第4話 

 真夜中。

 蒼也は、薄暗い無人のカフェテリアで一人佇んでいた。月光と機械類の無機質な光だけが中を照らし、昼間の活気も人の気配もないそこには、不気味すらさえ漂っている。

 夕食のあと部屋に戻り、ゲームのし過ぎで眠れなくなり、部屋を出たのだった。太郎はとうに眠り、勉強のために起きていた瞬にはたしなめられた。

 蒼也がいくところは、ここしかない。円は忙しい、仕事をしているにしろ寝ているにしろ迷惑をかけたくなかった。


「なんとかなんないかなあ……」


 何度目かわからないその言葉を吐き出した。

 単純な順位もあるが、蒼也には弱点が多すぎた。

 3分間の時間制限、円がいることが前提の死亡リスク、頭脳も精神力も優れている方ではない。

 強力だが、扱いづらい。自身の『頂』をそう結論付けられた時から、蒼也はひたすら自己証明を求めてきた。

 そもそも、円がいなければ蒼也の『頂』は意味をなさなかった。最強無比であるのに、一人では絶対に勝てない。そんなアンバランスな存在であることもコンプレックスになった。

 それだけではない。『頂』と歩むなら、円は必須だし、何かでいなくなれば、それから後に『頂』を使うのが人生の終わりになる。

 『頂』を捨てるなら、何もかも平均、いや、知能はそれ以下の男として生きなければならない。とても耐えきれなかった。

 『3分間無敵の男』。

 裏を返せば、3分でできないことには無意味だ。救助、警察補助、スポーツ。多くの『新人類』が活躍する場で、彼は今一歩足りない。

 歯がゆかった。

 『頂』は成長するタイプと、完成しあとは練度をあげていくタイプのものがある。

 蒼也は後者だ、体の動かし方、特殊能力の使い方は練習できても。『3分間の無敵』は揺るがすことができない。力のコントロールも充分にできていない、学園のトーナメントですら手加減ができず、相手を殺してしまう。変身と共に、抱える不安が一気に爆発し、発散する相手を求めるのがわかった。

 それを言い出せなかった、己の弱さだと恥じた。これ以上弱くなって、誰が『祭典に出そう』と思うだろう。だから、我が道を往くことしかできなかったのだ。

 悩み、苦しみ。それでもあきらめなかったのは、夢があったからだ。

 まだ円の存在を知らず、自身の『頂』が一生発揮できない類のものだと知って落ち込んでいた時に見た『祭典』。『新人類』が華々しく活躍し、喝采を浴びて、何より格好良かった。

 勇気をくれた。

 円と出会い、希望が生まれた。

 勇気が、夢に変わった。

 それは潰えていない。だが、その綻びを蒼也は最近確実に感じ取っていた。


「出たいよお……」


「それは無理だ」


「⁉」


 答えたのは、相席する若い紳士だった。

 蒼也は思わず立ち上がる、直前まで確かに1人だった。煙のごとく、彼はそこにいつの間にか座っていたのだ。

 蒼也は、早鐘の心音を必死に鎮めようと息を深く吸う。考えれば、こんなことのできる『頂』の持ち主はごまんといる。突然で、驚いただけだ。

 たっぷり時間を置いて、早鐘が鎮まりを見せると蒼也は目の前の紳士の検分にかかった。

 歳は若くみえる、いっていても30代の半ばであろう。整った顔と短く刈り込まれた黒々とした髪。上等なスーツと腕時計、鏡代わりにできそうな靴、それらを違和感なく包む肉体は気品に溢れていた。


「お、おじさん誰……ですか?」


「それはどうでもいい」


 回答とも拒絶とも無視とも違う答えに、蒼也はまたも緊張を強いられる。

 紳士は柔和な笑みのまま蒼也を眺め、次の質問を待たずに切りだした。


「我が校にこないかね?」


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