第26話
古城は、深夜の道場で静かに座禅を組んでいた。他には誰もいない。刑部たちや、監視員にも外に待機してもらっている。
「ふう」
張っていた気を解く、薬で覚醒しているとはいえ眠気と疲労は抑えることが難しい。思えば一週間、よく持ったものだ。疲労の色が濃い、目は隈が沁みつき、頬がこける。
「ふふ」
ふと、笑いがこみ上げてきた。実際、この『頂』を得てから古城はよく笑う。おかしな話だ、待っているのは死か、錯乱か、或は実験体(モルモット)かだけだというのに。自嘲は込めている、あれほど渇望し、羨望し、ついに手に入らないと絶望した『頂』は死でふさがれたものだ。だが、それだけではない。
(あいつのおかげか……)
蔵蒼也。
挑み、一度は下したものの、みとれを得た蒼也にあっけなく敗れ去った。それからも、未練がましく絡み続けた。最後の希望を携え、僅かでも抗おうと。仲間には、公然と蒼也を倒すべきと主張するものもいた。実際、結果だけを見ればそれもわかる、血のにじむ思いの果てに得た1位をあっさりと奪い去り、はたまた一緒にいるときに不可思議な理由で『頂』を身に刻まれ、間もなく収容される。
特級の制御不能の危険な『頂』を持つもののいきつく先、『五來塔』。そこには『治療』も『矯正』もない。『研究』だけが存在している。
思えば、全ては東堂理事長の掌だったのかもしれない。行き場のなかった自分に、ここを紹介したのも、蒼也のことを告げて駆り出したのも、『頂』を手に入れてからの処置のスムーズな動きも。
不思議と、恨む気にはならなかった。もしこれが当たっているなら、むしろ見事と言いたい。
「ふふ」
また、笑みがこぼれた。諦観ではない、強情でもない。
蒼也がいる。そう思うだけで、何故か心が安らいだ。情報装置を残した、だが使いこなせるだろうかわからない。格闘を仕込んだ、まだまだものになるには遠い。
なのに、信じられた。一見、小生意気な少年と、それに付き従うだけの少女である。あらゆる意味で、不安定だ。その相手に、自分は全力をぶつけて敗れ去った。
「だから……か」
弟。
一方的な、思い込みかもしれない。だが、古城は―
「……っと」
少し、ふらついた。深く息を吸い、体に酸素を巡らす。
「まだだ……」
立ち上がり、体を伸ばす。
コーヒーを飲んで、そして映画でも見よう。刑部たちと積る話も尽きそうになかった。
思えば入学以来、刑部たちとはずうっと共にいた。生身であるという反発からの軋轢、スーツの改良とテスト、熾烈なランキング戦、いつの間にか自分を慕う仲間が増えた、初めて10位に入ったとき、生まれて初めて祝われた誕生日、そして1位になったときに、そばにみんながいた。
両親の態度と、生まれついての面体からきっと自分は1人で生きていくのだと勝手に思っていた。
「……ふ」
死を間近に感じると、人は必然的にいままでの人生を振り返る。
案外、悪くないと古城は思った。
『つまらないな』
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