第16話
声をあげようとした蒼也は、慌てて口を閉じる。出かかった疑問に答えが得られるとは思わなかった。
「あれ? 怪我してるの?」
「ど、どうしたんですか?」
気づいたみとれたちが、代わりを務めてくれた。
少年は答えず、にこにこと同じ言葉を繰り返した。
「遊ぼう?」
「だ、大丈夫かお前⁉ ゆっちゃん、先生……いやその前に、救急車と箱川呼んでくれ!」
「は、はい」
「遊んでくれないの?」
「待ってろよ、治療の『頂』使える奴がいるから応急手当くらいは……」
「ちぇっ」
少年は口をとがらせると、宙に浮く。
呆気にとられる一行をしり目に、近くの男子生徒の側へ着地した。
「ねえ、遊ぼう?」
男子生徒の目には、明らかな恐怖があった。
一歩後ずさると、少年が距離を詰める。機材に阻まれ、とうとう後退ができなくなった。
「遊ぼうよ」
「い、嫌に決まってんだろ!」
恐怖から出た言葉だった。
「え~」
少年は不満を膨らませた頬で表現すると、男子生徒の顔をおもむろに叩いた。
本人に意図はなかったのかもしれない。だがその一撃は、男子生徒の歯を粗方折り、尚且つ昏倒させた。倒れ込んだ体が、小刻みに痙攣する様を見て少年は―
「いじわる!」
駄々をこねて足を踏み鳴らした。
「みとれ! 他の奴も逃げるんだよ!」
そう迷わなかった。
『頂』で変身した蒼也は少年を羽交い絞めにすると、空へ飛び立った。
タイマーを押す癖がまだ治らない。
「蒼也様ー!」
みとれの声があっという間に小さくなる。
人が豆ほどになる高度まで上がって、蒼也は少年を抱えたまま静止した。
「使い方が分からないの?」
『頂』が後天的に発現すると、その力の制御が難しい。突然力に目覚めた子供が、混乱しているのではと蒼也は推測した。
「落ち着いて、まずは―」
「離してよ!」
「っ⁉」
拘束を振りほどかれ、殴られたことに驚いたのではない。
口の中に広がる鉄の味、ダメージを受けたことに驚愕した。今まで太郎を含め、自分を傷つけられたのは数名しかいない。散々打ちのめされた古城でさえ、カプセルを除けば有効打ですらなかった。
「大人は邪魔するな!」
それが隙となり、2撃目をまともに腹部に食らった。弾丸のような体当たりに、蒼也は大きく吹き飛ばされる。
危うく戻しそうになるのを堪えながら、目の端で少年が地上に向かうのを捉えると必死に体勢を立て直し後を追う。
「遊ぼうよ?」
顎を砕かれた男子生徒の側に集まった生徒たちの真ん中に、少年は着地した。変わらぬ屈託のない笑顔が、一層の不気味さを醸し出している。
「逃げろ! こいつがやった!」
行人の叫びと共に、少年が掃除用具入れのようなロッカーの中に閉じ込められた。
男子生徒を背負い、他の生徒たちに続いて走りだそうとした行人の前に、少年が立ちふさがった。
ドアの開いた掃除用具入れが、すうと透明になり消えた。
「ねえ遊ぼうよ」
「くっ!」
少年が再び掃除用具入れに消え、間も置かず飛び出した。
行人の『頂』は、相手を迷路に閉じ込める『果てしなき物語(ツーリスト)』である。迷路は自由に設定でき、命を奪うようなトラップや、敵の配置も可能。弱点は1人しか迷宮に送れないことと―
「一人じゃつまんないよ。一緒に遊ぼう?」
それをものともしない圧倒的な『頂』の持ち主相手では、時間稼ぎにしかならないことだ。
「なにして遊ぶ?」
少年が笑みを称えたまま行人に近づいていく。
行人は背負った男子生徒だけでも『果てしなき物語』に入れるか必死に考えていた。この場は切り抜けられるが、その後どうすればいいのか? 自分が死んだら当然『果てしなき物語』は解除されてしまう、入れなければこのまま死んでしまうかもしれない、しかし入れても迷宮で生き延びられるとも思えない。
「『轟雷』!」
「‼」
迷いを断ち切ったのは、雷鳴だった。
蒼也の『轟雷』が少年に直撃し、怯んだところを遠方へ投げとばす。
すかさず後を追うと、白煙をあげ未だに受け身も取れずにいる少年に殴りかかった。
「⁉ お、大人!」
「がっ‼」
殴り合いの最中、改めて蒼也は驚愕する。少年は力で自分を上回っていたのだ。初めての体験に、無意識に体が竦み次第に圧されていく。
「こ、この!」
「邪魔するな!」
「ぐっ‼ 『轟雷』!」
「‼」
『天罰』でもさほどダメージを与えられない。だが、仕切り直しにはなった。
「『轟雷』‼ 『轟雷』‼ 『轟雷』‼」
距離を取り、休みつつ『轟雷』を連発する。受けた打撃の熱が逃げ、痛みが現れ始める。蒼也は身震いしつつ、ひたすら叫び続けた。
「もう! 大人のくせに!」
ついに根負けしたのか、煙をあげながら少年は逃げていった。どうやら飛び道具の類はもっていないようだ。
蒼也は応戦体勢のまま少年の消えた方角を睨み続け、鳴りだしたタイマーによりようやく我に返った。
恐る恐る、殴られた箇所を指で押して走る痛みに呻く。
「蒼也様! 感じたわ4回も‼」
「そ、そう……」
駆け寄り抱き着くみとれにも蒼也は上の空だった。あの少年のことが頭から離れない、いったい何者なのか? もし『祭典』出場者なら……。疑念はとどまることを知らず溢れ続ける。痛みは治まらず、慣れない感覚がより少年の不気味さを印象づけているようだった。
ふと、視線に気づいた。
遠巻きにいる生徒たちの、恐怖と疑念と敵意の視線だ。今までのものより、一層色濃い。
一連の事件から数日たち、事情聴取や捜査がひと段落し、日常が戻ってきた。
蒼也への風当たりは、さらに強さを増していた。少年と最初に接触していたことから自作自演説、そもそも少年などおらず蒼也がやった説など根も葉もない噂話が学園を駆け巡る。
蒼也が被害を少なくするためにした行動も、偽装工作とされた。真実よりも、信じられる虚構に人は安寧する。
事件の詳細が分からず、少年が未だ捕まっていないことと古城の件もあって蒼也は絶対的な孤立にいた。
東堂や教師の言でどうにかなるものではない。身近で見ていた行人とゆうは変わらず接してくれようとしたが、蒼也は拒んだ。同じく態度の変わらないみとれに、嫌がらせが波及するようになったのだ。
中傷のビラや陰口、ゴミのまき散らし古城や教師の目を盗んで益々陰湿になっていった。
流石に腹の立った蒼也だが、それでも堪えた。ここで暴力で訴えれば、噂に真実味を与えるだけだった。
古城の鍛錬は休まず続けた。仕返しの想い以上に、古城にまで敵に回られると歯止めが利かなくなると言う打算が強くなっていた。
自然にたまるストレスの捌け口は、円たちとの電話だった。心は軽くなったが、増える回数にみとれが駄々をこね始め、迷惑をかけている手前自重を余儀なくされた。
「学園生活はどうだ」
「?」
そんな欝々とした日々の中、打突の訓練で、古城が唐突に声をかけてきた。
答えに詰まる。ありのままを言うのは簡単だが、それは癪だった。
「え、……普通……だよ」
「やつの正体を知りたくないか」
「やつ?」
「あの子供だ」
思わず構えを解いたところに、貫き手が入って悶絶した。
遠くで、生徒たちがせせら笑っているのが見える。
前ならあしらった光景が、今の蒼也にはすさまじく腹立たしかった。
「待て」
我を忘れて『頂』を使おうとした蒼也に、古城がのしかかり関節技を仕掛ける。
逃れようと足掻く蒼也の耳元で、古城は諭すように囁いた。
「離せっ……‼ あいつら―‼」
「より効果的な報復を選べ」
「⁉ なにを……」
「あの子供を自分の手でどうにかできれば、注目が集まるぞ、外部からもだ」
「……それがなんだよ」
「絶対正義からの報復が一番心地いいと思わないか」
思わず蒼也は抵抗を止めた。関節技を解いて立ち上がった古城をまじまじと見上げる。
冗談っ気の全くない目がそこにあった。
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