第2話 

 保健室、にしては機材が揃い過ぎていた。

 病院……保険機構の施設と言っても通じるだろう。あらゆる医療器具が並び、ベッドは軽く見ても50はくだらず、半数以上が少年で埋まっていた。無菌室の中の手術室さえ見え、行き交う人々と隅々まで清掃の行き届いた冷然の純白は、ここの使用頻度と重要性を物語っていた。

 そのベッドの一つに寝ているのが、蒼也だった。

 あの筋骨たくましい青年の姿ではない、やせっぽっちで色白の、少女と間違えられるような少年の姿だ。蒼也を挟むように、塔乃と三角州もベッドに横たわっていた。

 皆、溶岩の一部と化したはずなのに、傷の一つも見当たらなかった。


「ん……」


「はあい」


 蒼也の寝顔が歪み、眼が開かれた。

 飛び込んできたのは、白衣の美女。学園の医療部門統括である、円やきしだった。


「円姉ちゃ……いてっ」


「これはバツう。本当にもう」


 上半身を起こした蒼也の額を、円が指で軽く叩いた。

 何人かのベッドに寝ている少年、職員までもが羨望と嫉妬の目を蒼也に向けた。

 円の抜群のプロポーションといい、気だるげな仕草と言い、これまた漫画から抜け出たような姿だった。親しい蒼也にその想いを抱くのも無理はない。

 2人は殆ど姉弟だった。幼いころ、その力を知られた蒼也は円と過ごすことを運命ずけられていた。

 死者を蘇生する奇跡。それが円の力であった。医者としても、卓越した技術を持ち、学園にスカウトされここにいた。

 当然蒼也も、その思惑に従い入学している。


「治すの大変だったんだからあ」


「それはごめん。それより円姉ちゃん! 理事長はなんだって⁉」


「代表には……入れられないってねえ、一位じゃないとお。あと円先生でしょお?蒼也あ」


 期待に満ちた蒼也の目の輝きが、夜のごとく濁っていた。

 ベッドから跳ね起きると、背伸びして体操のように体をあちこちに動かした。


「あ~もう! なんだよお!」


「そういう決まりなんだらだめよお、蒼也あ。わがままいっちゃあ」


「だ~ッ! むっかつく! 俺最強よ⁉ 最強! 勝てる奴つれてこーい!」


「2人もいるじゃない」


「ぐっ……お、俺はこういうのじゃなくてマジのバトルで実力を発揮するの! そうなの!」


「じゃあ、ますますだめじゃない。トーナメントはその方式じゃないんだからあ」


「う……うう……」


「よしよし。今日はご飯つくってあげるから」


 泣きそうになり、円に抱きしめられ頭を撫でられる姿に。少年も職員も、目覚めた塔乃も泣いた。三角州は少女趣味なので泣かなかった。

 蒼也は歳にしても随分子供らしく、泣くのを必死にこらえていた。


 数十年前から確認されるようになった、『頂』と呼ばれる超能力を身に着けた人間の進化形『新人類』。

 生まれながら、ある日突然、その力に目覚める。

 当初は、人間社会との軋轢もあったが、瞬く間にその数は増えていき、全人口の半数が『新人類』となるに至り両者は共存の道を選んだ。

 尚も『新人類』の割合は増え続け今、やそのバランスは逆転している。

 各国の呼びかけで戦争は撤廃され、その代わり各々が代表とする『新人類』7人を選抜、戦わせることで戦争の代替とする『祭典』が一大イベントとなっている。ほかにも『新人類』による各分野の発展は目覚ましいものがあった。

 代表に選ばれることは、栄誉であり莫大な利益をもたらす。

 そのための方法は三つ。

 一つ、国による推薦を受け受諾すること

 二つ、国民投票で上位に入る。

 三つ、新人枠で全国各地の中学~大学入り混じるトーナメントで優勝する。その参加資格は、各校の校内ランキングにおいて一位であること。

 蒼也は、『祭典』に出たかった。

 だからこの学園に越してきて、すぐに夢はかなうはずだった。自分が負けるわけがなく、円がいれば不安もない。

 なのに、3位に甘んじていた。政治的理由や、依怙贔屓ではない。上位2名に、どうしても勝てないのだった。

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