第9話

「起きてダーリン」


「んん……」


 顔を這う手がくずぐったい。

 蒼也が眼を覚ますと、どうやら車は停まっているようだった。

 みとれの手が、顔から胸に歩んでいく。


「ふふ……」


「やめろよもう」


 背伸びし、まじまじと車内を見渡した。

 こちらをにこやかに振り返る東堂と、背を向けたままの古城、しだれかかるみとれがいた。

 夢ではない。少しうれしく、少し哀しかった。


「ごめんね、ダーリン」


「謝んなくても……それと、ダーリンなんてダサいぜ。古臭い」


「じゃあ……蒼也様」


「ん……お前がいいなら、それでいい」


「蒼也様、蒼也様」


 妙に嬉しそうに名前を呟くみとれだった。


「行こうか」


 東堂の言葉で古城以外の全員が降りた。


「いつもの場所に」


「はい」


 古城は蒼也に一瞬だけ視線を送り、車を走らせ去った。


「暗い奴だね」


「無口でね」


 どうにも好きになれなかった。

 散々打ち据えられた怨みもある、初戦は古城とと、蒼也は誓うのだった。

 新たな家となる、新校舎を見上げた。

 元の学園より建物自体は新しいが、規模は3割ほど小さい。施設も運動場も最低限といった感じだ。

 前は校内に収められて、軽く100を超えていたランキングの対戦場は、わずかに一つが脇にそびえるだけだった。

 3人で中に入り、目に入った玄関に並ぶ下駄箱も200に満たない。飾りもなく殺風景ななもので、両隣に階段を侍らせた、正面奥の購買部が閉まって寂しげに佇んでいる。

 若干の失望を感じつつ中を眺めていた蒼也は、ふと視線に気づき顔をあげた。

 おそらく生徒たちだろう、いつのまにか、少年少女が階段にひしめき、一様に冷たい顔でこちらを見つめていた。

 蒼也を掴むみとれの力が、僅かに強くなる。


「ここの生徒?」


「そうだね。キミたち、消灯時間は終わっているよ」


 東堂が声をあげた次の瞬間、音もなく全員が消えた。なんらかの『頂』だろう。


「すまないね、明日正式に紹介しよう」


「うっす」

 

 歓迎は期待できないと蒼也は思った。

 そして燃える。希望によって燃える。今の自分には、みとれがいる。夢までもう少しだ。しばらくぶりに、熱意が蘇っていた。

 部屋の前まで蒼也を案内し、藤堂はお休みを言って去っていった。

 部屋は個室だった。3人で使っていたところよりも狭いが、一人部屋というのは悪くない。


「お茶? コーヒーだと眠れないタイプ?」


「で、なんでお前はいんの?」

 

 みとれがここの生徒と言うなら、部屋があるはずであった。にも拘らず蒼也の部屋に居座っていた。


「自分の部屋に戻れよ」


「だめ」


「だめってなんだよ」


「だって蒼也様と一緒の部屋って約束したもん」


「誰と」


「理事長と」


「ええ……」


 無論そんな話は聞いていない。

 みとれを追い払おうかと思ったが、抵抗するのは目に見えている。東堂を追って聞く手もあるが、今は眠りたかった。


「まあいいけどさ、ベッドはオレのだかんね」


「え? 一緒に寝ようよ」


「いやちょっとそれは……」


「わたしは全然OK。もうドンと来て来てって感じ」


「……変なやつだねお前」


 蒼也とて、そういうのに興味がないわけではない。

 瞬に貸してもらった本を読んだり、サイトを漁ったりもする。だが、今この場ではどうにもそういう気にはなりそうにない。


「オレは行きたくないの。寝る」


「じゃあそれでもいいから一緒にいいでしょ?」


「だーかーらー」


「じゃあ『頂』を使って寝て、きっとすごく蒼也様を感じれると思うの……ああ……」


「あのさあ」


「す、すいません……」


 2人の声ではなかった。

 壁に浮かびあがったドアが開き、中から覗く小太りの少年がいた。


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