第14話

 部屋に戻ってみとれに詳細を聞いたが、彼女自身詳しく知っているわけではなかった。

 周囲の生徒という選択肢もあったが、顔見知りもなく敵愾心をむき出しにしている、この状況でそれが叶うかは怪しかったし、何より筋肉痛でそれどころではなかった。東堂理事長も不在で、取りあえずは体の回復を優先することにした。

 夜、電話で円にそれとなく聞いてみたものの、聞いた事がないという実りの無い返事だった。また、転校に関して書類を探ったが不備は全くなく、やはり事前に仕組まれていたことと、財前理事長との話し合いも平行線をたどっていると報告があった。

 進展はなにもないわけだが、太郎と瞬と話ができたことと、円の声を聞けたことで、幾分安らいだことも事実だった。

 夢がかなった現状だが、結局楽しかったのはそれに突き進んで希望があった時なのだなあと蒼也は思ったりした。

 電話を終えると、嫉妬したみとれが激しく詰問してきた。タイマーを捨てる捨てないでひと悶着を起こし、結局休めたのは深夜だった。

 翌朝、教室で蒼也とみとれは周囲の注視の中ゆうを囲んでいた。


「ゆっちゃんさあ、聞きたいんだけどいい?」


「蒼也様が言うんだからいいわよね?」


「ゆ、ゆっちゃんて言わないでください……な、なんですか?」


「亀男って本当に『頂』持ってないの?」


「か、亀?」


「古城先輩のこと」


「おい!」


 にわかにざわめきが起こり、険しい顔をした男子生徒が出てきて、蒼也の肩に手を置き強く握った。

 思いがけない強さが筋肉痛に響き、蒼也は呻き立ち上がった。

 にらみ合う二人の間に走った緊張感は、みとれが男子生徒をひっぱたいたことで霧散する。猫の威嚇のような唸り声をあげ、男子生徒を睨みつける。


「蒼也様になにするのよ!」


「いや痛かったけど、そんなに怒らなくてもね……」


「お、お前らいったいなんなんだ⁉ 古城先輩を馬鹿にするならただじゃおかないぞ!」


「? なんで馬鹿にするの?」


「だ、だってお前『頂』ないって……」


「?? なんでそれが馬鹿にするの?」


 生徒たちがざわめく。今度は困惑のざわめきだった。


「な、なに?」


「だから、『頂』持ってるかどうかしりたいだけだって……何なんだよ……『はい』か『いいえ』で済むじゃん」


「し、知らないんですか? 本当に古城先輩のこと」


「だからそういってるじゃん、よっちゃん」


「よっちゃんて言わないでください……」


 先ほどの男子生徒が、座れと言うように椅子を指さす。

 蒼也がみとれを宥めて座ると、自分も腰を降ろした。


「なあ、お前どうしてここに来た?」


「えっと―」


 蒼也はこれまでのいきさつを話した。

 思えば、この学園に来て自分のこれまでを話すのは初めてだなと思った。クラスの自己紹介でも、敵意を前にむしろ挑発するようなことしか言っていない。

 そもそものきっかけである古城との戦いを語ると、大きなどよめきが起こった。


「って、感じかな」


「自分から志願したんじゃないのか?」


「いや今いったけど、円ねえちゃんいないとオレダメったし……」


「つまり運命の相手のあたしのおかげね!」


「そうなんだよなあ。みとれがいないかったらなあ」


 蒼也は思いだしたようにみとれをなでる。

 エキセントリックな少女ではあるが、そもそも彼女がいてこそなのだ。

 みとれが気持ちよさそうに目を細める。


「嘘だ! 嘘ついてるんだ!」


「少し静かにしてろ」


 声を上げた生徒を男子生徒が睨んで黙らせ、そのまま蒼也に視線を移した。

 若干表情が和らぎ、声も柔らかくなっていた。


「古城先輩は、新人類じゃない」


「それであんなに強いの?」


 蒼也も自然、柔和に話すようになる。

 少なくともこの男子生徒は、まったく話がわからないというわけではなさそうだ。


「俺もそんない詳しくないけど、格闘技の達人で、あのスーツがあるからな」


「新人類じゃないのにここに入れるの?」


「一応、な」


 当初、『新人類専門』と銘打たれた学園の数々は、人種差別であるととの批判を受けて、その名文化を撤廃した。

 とはいえ、あくまでそれだけである。人類と新人類には補えない『頂』という差があった。何度か人類が『祭典』を目指し入学するといった例はあり、実際にとある人間が校内ランキングで1位を取り、トーナメント進出を果たした例もある。

 だが、その人類は一回戦で敗北した。にも拘らず、その相手がそのトーナメントの優勝者であったことと、未だに人類側の勢力が強かったこともあり、政治的判断で慣例を無視して『祭典』の一員に選ばれたのだ。

 これで奮闘するか、一蹴されるかであればまた違った未来だったかもしれない。

各国の威信をかけた、頂点に立つ新人類が集まった戦いの場で、彼は全く役に立てなかった。

 他国の選手は、生身の彼に攻撃するのを躊躇った。戦争の代替である『祭典』とはいえ、衆人環視の中で人類である彼を倒せば非難は免れない。

 必然的に彼を無視したまま戦闘を続け、攻撃の巻き込みを狙うか、残ってしまえばけがをさせないように優しく攻撃し失神させるの2通りの結果しか残せなかった。

 置物よりなお悪く、アシストとしても参加できない。ある国からは、融和の進む人類と新人類に不和を生じさせようとする悪意のある行いと批判された。

 人類に配慮した結果、世界中の新人類はもとより人類からも非難を浴びて、選ばれた彼は自殺してしまった。

 これを機に、特例は廃止されより結果を絶対視する風潮となった。今となっては、人間が『祭典』を目指すこと自体が忌避される傾向となっている。


「……最初は古城先輩も風当たりが強かったらしいんだ。辞めさせようって動きもあったって。でも、諦めないで地道に順位を上げてってさ、皆だんだん応援してって……俺もだけど。半年前、とうとう1位になってさそれで皆……古城先輩ならって」


「オレは邪魔者なのね」


「……ま、まあ……そういうやつもいるけど」


「いいよ慣れてるからハッキリ言って」


「……そうなのか?」


「ムカつかなくはないけどね。みとれ、最初に言えよ」


「だって聞かれないんだもん」


「普通に考えるとこういうのよくないんだけどな……。お前はちゃんとやって勝ったんだし。けどさその……なんていうんだろう? もやもやが……」


「頑張ってレギュラーを取った贔屓チームの人気ベテラン選手が、いきなりトレードで来た外人選手にポジションをとられちゃったって感じです」


「おお、ゆっちゃんわかりやすいね」


「ゆっちゃんて言わないでください……ありがとう」


「……俺は野呂行人っていうんだ、何かあったら、なんでも聞いてくれ」

 

 行人の言葉に込められた謝罪には、誤解に対するものとこの事態を収拾できないことに対するものがあった。

 新人類と言えど、学校では年齢というものが大きな意味を持つのは変わらない。古城が3年がかりで支持を集めたのを鑑みれば、当然一番多くの時間を過ごした3年がその基盤である。上級生に表立って逆らうことはできないのだろう。太郎と瞬が似たような話をしていたのを思い出して、蒼也は思った。

 同時に、初日に一蹴した刑部たちがその中核だったと気づき、妙な態度への納得と後悔が同時に訪れていた。




「正義とは、不条理に声をあげ立ち上がる勇気を言う」


「せいぎとは……これやらなきゃだめ?」


「ダメだ」


「ファイトだよ蒼也様!」


 放課後、蒼也は古城の手ほどきを受けていた。激しい訓練のあとに、みとれにマッサージしてもらいながら、今日は訓示が加わった。

 すっぽかさなかったのは、行人とゆうの説明で古城に興味が湧いたのもあったし、約束を違えるのを良しとはしない性分もあったからだ。

 しかし何度見ても古城は驚くほど醜い。


「今日はここまで」


「なあ亀男、なんで『祭典』出たいの?」


 立ち上がりかけた古城が、逆再生のように座り戻った。

 周囲の生徒が騒めく。その中には、ひと際強い敵意を向ける刑部の姿もあった。


「『頂』なしですげえ強いよ、オレだって一度負けたし。あ、ちゃんとリベンジしたからね? でも……」


「そのうちに教える」


 古城はぶっきらぼうに呟き、立ち上がると足早に去っていった。

 歩むのは茨の道だ。

 蒼也との戦いでは終始優勢であったが、奇襲と時間制限があったからだ。太郎や瞬クラスの弱点が小さな相手には通じるかわからない。

 そもそも以前の事件のせいで、例えトーナメントで優勝しても、人類の古城が『祭典』に出れるかは不透明だ。低いと言って良い。

 そして今や、ランキングの上には弱点を失くした蒼也が立ちはだかっている。それなのに、何故格闘技の稽古をつけるのか?

 

「事故に見せかけてとか? そんなことしてもなあ……みとれはどう思う?」


「知らない。あたし蒼也様意外興味ないもん」


「あーはいはい」


 晴れれば曇る。

 一つの謎が明かされれば、新しい謎が出てくる。


「ふう……」


 折角の『1位』が、妙に味気ないなと蒼也は思うのだった。


 


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