第17話
みとれも伴って向かったのは、古城の自室だ。
道すがら、敵意と恐れの視線が突き刺さる。だが、古城のおかげか幾分柔らかく、そうあからさまな行動をとるものもいなかった。
蒼也は、感謝と嫉妬を同時に憶える。そもそも自分は正統な手段で勝利を勝ち取った。先日の事件も、逆恨み、否それですらないただの理不尽な八つ当たりだ。『祭典』がなければ、校舎ごと吹き飛ばしていただろう。
それを制するのが、よりにもよって古城なのだ。素直になれと言うのが酷だろう。
「ここだ」
「うお?」
「あらら」
古城の個室のつくりは、蒼也たちの自室とほとんど変わらない。異様なのは積まれた膨大な資料とトレーニング機器、アーマースーツ、そして大部分を占拠する巨大なコンピュータのディスプレイだった。生活用品が、隅に申し訳程度に縮こまっているのを見れば、その生活を推測するのは容易だ。香水と汗の混じった匂いが仄かに漂っている。
「秘密基地みたいね」
「自費で整えた」
古城はモニターのスイッチを入れた。
光を宿した画面に映し出されたのは―
「⁉ こいつ……‼」
あの少年だった。
血にまみれた人懐こい笑顔を浮かべたままの姿がそこにあった。
「本名は伊那崎嘉門、90歳だ」
「きゅっ―? え?」
「若作りなのね」
「そうじゃないでしょ!」
吹き出しそうになったのを慌てて誤魔化しながら、古城がコンピュータを操作すると、伊那崎の姿が消え、黄ばんだ不潔なベッドに横たわる痩せこけた老人が現れた。
呼吸器と点滴に繋がれた、皮膚が骨にそのまま貼りついているかのような姿はミイラを思わせる。
異様なのは目だ。凡そ皺が走らない箇所がないほどしなびた肉体にあって、そこだけが爛々と輝いている。
「1週間前の伊那崎だ。末期の病状であるボランティア団体の救世院で2年間延命措置だけを施されてきた。身寄りも財産もない」
「『頂』で治せなかったの?」
「寿命が原因の病気だ、どうにもできない。消しても再発症のいたちごっこだったらしい」
「そ、それで?」
「この日、収容者の増員があって治療が遅れたそうだ。ここからは目撃証言と憶測だが、奴は苦痛と絶望の中足掻いた。死ぬ気などさらさらなかったろう、それが高じて、『頂』に目覚めたと言うわけだ」
さらにモニターが切り替わり、ベッドの並ぶ部屋に浮く少年の姿が映った画像が浮かんだ。
あの笑みはなく、迷子のような戸惑った儚げな表情が浮かんでいる。蒼也はそこに初めて変身した自分を重ね、慌てて首を振って消し飛ばした。
「そ、それで? そっから先は?」
「伊那崎の『頂』は変身し子供に戻り、超パワーと飛行能力を持つというものだ。単純な力ではお前を上回っている」
「待って、一週間も変身したままでいられないんじゃない?」
「恐らく無意識でそれを察知し、精神力で解除を阻んでいるんだろう。問題はそのあとだ、訳もわからず若返った体と『頂』、無意識下での死への恐怖、睡眠どころか一時の休憩さえ叶わない状況にあいつは自我を保てなかった。その結果、防衛本能幼児退行を引き起こした。今の奴は12歳の精神年齢に戻っている」
「それで遊んでか……子供のつもりで……」
「当然、危険極まりない。救世院でも把握に時間がかかり、警察も先日の騒動でようやく認知したところだ。『頂』の査定も済んでない」
「……なのに亀男は知ってる」
古城は、蒼也の前で初めて微笑した。
「財力と知力に恵まれていてな」
「最初の闘いであんなに強いわけだよ、弱点知ってるんじゃないか」
「声をかけてきたのは、理事長だがな」
「あたしがいるから今は違うもーん。ね、蒼也様?」
「そうだね。……で?」
強さの種明かしをするだけとは思えなかった。
当然、何かしらの思惑があるのだろう。蒼也は古城が答えるのを待った。
「奴を倒せ。俺も手伝う」
思わず身を乗り出した。
「はあ? どうしてそんな―」
「この状況を変えたくないか?」
「―っ」
指すものがなにか、はっきりわかる。
詰まる蒼也に代わって、みとれが噛みついた。
「蒼也様悪くないもん」
「ああ、だが現実はそうじゃない」
「……オレが倒しても自演って言われるだけだよ。今だってそうなのに」
「そうかもしれないな。なら、放っておくか?」
「……っ」
蒼也はわからない。
古城の思惑が見えてこなかった。拳法の指南といい、情報の提供といい、討伐示唆といい、一体目的はなんなのか。
「なんなんだよ、あんたは」
返事の前に、アラームが鳴った。
ディスプレイに赤い点と伊那崎の顔が浮かび上がる。
「麻生街に現れたようだ」
「っ……」
「警察が察知するまで約3分。……俺達なら、30秒でつく」
再びアラームが鳴る。
伊那崎が道路の真ん中に降り立ち、怯える子供たちに近づく姿が映しだされた。
「いつ暴れ出すかわからない」
「……! いくよ! いくよもう!」
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