を認めた。


「円姉ちゃん……」


 蒼也はベッドを抜け出て、円をちゃんと寝かせようとする。だが、みとれが止めて押し倒した。


「お、おい」

「蒼也様、あたしは蒼也様好き。大好き」

「わかったわかった、いいから姉ちゃんを―」


 抜け出ようとする蒼也だが、みとれは逃がさなかった。本気で抵抗してみる蒼也だったが、力で叶わず結局諦めた。


「『頂』なんか、気にしない」

「……俺は気にする」


 蒼也は、寝返りを打ってみとれと向き合った。


「俺には『頂』しかないんだ」

「なくなってあたしは好き」

「『頂』がなかったら、もう一緒にいる意味なんてない。痛くないだろもう」


 蒼也の本心だった。みとれを軽視しているわけでない、今までの人生で培った経験である。円も、太郎も、瞬も、古城も、全て喪う。


「でも、いる」

「……信じたいけど……俺には……」


 でも、蒼也にはできなかった。それは弱さであり、未熟さの証でもある。わかっていても、拭えるものではないのだ。


「蒼也様」


 みとれが、蒼也の手を強く握った。


「じゃあ、信じなくてもいい。信じられないけど、あたしはいるって、そう思って……えっとね、つまりその……う~ん……わかんない」

「なんだよ、それ?」


 蒼也は、久しぶりに笑った。みとれが言わんとしていることは大体わかる、だが、肝心なところでとちってしまった。


「みとれ」

「うん」

「ありがとう」


 蒼也が、みとれの額にキスをした。普段あれだけあけすけなのに、みとれはこんな時だけ恥ずかしくて頬を染めた。寝ているはずの円の口角が、少しだけつり上がった。


「亀男に、笑われちゃうよな」


 その時、遠くから爆音が聞こえた。部屋にまで、揺れが感じられる大きさだった。

 蒼也はみとれから手を離して立ち上がると、素早くモニターを叩いた。


「……嘘だろ」


 荒い粒子の映像が、映し出される。そこには、炎を上げる街と宙に浮く子供の姿があった。間違いなく、あの『頂』だ。また、別の人間に移ったのだ。蒼也の拳に、力が籠った。


「いっちゃだめよお」


 起き上がり、円が蒼也に言う。『頂』もなしに言っては、自殺行為だ。


「……姉ちゃん、これは、俺がいかないとダメなんだ」

「死んじゃうでしょお。ダメえ」

「……死なないよ。俺は」


 蒼也は、目を閉じて大きく息を吸った。


「『不滅のタートルマイスター』」


 つぶやきと同時に、蒼也を光が包み、円とみとれは目を閉じる。ようやく開けた時、そこにいたのは、以前の蒼也ではなかった。

 古城の『タートルマイスター』のアーマーを着ているが、決定的に体格が違う。背は並みだが、ひどくやせ細り、ほとんど滑稽の一歩手前だった。顔もマスクで覆われてわかりづらいが、間違いなく蒼也の成長した姿である。以前の『頂』が持ち得た逞しい肉体が、蒼也の理想であるならば、これは現実のまま順当に、蒼也が大人になった姿であろう。円は、さほど驚いていなかった。


「あんまり格好良くないわねえ」


 蒼也は、笑う。


「見る目がないよ、姉ちゃん。みとれを、よろしくね」


 次の瞬間には、蒼也は部屋を飛び立った。能力自体は、元のままのようだった。

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