第7話 

「そっち持ってくれ」


「複製系、回復系の使い手は?」


「今さっき起こしました、2分で着くそうです」


 現在、カフェテリアには人がごった返している。

 建物内が破損した場合に待機している修繕員が現場を主導し、保安員が野次馬の生徒たちを誘導し抑え込んでいた。

 生徒たちの視線の先は、破壊され修復されつつあるカフェテリアと、隅に集まる

事件の当事者蒼也と亀男、蒼也にべったりの少女に紳士、叩き起こされたネグリジジェ姿の円、それを見て悶々とするのを必死に抑える太郎に瞬、学園の統括者、財前理事長とで2分されていた。

 剣呑な雰囲気の円に太郎と瞬とは対照的に、蒼也は得意満面だ。未だ変身は解かれず、しだれかかる少女にチョコバナナパフェをこれ見よがしに食べさせてもらっている。

 太郎も瞬も、その艶めかしい少女の姿と円とで、雑念を消すために無心になることを強いられていた。

 蒼也本人に悪気はない、叶った夢の一つを、円たちに見てもらいたいだけだ。一番身近な円はそれがわかっているだけ歯噛みする。

 不信と、弟を奪われたことに対する嫉妬を少女たちにぶつけるしかなかった。


「つまりずっと変身してられるんですかあ? 本当にい?」


「そうなんだよ! こいつのおかげだぜ!」


「うふん」


 蒼也が少女を小突く。

 少女はその刺激に興奮し、嬌声をあげ身を悶えさせるのだった。痛みそのものに、快感を覚える性質らしい。悶絶を終えると、涎を垂らし、蒼也の膝に身を降ろしで熱っぽく荒い息を整える。その潤んだ熱っぽい目は、完全に蒼也の虜になっていることを物語っていた。

 太郎も瞬も、その役得をまったく意に介していない蒼也がこの時ばかりは憎らしかった。

 少女はやせ過ぎであることを除けば、10人中9人は振り返る絶世の美少女である。品行方正で通ってきた二人も、年頃の少年だった。


「蒼也、その子は誰なんです?」


「ん? そういや名前聞いてなかったな、お前なんての?」


「はい、ダーリン。わたしは―」

 

 ふいに少女は言葉を切り、紅潮と共に蒼也の膝の上で再び悶えだした。


「わたしはあああああ! つ、つうてんいんんんん! みいとれええあはあああああああん!」


「3分たったみたいだな」

 

 太郎、瞬、財前理事長までも身を乗り出し、その光景を目に焼け付けようとして円にはたかれた。


「いたいです……」


「うう……」


「……」


「私は一応上司で……すいませんその手を下げてくださいもう反抗しません」


「そんな場合じゃないでしょお⁉ 蒼也あ、あんたも変身ときなさい!」


「やだもーん。こんないい気持はじめてなんだもーん」


「まったくう……」


「はあ……はあ……すごいです……」


 太郎がむせて、亀男が差し出した水を会釈しつつ受け取った。

 

「ダメージを吸収できるんですかあ?」


 円が探りを入れる。


「正確には、『リスクを代わりに受け取る』頂ですね」

 

 紳士が答える。この紳士だけは、蒼也の前に現れてから一度も表情も纏う空気も崩していなかった。


「……希少だな。どこでみつけた?」


「それは言えませんね」


 紳士と財前理事長の間には、妙な慣れがあった。友人とまでは言えないまでも、知古と言える雰囲気が混じっている。

 円は怪しむ。そもそも、この学園のセキリュティは並みではない、感知に特化した『頂』の新人類を何人も雇っている。今まで不法侵入、しかも夜中にドンパチを初めて3分以上感知できないなどということがあるだろうか。

 さらに本来警察機構を呼ぶべき事柄である。それをせず、紳士と呑気に談笑している時点で、財前理事長も密かに噛んでいるのではと疑わざるを得なかった。

 学園ぐるみなら、生徒の太郎と瞬では限界がある。教員である自分がこの場は気を吐かねばならない。

 仕事をないがしろにしたことはない、医者の仕事に誇りをもってきた。だが、弟同然の蒼也がピンチなら別だ。


「け、けど。いきなりこんなことするなんて、ちょっとおかしいですよお?」


「ボクもそう思います。そもそも―」


「なんだよ、二人とも⁉ すごいだろ、これならトーナメント出れる! 太郎にも勝てるぞへっへへーん! なあ円姉ちゃん⁉ 『祭典』出れるよ!」


 円は心の中で舌打ちする。折角の瞬の加勢をぶち壊したのは、ほかならぬ当人だった。


「で、でも蒼也あ? 忘れたのお? トーナメントも祭典もお、参加者以外のお『頂』の使用はあ禁止されてるのよお?」


「それは問題ないかと。彼女の『頂』は対象を選んで発動するタイプです。外部からの作用では無く、代替。すでに試行は終えています。一度固定すれば、どの条件下でも過不足なく効果を発揮していました。」


「……」


 紳士の答えは完璧だ。あらかじめ、用意されたかのように。

 円の疑念はいよいよ濃くなっていく。一朝一夜の計画ではない。蒼也の断片的な話からしか推測できないが、亀男は徹底して蒼也対策をしてきている。そして理事長の態度、疑惑は確信に形を定めていく。

 そこまで細部に至らぬまでも、太郎と瞬も同様の疑念を抱いていた。

 当人である蒼也は完全に有頂天でそんな杞憂は吹き飛んでいる、平静でもおそらくそこまで考えは及ばなかったろうともいえるが。


「書類は以前に受け取っている。許可するつもりではあったが……この騒動は聞いていない」


「え?」


「はい?」


「それは謝罪しましょう。補償金も私から」


「り、理事長お?」


 矢継ぎ早に繰り出された信じられない言葉に、円たちは一瞬2の句が継げなかった。

 円が、ややあって太郎と瞬が確信する。やはりこれは仕組まれていたのだ。

 だが、その意図は? 円にはわからない。混乱を招くだけではないか。わざわざこんな襲撃紛いのことをしたのは何故? 自分にこの少女と転校のことを言えば、確かにショックではあるが蒼也の夢がかなうのだ、喜んで協力しただろう。理事長と紳士でなんらかの取引が? 理事長が蒼也を惜しみ……いや、それでは筋が通らない。厄介払いのための芝居か?

 考えが纏まらない円をよそに、紳士は畳みかけるように話をすすめていく。

 亀男は、終始無言で無表情であった。


「蒼也君、どうかな今からうちに来るかね?」


「ん? いいよ? てか早い方がいいもんね」


「あ、蒼也あ」


「ま、待ってくださいよ」


「おかしいって絶対」


 重大な決断をこの上なく軽く下した蒼也に、3人は慌てて食いつく。明らかにこれはおかしい。


「なんだよ皆さっきからさあ。邪魔すんのかよ?」


 願いの叶う興奮で今の蒼也にはなにも考えられない。むしろ祝ってくれない3人に反発すら生まれているようだ。

 それが理解できる分、3人の歯がゆさは募った。気持ちがいたいほどわかる。長年の悲願の成就が目の前に転がっている、冷静になれというのが土台無理なのだ。 間違いなく、今彼は人生最高の瞬間にいる。


「いいんだよね? 理事長?」


「ああ」


「そ、そんな!」


「ま、待ってください!」


「君達はもう戻りなさい。騒ぎも収まった」


 『頂』のおかげで復旧は早い。破壊が嘘のように消えたカフェテリアから、保安員も修繕員も撤収を始めている。生徒たちも、数人ほど蒼也たちを好奇の目でみているものがいる以外は大部分がその場を後にしていた。


「理事長お! 私も納得できません!」


「では、後程意見書を出して」


「そういうことじゃあ……!」


 食い下がる円にも、財前理事長は全く取り合わず、話は終わりと立ち上がった。

 3人は慌てて後を追うが、財前理事長の顔はすでにこの問題から離れ、別の事柄に取り掛かっている風であった。

 紳士は、小さく小さくガッツポーズをし、それを見た亀男は、ほんの僅か顔を歪めた。

 少女は再び3分が過ぎ、痛みに歓喜し蒼也の腰にしがみついて悶えている。

 そんな周囲を一顧だにせず、蒼也は絶頂だった。

 もはや敵はない。すぐにランキング一位になり、全国トーナメントで優勝し、『祭典』に出場できると疑わなかった。

 

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