第30話

 蒼也の思考は、完全に止まっていた。いや、それは一種の防衛本能だった。自分のしでかした事を認めてしまえば、もはや立ってもいられない状況だったのだ。


「み、みとれ」

「なに?」


 みとれの声は、妙に平静だった。


「な、治して……亀男を治して」

「え、無理よ」

「な、なに?」

「だってあたしの『頂』は『頂』のリスクを肩代わりする『頂』だもん。それに蒼也様にしかつかいたくないし」

「お、お前今そんなこと―」

「やっても治らないよ? もう古城先輩それが来ちゃったあとだし。傷治せる『頂』でもないし」


 蒼也は怒鳴ろうとして、必死に冷静さを保とうと深呼吸した。みとれの態度は癪に障るが、言ってることはもっともである。彼女に古城は治せない。


「じゃ、じゃあ治せる人……円姉ちゃん……」


 咄嗟に思い出すのは、知る限り最高の治癒能力を持つ円だった。この学園の、治療施設のことは当に頭から抜け落ちている。それほどの混乱だったのだ。

 現に、学園が刑部の『鉄血毒蜘蛛』により毒ガスで満ちている状況にも関わらず、古城を円の許へ連れていくことに気を取られ過ぎてみとれを置いていくつもりである。みとれの死が自分の死と同義であるのにだ。


「! き、きたああああああ! あああああああ!」

「こ、こんな時に!」


 変身して3分が経ったことで、みとれの身に代償が襲い掛かる。


「ひ……」

「⁉」

「お、俺はなにも……何もしてねええ!」


 『頂』により少年の姿になっていた研究員が、叫び出した。

 彼も同じく、混乱の中にあったのだ。古城に検査の時間を知らせようと道場に入ったところで記憶は途切れ、気づけば古城は斃れ『頂』が自分に乗り移っていた。理解不能と、自分が解除すれば死ぬ『頂』に囚われた恐怖、そして飛び込んできた蒼也が行った不可解な行動は、それを襲撃と彼に結論づかせるには十分だった。

 今飛び込んできたこの男は、自分が古城を殺したと思っている。

 

「本当だ!」


 その誤解の果て、彼が選択したのは『頂』の解除である。繰り返すが、彼は研究員だ。それがどういう結果を生むかわからぬはずもない。

 それでも彼がそれを選んだのは、混乱もあり何より『第3者』の思惑だった。


『こいつも……つまらないな』


 末期にその声を聴き、彼はもとの姿を取り戻しその場に力なくぐにゃりと倒れ込んだ。『頂』の解除による、死が彼にもたらされた。

 道場には、胸を貫かれ蒼也に抱かれた古城の死体、研究員の死体、快楽にのたうち嬌声をあげるみとれ。

 そして―


「……え?」


 もはや事態を把握しきれず、呆然と立ち尽くすしかない蒼也が残されていた。


 

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