第11話

 翌朝、ベッドに寝ていた蒼也はノック音で眼を覚ました。


「ふあ……あ~戻ってすぐ寝ちゃったのか―ん?」


 体を起こそうとして、重みに気づく。

 涎を垂らしてにやけ面で眠るみとれが、絡みついていた。


「……う~ん。こうあからさまだと興奮しないもんなんだな」


「あのお……」


「あ、はい」


 ノックが呼びかけに変わって、蒼也は応対しようとみとれを引きはがしにかかった。しかし、複雑に絡まった四肢がそれを許さない、ますます深みにはまるばかりだった。


「……よし」


 下した結論は、そのまま出る。


「はいよ」


「きゃっ……」


「あ、こいつは気にしないで」


 無理な相談だった。

 ドアの前にいた少女は、顔を真っ赤にして後ずさり、恥じらいか口に手を当てその下からもごもごと言葉を紡いだ。

 おかっぱ頭と小躰、太めの眉毛が大昔の学校資料から抜き出てきたかのような印象を与えていた。


「あ、あの……はじめまして、重掛ゆうです。……あ、あのわたし、理事長に……紹介を」


「あ、そういえばそんなこと言ってた」


「ん~……ん……あ、ゆっちゃん」


「ゆ、ゆっちゃんって言わないでください……」


「ほら、離れて。で、どうすればいいのゆっちゃん」


「……き、着替えたら……どうですか⁉ ゆっちゃんっていわないで!」


「「は~い」」


「うう……」




「ここが浴場よ。朝7時から夜10時まで開いてるの」


「そういや部屋に風呂がなかったな」


「と、止まらないでついてきてください」


 少女に従い着替えた二人は、言われるがままそのあとをついていった。 もっとも、学校案内する気満々のみとれと蒼也のせいで遅々として進まなかったが。


「あいつが……」


「通天院も……」


「刑部たちがやられたって……」


 通り過ぎた生徒、教室から覗くもの、皆が蒼也に注目していた。良い視線とは言い難い、敵意が混じっているものが大半だった。会話の内容から、昨夜の一件も広がっているのだろう。

 我を通す人生を歩んできた蒼也にとって、それは珍しいものではない。粋がる異分子への扱いはむしろ受け慣れているといってもいい。

 気になるのは、時折混じる何かを守ろうとするような、そんな決意に基づく敵意である。これは初めてのものだった。


「ま、いっか」


「よくないわよ。エッチしたあとシャワー直ぐに浴びれないのよ?」


「エ!……あ、あなたたちなにしてるんです⁉」


「はいはい何もしてないからね。さ、先に先に」


 とりあえず、その疑問は捨ておくことにした。


「え~? するよね? するよねいつかは蒼也様?」


「だから積極的すぎるってば」


「あ……」


 ゆうが立ち止まり、蒼也とみとれがその背にぶつかりよろめいた。


「うお? ごめん急に―」


「蒼也様―」


 みっしり肉の詰まった、重戦車のような体躯。

 顔は丸々と張り吹き出物に覆われ、小さな眼と大きな鼻、ひどく癖のかかった髪の毛。

 面と向かうのは、2度目。蒼也にはすぐにわかった、体形、露出した顎。


「……おう」


「……古城」


「あれ? よくわかったわね」


 ランキング1位。

 倒すべき『祭典』への壁、『タートルマイスター』、古城道夫が目の前に立っていた。




 


 

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