第5話
「……ん? 転校ってこと?」
「その通り」
「……なんだ」
蒼也の顔に、苦笑が広がっていった。
転校はいの一番に考えた。太郎と瞬には相性が悪いだけで、他校でなら1位も簡単に取れて学生トーナメントには出れるだろう。
だが、それでも同じく出場する太郎とあたる公算は高い。それ以外なら敵でないと考えている蒼也だが、対策は考えつかなかった。
この時点で2位なのは確実。『祭典』に出場できる新人枠は多くて2人、ほとんどの場合は優勝した1人だ。2位であり、しかも『頂』に巨大な弱点のある自分が選ばれる可能性は低い。
以前企てを打ち明けた円に、そう説教された苦い過去があった。そうでなくとも、公平を期すため試合の最中外部からの『頂』は遮断される。3分以内に決着をつけられない場合は、そこで終わりだ。
「あーあー、びっくりして損したよ」
「そうかね」
嫌な思い出を払おうと、おどけて話す蒼也に対し、紳士は余裕ある態度を崩さなかった。
「もういい? ここは学校で夜遅いんだよ? おじさん勝手に入っちゃー」
「円先生以上の『頂』を持つ、生徒がいるんだがね」
「……もう一回」
「円先生以上の『頂』を持つ、生徒がいるんだがね」
「念を押してもう一回」
「円先生以上の『頂』を持つ、生徒がいるんだがね」
公表されている限り、死者を蘇らせるほどの治癒力を持つ『頂』の使い手は世界でも数人、日本では円一人だ。
もしもう一人でもそれが発見され、尚且つこの紳士の勧誘する学校にいるなら……。
「……あ、やばいやばい。危なかったあ」
「どうしたのかな?」
「同じでも、意味ないじゃんか試合の時は、外からできないんだから。あーあー、期待した分やな気持ちになっちゃうじゃんか。もう行くよ」
「説明が良くなかったね。その心配はないのさ」
「ん? ……わかんないや。じゃね」
「すぐにわかるさ。なあ?」
「……ええ」
「あ?」
蒼也が突如現れた、第3の声の主を探して振り返ったとき、その男はいた。
深緑の、武骨で丸みを帯びた機械の鎧を纏った男だった。
装甲は分厚く、亀を模しているのか、わざわざ甲羅まで背負っている。男自身も平均より低めの蒼也とさほど変わらない背のわりに、2倍ほど寸胴で、殊更亀を思わせる、一歩間違えばコメディアンのような丸っこい体つきだった。
『新人類』には、コスチュームを着て、芸名を名乗って活動するものも少なくない。それは知名度を求めてであったり、身体能力を補うためであったり、所属する団体を示す意図がある場合などだ。
この亀男はきっと知名度とパワーを上げるためだな、だってマークとかがついてないしと蒼也は思った。
「始めて」
「はい」
「で、この亀マンが―」
蒼也はそれ以上言葉を紡げなかった。
亀男の丸太のような腕が信じられない速さで蒼也の首に巻き付き、万力のように絞め出したのだ。呼吸は阻まれ、肉が圧潰され内出血する痛みと、耳に届く骨の悲鳴が全てを支配した。
必死の抵抗も、いささかの抗いになっていない。亀男の腕に食いつく蒼也の腕は枝のように細く非力だった。
「がぎ……っ‼」
「変身しないと、危ないんじゃないかな?」
蒼也のかすれ往く視界の隅で、紳士が座しつつ変わらぬ微笑みで囁いた。止める気などはなからない、そもそも指示を下したのは彼なのだから。
口に鉄の味が広がるのを蒼也は感じた、内部からの出血ではない、鼻血が伝ってきたのだ。
「! ……っだああああああ!」
それが切欠だった。血の味が、リアルな『死』を蒼也に感じさせた。
亀男の腕が、蒼也の首から外された。筋肉の塊である、恐ろしく太い頸それ自体が絞め技を解除したのだ。
『頂』により、蒼也は変身した。『無敵の男』がそびえたっていた。
亀男も紳士も、感嘆とも畏怖ともつかない小さな叫びを同時に漏らしていた。
「このくそ野郎!」
ただの裏拳も、一撃必殺の威力がある。当たればそこは粉砕され、生物ならば死んを免れない。
蒼也らしくはなかった、塔乃たちとの試合では円がいるからこそ存分に力を振るえるのだ。そうでない場合、まず『頂』を使ったことに青ざめ、タイマーとにらめっこしながら必死に円を探すだろう。
命の危機が、初手を攻撃に向かわせた。加減も何もない、純粋な敵の排除を目的とした一撃だった。
「‼」
それを亀男は防御してみせた。
派手に吹き飛び、カフェテリアに並ぶテーブルを一列丸々粉砕し、最後は壁に激突した。にも拘らず、防御に使用した腕の装甲はひしゃげ火花を散らしているものの、ふらつきもなく立ち上がって蒼也と相対した。
「ど、どうなってんだよ?」
答えはない。亀男は、ただただ蒼也を見つめるだけだった。
蒼也は舌打ちし、ようやく冷静になると慌てて腰のクマ型タイマーに手を伸ばした。
変身してどれぐらい経ったか? わからない場合はできるだけ大げさに考えなさいと円に教えられていた。少なく見積もっても、蒼也の場合何も利はない。取りあえず1分は経ったつもりで、時間をセットし直そうとボタンに指をかけた。
亀男は、それを見逃していなかった。
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