第23話
見知らぬ天井が新鮮だった。硬いベッドと、肌触りの悪い掛け布団が新鮮だった。狭苦しい、こじんまりした医療室が新鮮だった。
「おはよう蒼也様」
「これも慣れたなあ」
身に絡みつくみとれに少しだけ安らぎを覚えている自分に蒼也は少し驚いた。だから、抱きよせてみた。
「きゃ」
「え」
意外なほどかわいい声が出た。慌てて離れた蒼也とみとれの間に、気まずいようなもどかしいような妙な空気が流れていた。
「お、お前いつも誘ってるじゃん」
「そ、そうだけどいざ来られると心と体と行為の準備が……」
「行為やめい」
「その会話をやめろ」
2人とも、数センチ飛び上がった。
隣のベッドに横たえた子供の古城が、じろりとこちらを睨んでいた。
「亀男!」
「の、覗きね!」
「蔵はともかく後から来たお前は仕切りもないのになんで俺に気づかないんだ」
欠伸をし、頭を掻く。あれだけ打ち据えられたというのに、古城には目立った外傷がみれない。
「『頂』があっても、勝てないか」
古城は自嘲気に笑う。かといって、そこには卑屈も暗さもなかった。どこか晴れ晴れとした、明るさすら感じられた。
「いや、ぎりぎりだったよ?」
「負けたら意味がない。全く……お前は反則だよくくく……」
「……性格変わった?」
「少しな」
みとれが改めて蒼也に寄りかかる。
「愛の力よ、ね?」
「案外、そうかもしれん」
「本当に変わったね」
「ははは」
古城は起き上がり、座ると蒼也を真剣な目で見つめた。
「蔵、俺は収容される。すでに手配はしてあるから、1週間後だ」
「え? ……いや、もう驚かないよ。それぐらいするもんね亀男」
「わかってくれて嬉しい。伊那崎を見ればわかるように、この『頂』は気絶睡眠でも解けて、死んでしまう。それならまだいいが、死に恐怖してそれにあらがうと……」
静寂の医務室内に、古城の鳴らした指の乾いた音が響いた。
覚悟はしていたはずだ、だが、晴れ晴れした顔は逆に蒼也の心に暗い影を落とした。
「なんとかならないのかな?」
「それも含めて検査されるだろうが、難しいな。そもそも『頂』が移る現象は俺も初めてだ。あの声……そういう「頂」なのかもしないが……」
「オレは、どうしたらいい?」
待ってましたとばかりに、古城は手を叩いた。
「あの装置はくれてやる。教えきれない訓練もな、役に立つ」
「あら、太っ腹ね」
みとれが拍手をした。
「お前が最期に見せた『天罰』を纏った攻撃も『祭典』に出るならより洗練させる必要があるだろう、手伝ってやる」
「……教えて」
蒼也は、古城をまっすぐに見た。
「なんでそこまでするの? 今までずっと練習させたのはなんで?」
古城は、たっぷり時間をかけてから答えた。
「売り出したかったからだ」
「なにを?」
「……『祭典』優勝候補の師匠としてだ。……チャンスが少しだけあるかとも思ってな。お前は……強い。注目されるだろう」
嘘偽りのない、真意だった。
古城を知るものなら、幻滅するだろう。それほど凡俗な欲望だった。
だから―
「げすいね」
「……ああ」
蒼也は満足し、古城は引け目を感じなかった。
「男ってよくわかんない」と言いたげな顔のみとれを放置し、2人はどちらともなく肩を抱き合って、涙が出る程大笑いした。
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