第19話
何一つと言うほどではないが、幸せでない人生だった。
空腹で、寒く、それを分かち合える者もいなかった。願った夢は実らず、自身で納得できる何かを成すこともなかった。「楽しい」思い出は、一応の庇護を得ていた幼い日々にしか存在しない。それでも、諦めずに生きてさえいればと足掻いてきた。
そして、不治の病を授かった。持てるもの全てをなげうって得られた数回の治療は、一瞬の安らぎしか与えてはくれなかった。憐れんでくれる者も、救いの手も、奇跡も玄関の戸を叩かない。
ふと気が付くと、ベッドに横になり、僅かに痛みが和らいでいた。外ではない、建物の中にいて、人間として扱われていた。
嬉しかった。
涙が出た。
そして―
心底絶望した。
これが生の中最後の歓喜なのだと魂が理解し受け入れているのを。
だから足掻いた、死にたくないと。
そして、それは起こった。
幼い日々の姿と、人智を越えた力が宿った。同時に、死の宣告もだ。だから逃げた。死から、絶望から、擦り切れそうな心を必死に繋ぎ止めた。肉体は軋み、震え激痛は病以上に鋭い牙を突き立てる。
ある時思った。そうだ、俺は子供だ、あの頃なんだと。そう思うと、すっと楽になった。惨めに老いさらばえた自分等、悪い夢の中にしかいないのだ。
だからそう振舞った、遊ぼうと思った、それが子供だ。なのに皆逃げ出した、怯えた、拳を振り上げてきた。仲間はずれにした。
そう、だからやり返すしかなかった。大人たちからひ弱な子供の自分が―
「君にはふさわしくない」
どこかで、声が聞こえた気がした。
「⁉ な⁉ あ、あれ! 亀男!」
「なんだ⁉ なにが起こって……『頂』⁉ どこから⁉」
閃光の奔流の中、一つの影が落下した。
超視力の蒼也と、モニターアイを持つ古城には確認できた。少年の真の姿、本当の伊那崎の肉体だ。もはやそれは原型を保っていなかった、木乃伊、否、人の形をした皮だった。風月を得たそれが還るように、まるで砂の様にほどけ、宙に舞っていく。
顔らしき部分に浮かんだ僅かな笑みを、蒼也は見た。
「一旦下がる―」
「あるべき場所に」
それは古城にだけ聞こえた。
2度目の閃光が走った。
源は、古城だった。あふれ出る光が、繭のように古城を包み込んでいく。
「亀男!」
近づこうとしただけで、蒼也は弾き飛ばされた。まるで光そのものに物理的な力があるかのようだった。
「亀男お! く、くそ!」
もう一度突進を試みたとき、光が晴れた。
「亀―!」
「……よお」
古城はいた。
そう、古城だ。
「そ、それって―」
「ああ、どうにも……なあ?」
縮れた髪、不細工な顔、頑健な肉体、全身を覆うスーツとマント。
10歳ほどの、古城少年だった。
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