第25話

「あたし?」

「そう、オレ全然お前のこと知らない。『頂』のことしか」

「あと蒼也様の女ってことも」

「それは絶対違うね。だから今までのこととか、将来の夢とかだよ」


 みとれはしばらく目をぐるぐるしてから、頬杖をついて蒼也を見た。


「ん~別に良くない?」

「いや良いと言えばいいんだろうけど、今こそ知っておきたいっていうか……」

「じゃあ良いじゃない」

「だから良くないから……あ~もう、いいから言えよお」


 蒼也は初めて、ほんの一瞬だけみとれが躊躇うのを見た。それはいつも相手をしている破天荒な彼女でなく、年相応、否もっと幼く儚い姿だった。


「えっとね、あたし……家結構お金もちだった」

「あ、お、おう」

「お父さんもお母さんも新人類でね、すごい『頂』持ってるんだって」

「へえ」

「だから、あたしはいらないんだって」


 蒼也は咄嗟に言葉が出なかった。言葉の持つ意味と、みとれの調子があまりにも乖離していたからだ。


「あたしの『頂』ってあんまり使えないじゃない? だから期待外れだったんだって。で妹の……あ、ているって言うの。は、すごい『頂』持っててあっちがあっていいから、もういらないんだって」

「い―」

「あ、でも学校は出してくれるって言うからね、色々受験したんだけど勉強できなくて全部落っこちちゃって。でもここは入れてくれたんだ」


 みとれの表情に、憂いはない。いつものあっけらかんが、乗っているだけである。

 だからこそ、蒼也の心にその告白は突き刺さった。悲惨な体験を、こともなげに語られるのは、時として悲壮に満ちた調と共に流されるよりも、それを強める。


「でね、その時東堂理事長があたしを運命の人と会わせてくれるっていって、それで蒼也様と会えたの! だからすっごく幸せ!」

「……!」


 蒼也は、がむしゃらにみとれを抱きしめた。強く、といっても蒼也の体躯では知れた力ではあるが。それでも力一杯にだ。


「きゃっ、いやん激しいわ」

「バカ! ……バカ!」


 みとれは悦び、蒼也は泣いた。

 『いらない』、蒼也もその言葉を何度も浴びせられてきた。みとれは両親から、蒼也は有象無象から。どちらが辛いかを一概には言えない、が、貰って嬉しいわけもない。

 そしてみとれの慣れた態度は、自分と同じだった。『頂』しかなく、それも役立たずであるという現実と折り合いをつけるための自己防衛のための手段。それが痛いほどわかる。

 だが、一番蒼也を打ったのは、それを初めて知ったと言うことだった。自分を救った相手であり、鏡写しのようなみとれに気づかなかった、気づこうともしなかった。


「みとれ」

「激しくしてね! 刻み込んでねえ!」

「離さないぞ」

「根元までがっしりよ!」

「絶対」


 半端者と半端者。合わさったところで一人前になれるわけでもない。半端者が2人いるだけなのだ。無力で、どうにもならない子供が2人。

 だが、一人はこの日もう一人を守りたいと心の底から願った。

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