不滅のタートルマイスター

あいうえお

第1話

 無敵という言葉を体現するなら、彼だろう。


「この野郎! 死にやがれ!」


「ふふ~ん。相変わらず無駄なことするなあ」


「うるせえ!」


 塔乃守は天使の羽を模した剣『ルシフェル』で斬りかかる。刃自体に特殊な波動が流れており、鋼鉄でも豆腐のように切り裂く魔剣だ。

 塔乃自身も、剣術を納め訓練している、実戦で勝利することに主眼を置いた流派である。格好も、まるでファンタジー世界から抜け出たような剣士の姿である、鎧にマント、顔も中世的な男前だ。


「おらあ‼」


「よっと」


「んな⁉ く、くそっ!」


 生身の首筋を捕らえたはずの『ルシフェル』が粉々に砕けた。小細工ではない、筋肉で魔剣を打ち砕いたのだ。

 それを成したのは、彼だった。

 金属のような筋肉質の偉丈夫に、それを誇張するぴっちりした赤と白を基調にしたカラフルな全身タイツ。股間も相当な膨らみだ。

 塔乃の敗北感に、男としてのものが重くのしかかった。

 男はリーゼントヘアーだった。風もないのに無駄に羽ばたくマントと、ハンサムだが幼さを感じさせる、輝くばかりの笑顔を携えた童顔だった。その歯は塔乃の顔が映らんばかりに白く光っている。

 アメリカン・コミックから抜け出したヒーローのようだ。とはいえ、胸に記された『蔵』の漢字と腰に付けてある、クマを模した残り2分50秒の時間を刻むタイマーを別にすればだが。


「ちっくしょう!」


「効かない効かない」


「ボケが!」


 塔乃は苦し紛れに、折れた『ルシフェル』の柄を投げつける。

 男は柄を難なく口で咥えると、口の中で弄び足元に吐き出した。魔剣の柄は、鮭を加える熊の彫刻に変えられた。


「ぬああああああ!」


「はっはっは! ふん!」


 間髪入れず塔乃の腹に食い込んだのは、男の鼻息だった。弾丸以上の速度で放たれたそれは、腹筋に小さな凹みをつけ決して小柄でない塔乃の体をピンポン玉のように吹き飛ばす。

 塔乃はそのまま緩衝材でできた白い壁にめり込んだ。意識は腹に鼻息を食らった時点でとうに飛んでいる。十字架のように壁に貼りつき、胃の中身と口から下腹部まで再会していた。


「ふふ~ん。どうする?」


「―‼」


 原理はシンプルだ、超高音の叫び声で攻撃する。

 響高音のそれは、金属すら粉々にする威力がある。最高出力なら、生身の人間など消し飛ばす。肺活量も常人のそれではない、10分は叫び続けられる。

 レオタードのような体のラインを浮かび上がらせるスーツは、声の増幅と発声の負担を軽減してくれる効果がある。空間ごと震わせるような、大咆哮であった。


「ん~……よし! ―ッ」


「―⁉ ― ―……⁉」


 直撃を食らいつつ、まるで動じない男のとった対処法はいたってシンプルだった。

 部屋の空気を全て吸い取って、真空状態にする。こうすれば音は伝わらず、響も呼吸を封じられてはなす術もない。声を出していたのが仇となり、金魚のように、喉をおさえ口をパクパクさせ倒れ込んだ。


「はい、さいなら」


「ッッッ!」


 「待って!」と言いたげに突き出された響の手を、熱線が貫通し腕を伝って頭部に届き、脳を焼き尽くしそれでも止まらず、壁に穴をあけた。空気が入り込んできて、細い音を立て始める。

 放出元は、男の目である。赤く光る眼で勝ち誇って高笑いする姿は、童顔が逆に恐ろしさを際立たせていた。真空に近い状態のはずなのに、男はまるで気にするそぶりもなく高笑いをしていた。


『蒼也あ~ビーム禁止っていったでしょお~』


「あ、ごめんごめん円姉ちゃん」


 どこからか聞こえる間延びした女の声に、蒼也と呼ばれた男は初めて姿勢を崩し、頭をさげて謝罪を口にした。おそらくこちらが素なのだろう。顔から笑いが消えて、本来のあどけなさが戻っている。

 

「……!」


「あ」


 突如空中から少年の上半身が現れ、渾身の力で手に持ったレンチで蒼也の顔面を振りぬいた。

 半袖に野球帽、日焼けした運動少年といった面持ちの三角州賢治である。彼は異空間を作り出すことができた。そこに身を隠し、攻撃防御に万能な力であった。すでに仲間は斃れた、真空でも一瞬なら動ける。臆病な性格の三角州だが、こういう時に動けない、腰抜けではない。

 まったく予測できないところからの攻撃は、当然大きなダメージを―


「痛いじゃないか」


「ひいいい!」


 蒼也に与えてくれなかった。打撃を加えられたこめかみには赤みすらささず、殴った方のレンチがへし曲がっていた。

 三角州は悲鳴を上げて異空間に逃げ去る。空気の薄い部屋で喚いてしまいせき込みながら、通じるとも思えないが、次の武器を選んで抵抗しなければならなかった。


「この野郎……そこだ!」


「ぬえ⁉」


 蒼也は目を緑に光らせながら走らせ、無造作に空中に手を伸ばすと、そこから三角州を引きずり出した。選別中の武器が床に落ちて音を立てる。

 熱線だけではない、蒼也には透視眼すらあったのだ。


「ま、待―」


 三角州の命乞いは、少ない空気に息を詰まらせ遮断された。


「『火山‼』」


 蒼也が2王立ちし叫ぶと、三角州のいた場所から爆発と共に勢いよく溶岩が吹き出し、彼を蒸発させた。瞬く間に部屋中に溶岩が満ち、響と塔乃を飲み込んでいく。

 異様なのは、それすらもろともしない蒼也だった。腕を組んで、これ見よがしな満面の笑みを浮かべていた。


「どう⁉ また俺の勝ちだよ! 理事長観てるう⁉」


『おバカあ! 天罰(パニッシュ)は使っちゃだめっていってるでしょお! 穴から漏れてきてるじゃない!』


「まあ、それはそれとして……う―」


 女の叫び声に答えていた蒼也は言葉を続けることができなかった。腰に付けたクマのタイマーが0を表示し、警報音が鳴り響いたのだ。

 変化は劇的だった。胸を抑えたかと思うと、その強靭な肉体が塵のように消えさって、痩せた少年が代わりに現れた。眼を見開き、微動だにしない、明らかに死んでいた。仮に生きていても、浮いていた空中から落下し、煮えたぎる溶岩に落ちて蒸発したので意味はなかった。


『まったくう……ほらあ、片付け急いでえ』


 少年の名は蔵蒼也。

 3分間最強無敵の男になれる『力』を持っている。

 代わりに、その時間を過ぎると命を失ってしまうのだった。



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