第12話

 学内ランキングの対戦場だった。昨夜の闘いの爪痕が、未だそのままに残っている。

 相対するのは、二人の男。

 一人は、これ以上ないほどの笑顔を称えた蒼也。

 もう一人は、アーマースーツを着込んだ『タートルマイスター』の古城だ。

 

「サンキュー」


「何がだ」


「いやこんな早く戦えるなんて……良いことばっかり起きるね最近、ふふふん」

 

 蒼也はすでに勝った気である。無理もない、今の蒼也にはできないことなどなにもないという自信で溢れている。

 

『蒼也様! 応援してるよ!』


『な、なんでこうなったのかしら……』


 別室でモニター越しに見守るみとれとゆうの声がスピーカーから流れてくる。

 廊下で再開を果たした古城は、早速ランキング戦を挑んだ蒼也の申し出を受けた。

 当然のようについてきたみとれと、止めようとしつつできずに、なし崩しで同行したゆうが観客だ。


「ところでこれちゃんと認められるんだよね? 先生が見てないとだめなんじゃないの?」


「心配するな。ランキング戦はカメラで録画される。すでに起動された」


「そっか、安心した……!」


 蒼也の姿が、自信に満ちた笑みを称えた地上最強の男へと変わった。クマタイマーのスイッチを入れる。

 別室のみとれが、キッとタイマーを睨む。

 古城が身構える。右手を前に出した、重心の低い半身立ち。

 互いににらみ合ったまま、数分が過ぎた。


「……いっていい?」


 蒼也の問いかけを合図にするように、古城が突き出した右手から熱線を放った。


「!」


 一瞬驚いた蒼也だが、目視で難なく躱す。

 古城は続けざまに、両腰の突起に手をかける。濃い白煙が立ち昇り、瞬く間に対戦場を覆いつくした。古城の姿がたちまちに霧に紛れて見えなくなる。

 

(見え見えだよ)


 蒼也の五感は常人の比ではない。この状況でも、視覚だけで古城を追える。


(マスクなしってことは、毒のある霧でもない。カウンター狙いだ)


 距離をとり身構えている姿が、蒼也の推理を証明している。アーマースーツの目が、この霧で効かないという間抜けな話も考えにくい。

 前回はそれで悉く攻撃を潰されていた。


(オレだって、考えてないわけじゃないんだよ!)


「『火山』!」


 選んだ戦法は、遠距離攻撃だった。

 足元の噴火を躱した古城は、そのまま宙に浮く。


「空飛べるのかよ⁉」


「ああ」


 古城はそのまま小刻みに動き回りながら、両腕に仕込まれた機関銃を放つ。

 蒼也はそれを躱し距離を取った。相手が相手だ、普段ならなんでもない銃弾が思いがけない効果を持っているかもしれない。


(みとれにどんな『頂』か聞いておくんだったよ……)


 心の中で愚痴る。

 ともあれ、今できるのは遠距離攻撃を徹底することと自分に言い聞かせる。あの辛味カプセルも警戒しなければならない。他にどんな隠し玉があるかもしれないのだ。


「『旋風』!」


 突風を引き起す『天罰』だ。

 大砲の如き風の一撃が、濃霧ごと古城を吹き飛ばし壁にたたきつけた。ダメージこそ与えられないようだが、衝撃で動きが止まる。


「『轟―」


『か、壁壊しちゃだめです!』


 ゆうの叫びで追撃の『轟雷』を躊躇った隙に、小型の爆弾が蒼也の顔でさく裂した。カプセルの時と同じく、強烈な辛味成分が皮膚を冒して痛みを体内に届けようとする。


「……っ!」


 蒼也は息を止めて、すぐさま部屋の隅へ避難する。

 体内には入っていない。少しあれば回復できるだろう。だが、このままでは目が使えない。


「『大波!』」


 念には念、津波を起こす『天罰』を叫んで洗い流す。そしてその行動は全く別の事象を生む。先ほどの『火山』で発生させた溶岩に水流が流れ込み、水蒸気爆発を起こしたのだ。

 衝撃派が2人を襲い、対戦場全体が揺れる。行き場を失いとどまった『大波』は濁流となって渦を作っていた。

 

『きゃあ!』


『蒼也様!』


「くっ……」


 爆風に巻き上げられた水が雨のごとく降り注ぐ中、どうにか堪え留まった蒼也は頭を振って古城を探す。

 濁流の中で壁に手をかけ、流れに巻き込まれるまいと必死に抵抗している古城の姿があった。

 突っ込もうとした蒼也はすんででブレーキをかける。遠距離に徹すると決めたはずだ、あれが演技である可能性も捨てきれない。


「『轟雷』!」


 雷が古城に直撃する。

 濡れている分威力が増し、一撃でアーマースーツが煙をあげ火花が散る。


『すごいわ蒼也様!』


『こ、これってちょっと……』


 古城の口が歪む。左腕に体の支えを託し、右腕の機関銃を蒼也に向けるが、それより早く2撃目が炸裂した。煙をあげた右腕はそのまま力なく水中に沈む。もはや古城は左腕一本で壁にしがみつき流されまいとするので精いっぱいだ。

 蒼也は興奮を隠せない。もう少し、もう少しで―


「『轟―!」


「参った!」


 古城が叫んだ。


「参った! 降参だ!」


 蒼也は歓喜にもろ手を上げようとし、慌てて降ろして警戒心たっぷりに古城を観察する。

 治まりゆく濁流の中で、左腕に命運を賭して壁を掴む古城の姿は無力に見える。だが、そのまま素直には蒼也には信じられなかった。


「本当に⁉」


「ああ! すまないが助けてくれ! 自力で動けない!」


『さすが蒼也さま……ああああああ! きたああああ! ああああああしゅごいいいいい!』


『なんなんですかああああ⁉ は、はやく助けてあげないと!』


 もし降参なら、蒼也の勝ちで1位。『祭典』への第一歩。だがこれも作戦なら、せっかくの勝ちを遠ざけてしまう。

 助けを求めるのも不意打ちの前準備なら……。夢が目前であることが、蒼也を迷わせた。それにもし死んでも―


「!」


「あ」


 左手が壁から離れ、古城が水中に沈んでいく。

 この期に及んでも、蒼也はまだ躊躇していた。作戦ではないか、それなら近づけばこの勝負を―。


『……‼ は、早く行きなさい!』


『はあああああ! ああん! やあん! そこお!』


『し、静かに!』


「!」


 ゆうの叫びとどんどん沈んでいく古城の姿を認めて、ようやく蒼也は濁流に突っ込んだ。




「っがは! ごぼっ! ……っく」


「こ、古城先輩大丈夫ですか?」


「ああ……水を少し飲んだだけだ」


「よ、よかった……」


「蒼也様、1位だよ1位!」


 古城を引き上げ、スーツを脱がし、ようやく意識を取り戻したのを見て蒼也は安堵と共に腰を降ろした。

 内容はどうであれ、勝利したのだ。1位でありトーナメントへの出場権を得たわけだが、蒼也はそれを素直に喜べていなかった。

 結局、策略ではなかった。下手をすれば、そのまま死んでいたかもしれない。円がいた頃の癖でつい死んでも生き返らせると思ってしまう。

 ゆうが叫んでいなければ……。蒼也は子供である、色々考えが足りないところもあるが、その倫理は全うだ。

 今の自分が、褒められたものではないと客観視でき、見殺しにするところだったという罪悪感に苛まれた。昨夜すら、下手をすれば大事件になっていた可能性もある。

 今までも、殺人を行ったことはある。だがそれはあくまで円がいる前提の、いわば力の誇示と憂さ晴らしの行為。八方ふさがりのやけくそだ。

 それがない今、自分の力がどれほどのものか、今更ながら蒼也は噛みしめていた。


「助かった」


「あ、うん……」


「アーマースーツが故障して自力で脱げなかった。危なかった」


「い、いいよそんな……」


 頭を下げる古城に、蒼也はバツが悪そうに俯く。

 ゆうがちらと蒼也を非難するような眼を送るが、言葉にはしなかった。それが余計に心をかき乱す。


「完敗だ」


「か、亀男もすごいよ……です」


 ふっと、古城が自嘲するように肩を揺らし笑った。


「『頂』なしじゃ、こんなものだな……」


 蒼也は思わず顔をあげる。


「え? な、なに?」


「古城先輩……」


「いいや、よくやったと思いたい」


 古城は自分に言い含めるようにつぶやくと立ち上がり、大きく深呼吸し、蒼也をまっすぐに見つめた。


「蔵」


「は、はい」


「一つだけ、我儘を聞いてくれないか?」

 

 


 

 

 




 


 


 

 





 

 

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