第10話

 ドアを抜けた先は、ランキング対戦場の前だった。

 そのまま中へ入り、対戦場に蒼也とみとれは立っていた。張り巡らせた緩衝材は一緒だがあちこちささくれ焦げ跡だらけで老朽化が進み、管理が行き届いているわけではなさそうだ。

 間近で見ると、少々失望を憶えないでもない蒼也だった。

  

「で、俺眠いんだけど?」


「そうよ! 家族計画の邪魔しないで!」


「今日はしないって。眠りたいの俺は」


「こんなガキがかよ?」


「納得できねえな」


「通天院が大体なんでいんのよ」


 蒼也と寄り添うみとれを、男女合わせ10人ほどの生徒たちが囲んでいた。

 歓迎会の雰囲気ではなかった、呆れと侮り、敵意に満ちた視線が蒼也に注がれている。

 部屋に来た小太りの少年は、これから起きることに恐怖しているように、隅で縮こまっていた。


「まずあんたら誰?」


 リーダー格らしい、短髪でがっしりした体の少年が前に出た。

 みとれが蒼也の耳に囁く。


「2位から10位までの先輩よダーリン。あの筋肉マンが3年で2位の刑部首一先輩」


「じゃあ1位は……あの亀?」


「そうそう。よくわかったわね」


 誰かしらが知らせた蒼也の来校が、在校生を刺激したらしかった。どれほどのものか、見てやろうと仕掛けてきたのだ。

 肝心の蒼也は、1位が古城と知り歓喜し、彼らへの興味が一気に消えた。屈辱の相手で尚且つ『祭典』への障害、否が応でも心が燃え上がった。

 それにつけても、まずは―


「1位じゃないならいいや。帰っていい?」


 初めては古城と決めているのだ。

 打倒す感動をこんなところで失いたくないし、とにかく眠い。


「っち、むかつく野郎だ。てめえなんか古城さんがやるまでもねえ」


「早くやっちゃおうよ」


 生徒たちは、聞く耳を持たない。むしろ今のが挑発になり一層険悪な空気を作ってしまっていた。

 困ったように頭を掻きながら、蒼也はため息を吐く。


「その前に、ひとつ質問」


 身構えた生徒たちが、虚をつかれて構えを緩めた。


「……なんだ」


「怪我したらどうするの? そういう治せる『頂』使える人いるの?」


「蒼也様、ここ治療機器あるのよ」


 刑部が手を叩くと、壁が開きアンテナのような機械がむき出しになった。


「ほへえ」


「旧式で時間はかかるが、しっかり効く。もういいか」


「なら安心だね」


 蒼也はタイマーのスイッチを入れると、『頂』で変身した。

 同時に、生徒たちが全員その場に糸が切れた操り人形のように倒れた。

 小太りの少年は何が起きたかわからず、ぽかんと口を開けることしかできなかった。


「ふふ~ん。弱いねえ」


 なんのことはない、『頂』で変身した蒼也が、『超スピードで全員の殴り、元の位置に戻った』だけだ。

 肉眼で反応できるものは少ない、傍目には蒼也が変身したら生徒たちがただ倒れただけにしか見えないだろう。

 治療器具が倒れた生徒を感知し、回復音波を生徒たちに射出する。優しくとはいえ蒼也のパワーで殴ったのだ、打ち所が良くても、顎は砕けているはずだった。


「さすが蒼也様!」


「ふふん。もっと褒めてもいいよお」


 みとれに抱き着かれ頬ずりされる蒼也は気分がいい、久しぶりに完勝と言える美酒に酔う。

 以前の3人組相手の時とは違う、意味ある勝利である。おまけに、上位でもこのありさま。古城も、あの状況下で苦戦したに過ぎない。『祭典』への夢はますます現実味を帯びていた。


「ぐ……」


「お、さすがに2位だね」


 ぴくりとも動かない生徒たちの中で、刑部だけがふらつきながら立ち上がった。


「―っああ!」


 最後の力を振り絞る様に、刑部は血の混じった唾を吐きながら叫んだ。

 刑部の顔にガスマスクが装着され、巨大な6足の戦車が出現する。動くごとに発生する鉄の軋みは怪獣の叫びを思わせ、至るところから毒々しい煙が湧き出ている。

 朦朧とする意識に抗って、刑部は戦車によりかかり蒼也を睨む。


「古城さんを―」


「『轟雷』」


 雷が刑部に落ちた。

 最低出力の『天罰』だが、満身創痍の身に耐えうるはずもない。『頂』である戦車は消え、刑部は周囲に倣い、湯気を立てながら倒れ込んで回復音波を浴びていた。

 

「まだ30秒。余裕だね」


「あ、蒼也様、わたしがいるんだから、もうそれいらないでしょ」


「え? あ、う、うんまあ……そのうちにな」


 思わずタイマーを見ていた蒼也を、みとれが咎め捨てようとする。

 習慣はそう簡単に抜けないし、何より円のくれたタイマーである。蒼也は適当に誤魔化してみとれの手からタイマーを救い出した。


「ふう……う~ん、弱っちいけどあの戦車はけっこう格好いいかも」」


「『鉄血毒蜘蛛(トーチャーヴェノム)』っていうの」


「え? 名前あんの?」


「そっちのほうが言いやすいし、シュッとするじゃない」


「う~ん、名前かあ……」


 想えば『祭典』出場者も、著名な新人類にも、太郎と瞬の『頂』にも名前があった。『頂』ではなく自身の名にも、周囲が名付けたり、自分で考えたり、とっかかりとして最適だ。

 今まではそんな余裕もなかったが、これを機に、自分の『頂』の名前を考えるのもありかもしれないと蒼也は思った。


「……ふぁ……まあ今は眠ろう」


「変身やめないでね、寝る前に一回欲しいの」


「わかったわかったよ変態だなあ」


 蒼也はみとれを抱きかかえると、唖然としている小太りの少年を放置して出口へ向かった。


「そういえば亀にも名前あんのか?」


「『タートルマイスター』っていう名前よ」


「『タートルマイスター』……」


 蒼也は、鼻で笑った。


「だっさ」

 



 



 



 

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