六月

弟、来庁

 世の中には、自分と似た人間が三人はいる、という俗説があるようだが、僕の場合は、実家に帰れば父と弟、という、血の繋がりを嫌というほど思い知らされる顔が二つ並んでいるので、これ以上会ってみたい、などとはさすがに思わない。

 さらに言えば、兄弟揃って小中高と同じ学校に通っていたことで、三つ違いという年の差にもかかわらず、担任から同級生、先輩後輩に至るまで、ことごとく『お前の弟か?』と尋ねられる羽目になれば、余計に興味が失せるというものなのだが、

 「うわ、ほんとに似てるね!身長もほとんど変わらないし」

 「遠目に見たら、俺、確実に声掛けてたところだわー。単なるイメチェンぐらいにしか思わないだろうしー」

 「すいません、突然邪魔して。兄貴も、なんか、悪い」

 「いや、僕が頼んだことだから。それにこっちこそ、メールに気付いてなかったし」

 こうして、井沢さんや戸川さんに騒がれた上、脇を通り過ぎていく他課の職員にまで、珍しいものを見るように眺められれば、最早そんなものは枯渇する勢いになってしまった。

 六月に入って最初の週の、水曜日。市役所の正面玄関前。

 職員が大挙して昼食へと流れ出していく最中、その人波に逆らうようにして、ホールに入ってきた弟を認めた時は、本気で何事かと思ったが、とりあえず一緒に外に出るように促して、二人に紹介したら、途端にさっきのやりとりになったわけで。

 「それにしても、こうやって兄弟で並んでると、弟さんも当市の職員です、って言われても違和感ないねー」

 感心したように僕と弟を見比べている井沢さんの台詞に、こちらとしては苦笑するしかなかった。というのも、僕は当然のようにスーツを纏っているが、今は弟もそうだからだ。加えて言えば、よりによって色目が同じグレーだから、余計に似通って見える。

 とはいえ、地味なリクルートバッグを下げ、短い髪をワックスで軽く立たせている弟と、手荷物なしで、毎朝癖を直している程度の僕とでは、区別がつかない訳はないのだが。

 「とにかく、明史あきふみ、時間あるならお礼に昼おごるから。すみません、弟も一緒でも構いませんか?」

 「ああ、全然いいよ、むしろちょっと話してみたいくらいだし」

 腕時計を気にしながら、二人に尋ねてみると、井沢さんはあっさりとそう返してくれたものの、戸川さんはいつの間にか取り出していたスマホの液晶に、やけにハイスピードで指を走らせながら、にやにやと嫌な笑みを向けてきた。

 「俺も構わないんだけどー、森谷くん、里帆ちゃん呼んでいい?」

 「言うと思いましたよ……残念ですけど、彼女、今日昼当番ですから」

 「えーマジでー?せっかくだから二人並べてびっくりしてるとこ眺めたかったのにー」

 予想通りの反応と台詞はもう放っておいて、僕は眉を寄せながらもさっさと駅の方へと歩き始めた。ただでさえどの店も混み合う時間帯だというのに、付き合ってはいられない。

 と、二人にあらためてすいません、と頭を下げてから、自然と僕の横についてきた弟が、いつもの如く、淡々とした調子で言ってきた。

 「兄貴、今の名前、例の彼女か?」

 「そうだけど、母さんから聞いたのか」

 そう聞き返したのは、つい数日前に、母に連絡した時のことが頭にあったからだ。少しばかり手間のかかることを頼んだのだが、その代わりというように、まさに根掘り葉掘り『大事な人』について追及されて、吐かざるを得ない状況に追い込まれてしまって。

 「ああ。なんか昨日、父さん相手にやたら騒いでたから」

 思い返すようにそう言いながら、弟は首を巡らせて、背後に立つ庁舎の方を見上げると、じきに顔を戻してきて、

 「ついでに、『出来たらお兄ちゃんの彼女にご挨拶して来てね!』とか言われたけど……仕事してんだし、だいたい兄貴が嫌がるだろうから無理だろ、って返しといた」

 「……そのうち紹介する、って言っといたのに。父さんは、なんて?」

 「かなり驚いてた。それと、会うのが楽しみだな、って」

 「あれー、まだその程度の進行状況なわけ?森谷くんの攻めっぷりなら、さっさと地盤固めまくってると思ってたのに」

 「行く行くはともかく、付き合って一か月で、そんなことまではしませんよ。それに、先を急かすような真似だけはしたくないですから」

 わざわざスピードを上げて追い付いてきたのか、斜め後方からしつこく絡んできた戸川さんに、僕は端的にそう返した。

 彼女の傍にいるようになってから、お友達期間も入れればもう半年弱ということになるわけだが、単にそれだけで済む話ではない。

 やはり、恋人として共に日々を過ごして、本当に僕でいいのかと、さまざまに見極めて貰わなければならない。それに、殊の外大事な女性であっても、元々が全くの他人なのだから、日常の細々としたことにさえ、すり合わせは絶対に必要になってくる。とはいえ、今のところ、これといって気になるところなどは見当たらないのだが。

 そんなことを考えている間に、目的地に辿り着く。年季の入った風情の木製の格子戸に下がった、藍の地に白抜きで『粋』と記されたのれんを、井沢さんが先に立ってくぐると、四人です、と奥に声を掛けてくれた。 

 その様子を見ながら、ふと、頬に刺さるような視線を感じて顔を向ける。と、何故か、どこか得心したようにこちらを見ている弟の表情に、僕は眉を寄せながらも尋ねてみた。

 「どうかしたのか、明史」

 「いや。兄貴、やっぱ、なんか雰囲気変わったな」

 ごくさらりと投げられてきた意外な台詞に、とっさに返す言葉も思いつかないでいると、井沢さんの横に立っていた戸川さんが、何やら瞳を輝かせて振り向いてきた。

 「あー、やっぱりー?森谷くんなんか各方面からむっつり疑惑掛かってたらしいけど、前はそんな感じ?」

 「間違いなく川名さんですよね、その情報源」

 ふいに向けられた問いに答えるべきか、と一瞬迷った様子を見せた弟を制するように、僕はすかさずそう切り返した。というのも、先日、色々な画像データを引き渡された時に、実にストレートに斬り込まれて、さすがに苦い思いを隠せなかったのだ。

 だが、戸川さんはいやいや、と首を振ると、わざとらしく視線を横に向けて、

 「誰とは言わないけどー、割と身近な某先輩とか某係長とか?なー、井沢」

 「えっ!?ちょ、なんで僕に振るんだよ!あの、森谷くん、違うからね!」

 「……身内の前なんで、そのあたりは不問にしておきますよ」

 意味ありげに肩を叩かれて、目に見えて焦った様子になった井沢さんに、僕はため息をつくと、四人でお待ちのお客様、と掛かった声に応じて、取り急ぎ店へと入っていった。



 幸い席はカウンターなどにばらけることもなく、テーブル席に兄弟、同級生組に別れて、向かい合って座ってしまうと、井沢さんが弟に向けて、当然とも言える問いを発した。

 「確か大学生、だったよね。今日は就活?」

 「そうです。隣のホールで説明会だったんで」

 膝に置いたリクルートバッグを大きく開けて、何やらごそごそと奥の方を探っていた弟は、色鮮やかなパンフレットを一部取り出すと、テーブルの上に置いてみせた。

 自身の時とはやや体裁の異なる、『藤宮市役所 職員採用説明会』というその表題を目にした僕は、思わず弟の顔を見直した。これまでに幾度か相談は受けていたし、目標にしている先も把握していたが、正直な話、同じ職員になる可能性など考えてもみなかったのだ。

 「お前、ここも受けるのか?」

 「今年、採用人数多めだから。それに、兄貴も職場環境悪くない、って言ってただろ」

 秋に県も受けるけどな、とこともなげに返してきた弟の台詞に、おしぼりで手を拭いていた戸川さんが、面白そうにこちらを見やってきた。

 「ってことは、公務員一択かー。兄弟揃って行政職?」

 「いえ、土木です。専攻が都市工学なんで」

 「なるほど、じゃあどのみち配属先は限られてくるよなあ……ていうか、さっきから何探してんの」

 戸川さんが、けげんそうな顔になったのも無理はなかった。弟がバッグのファスナーを限界まで開け切って、中に詰まった資料の束をしきりにかき分けているからなのだが、

 「兄貴にって頼まれたものなんですけど、忘れないうちに……ああ、あった」

 呟くように言いながら取り出して来たのは、イエローの小さなビニールバッグだった。どこかの店のものなのか、赤の店名らしき英字のロゴが端に入っている。

 ん、と短く言いながら差し出されたそれを受け取って、その軽さとサイズに、僕は眉を上げた。取り急ぎ、中身を確かめるべくバッグの口を開けながら、尋ねてみる。

 「わざわざ有難う。けど、こんなに小さくなかった気がするんだけど」

 と、中から出てきたのは、広げた手のひらにすっぽりと収まってしまうほどの、小さなフォトアルバムだった。しかもその色はやけに可愛らしい淡いピンクで、ところどころに白い花が散らばっていて、あからさまに女性向け、と見える。

 加えて、表紙には酷く麗々しい飾り文字で『Hirofumi’s tracks』と記されていて。

 「……これ、母さんの仕業か」

 「みたいだな。なんか、昨日リビングでちまちま作業してたのは知ってたんだけど」

 「なになに、森谷家の母プレゼンツアルバムー?中身どんなの?」

 「こら、急に立ち上がるなって!お茶が零れるだろ!」

 「見ての通り、僕の写真ですよ。別に、隠すような内容じゃないですから、とりあえず座っといてください」

 テーブル越しに身を乗り出してきた戸川さんと、それを止めてくれている井沢さんからさりげなくアルバムを遠ざけながら、僕は素早く全てのページを検分した。

 母のことだから、何か仕込んでいないとも限らない。目的は伝えてあるだけに、余計に。

 ざっと見た限りでは特に見覚えのないものもなく、妙な写真は混ぜられていないようで、小さく安堵の息を漏らしていると、突然すぐ左から声が掛かった。

 「なんだー、マジでただの成長記録かよー。表紙が無駄に可愛いから、絶対里帆ちゃんとのラブラブショットだと思ったのにー」

 「そんなもの、母親に渡す訳がないでしょう。それにこれは、彼女の希望ですから」

 わざわざ席を立ち、通路に立って通行の邪魔になりながらも覗き込んできた戸川さんに、僕はまたか、と思いながらも即座に切り返した。

 ゴールデンウィークや先日の宴会のものなど、二人での写真を整理していると、里帆がおずおずと『これまでの博史さんの写真、見てみたいです』と切り出してきたのだが、

 「お返しに君の写真も見せてくれるなら、って頼んだら、頷いてくれたので、用意して貰ったんです」

 ……まあ、まさかここまで手の込んだオプションがついてくるとは、予想外だったが。

 「うっわマジで羨ましいー!!セーラー服とか袴姿とか成人式とか超見たいしー!!」

 「若干気持ちは分かるけど、人目もちょっとは憚ろうよ……」

 テンションも高い戸川さんの反応に、疲れた様子で井沢さんが突っ込んでいるうちに、ようやく全員分の日替わり定食が運ばれてきた。

 こういった定食でよくある、横に長い蓋付きの弁当箱をそれぞれに開けて、しばらくは黙々と口を動かしていたが、やがて真っ先に食べ終えた戸川さんがおもむろに箸を置くと、

 「で、弟くん、推測通りお兄さん昔からむっつり?あと彼女とかいたー?」

 湯呑み片手に遠慮もなく切り出してきたのに、井沢さんは一瞬咀嚼を止めて、聞かれた弟はといえば、鰆の焼き物を口に運びかけていた手を止め、僕に向き直ってきた。

 「喋ってもいいか、兄貴」

 「……別に、話されて困るような過去なんてないし、お前が思うようにしていいから」

 「分かった。すいません、これだけ食わせてください」

 「あー、全部食い終わってからでいいよー。ついでに食後のコーヒー俺が持つわー話のネタ代にー」

 「あのさ、戸川。たかだか一人頭100円じゃ安すぎると思うけど」

 壁に貼られた紙に書かれた、まるで喫茶店のようだと微妙に評判の『食後のコーヒー・紅茶は100円(税込)』という文言を指差した井沢さんに、なら四人分でー、と戸川さんはへらへらと返しながら、全員の注文を纏めてしまった。

 そういうわけで、綺麗に弁当箱が片されて、三つのコーヒーと一つの紅茶がテーブルに揃ったところで、いきなり弟が問いの答えを前置きもなく口にした。

 「えーと……むっつりか、って言われると分からないです。それと、俺が彼女いるって話を聞いたのはこれが初めてだし、何回か告られても断ってたのは知ってるくらいで」

 ずっといなかったかどうかまでは分からないです、と言い切った弟に、戸川さんが眉をひょい、と上げて、僕と弟を見比べるように視線を動かした。

 「とか言いつつも、かなり詳しいじゃん。なに、女の子が家に来たりしたの?」

 「いや、それはなかったですけど……中高ん時に俺が取り持ちっていうか、そういうの頼まれたことあるんで。でも、とにかく兄貴が断ってくれ、って頑として受け付けなくて」

 「うわー……森谷くん、モテてたんだねー」

 「三回だけです。それに、当時から背だけは高かったですから、そのせいですよ」

 藍に白の、蛸唐草たこからくさのカップを手にしながら、やけに感心したように零した井沢さんに、僕は居心地の悪い思いを抱えながら、短くそう応じた。実際、これは中学の時に言われた台詞だし、本当に他に理由もないようだったので、丁重に断ったのだが。

 だいたい、たかが身体的な一要素だけで好きだのなんだのと言われたところで、面識もない相手と付き合いたい、などとこちらが思うわけがないだろうに。

 思い返して憮然としていると、何かを察したのか、弟はちらりと僕を見やってきたが、相変わらず淡々とした口調で続けた。

 「ずっとそんな感じだったから、俺も両親もいきなりだし、結構驚いたんですけど……見てると、なんとなく柔らかくなったっていうか。父親なんか特に、その人のこと大事にしてそうだな、って」

 「……そんなに変わったか?」

 確かに、彼女と出会ってからというもの、自分の中でも色々と変化が起きた、とは思う。

 好きなのだと自覚してから、不思議な甘やかさを覆うような戸惑いと不安と、そして、醜いほどの嫉妬や、思いも寄らなかった激しい渇望を覚えた日々も、ようやく過ぎて。

 やっと腕の中にしてからも、穏やかに大切にしていきたい気持ちと、我儘なほどに傍に置いておきたい身勝手さとに、いつも揺れていて。

 そんな感情の振れを、さほど外に出していたつもりはないのだが、普段そうしたことを言わない身内二人にまで、あまりにもはっきりと指摘されて、落ち着かない思いでいると、

 「前に帰って来た時、珍しくぼーっとしてるし、そのくせメールとか電話とか来ると、水貰った花みたいに生き返ってれば、さすがに俺にも父さんにも分かるだろ。それに」

 あっさりと頷いてから、一息にそこまで言った弟は、ひときわ華奢なつくりの、花柄のカップを持ち上げると、名前にふさわしいような色のそれを含んで、口を湿らせて。

 「今もそうだけど、多分、彼女のこと考えてる時、どこってわけじゃないけど緩んでる」


 色恋沙汰の話など、今まで数えるほどしか話したことがないはずなのに。

 この奇妙なまでの鋭さは、いったいどういったものなのか。


 僕の反応になど構わない様子で、顔をカップに戻した弟を、ひたすらに見返すばかりでいると、戸川さんがこらえきれないように小さく吹き出して、

 「あー、なんか分かるわー。俺が里帆ちゃんの話出しただけで、すげえ顔険しくなるしむっとするし照れるし素で惚気るしー、なんやかんやだだ漏れだよなー」

 「去年より、ずっと雰囲気も穏やかになったしね。やっぱり彼女のおかげ、かな?」

 実ににこにこと、意図せずに止めを刺してくるような井沢さんの言葉にさらされても、沸き上がるのは苦いものではなく、ただただ、どこかむずがゆいばかりで。

 「……そうですよ」

 きっと、ここまで何もかもを変えられるのは、彼女以外にいるはずもない。

 動かしようもない事実を前に、短い肯定の言葉を返してしまうと、先輩二人のやや揶揄交じりの視線から逃れるように、僕は隣の弟に倣って、静かに藍のカップに口をつけた。



 それから、説明会の午後の部に参加する、という弟と別れて、常の如く職場へと戻って。

 時期的にも混雑の極み、といった保険年金担当の様子を目の端にしつつ、窓口の対応に入力に、と忙しく立ち働いて、めまぐるしくも時間は過ぎて。

 どうにか終わった、と自席に戻ると、机の上に置いたままにしていた携帯が、白い光を放っているのに気付いて、僕はそれを開いた。おそらく、彼女からだろう。

 途端に液晶にひらめいたのは、思った通りメールの受信を知らせるアイコンだったが、よく見れば、その横の数字が『2』となっている。

 一通はともかく、あとは誰だろう、と思いながらも開いてみると、先に着いていたのは里帆からのものだった。



 From:早瀬里帆

 Title:先程外で

 本文:

 弟さんとお会いしてしまいました!

 丁度、ホールから別棟に移動するところで、

 鉢合わせしちゃって、混乱してしまって。

 博史さん、じゃない、あれ?でも似てる、って

 思わず全部、声に出しちゃって。

 引率の平岩ひらいわ係長に、凄く笑われました……


 少しだけご挨拶させてもらったんですけど、

 「兄貴のこと、宜しくお願いします」って

 言ってくださって、とても嬉しかったです。

 それに、早瀬さん、って、似ているけれど、

 違う声で呼ばれたのが、不思議な感覚で。


 それでは、これからお昼です。

 帰りにお話するまで待てなくて、業務時間内に

 送ってしまって、ごめんなさい。

 それから、残務処理があるかもしれないので、

 また連絡しますね!



 文面にある通り、着信時間は13:15、と表示されている。お互い、返事を返せるはずもない業務時間内にはメールなどしないから、余程興奮していたのだろう。

 つぶらな瞳を大きく見開いて、おろおろと慌てていただろう光景が目に見えるようで、頬を緩めながらも次のメールを開いてみると、意外なことに弟だった。

 これまでに数えるほどしかやりとりをしたことがないのに、と思いながら、ともかくも僕は並ぶ文字列を追っていった。



 From:森谷明史

 Title:早瀬さんに会った。

 本文:


 なんか、いいひとそうだな。

 やっと、兄貴の好みが分かった、って伝えとく。

 飯、美味かった。ありがとう。


 名前くらいは言っといてもいいか?



 家族相手の、主語を飛ばした適当な文面に苦笑しながら、もう少し感想はないのか、と思うものの、あいつにしては、すんなりと好感を持ってくれたらしいことが伺えて。

 それは一向に構わないけれど、父さんと母さんが一緒にいる時にしてくれ、と、母親の暴走を抑えるために、僕は一応の布石を打っておいた。



 そうして、その夜は僕の部屋で、例のアルバムを、瞳を輝かせた彼女と一緒に眺めて。

 驚いたことに、どの写真でも兄弟のどちらかを見紛うことなく指し示すのに、どうして、と尋ねてみると、


 『え、どうしてって、すぐに分かるじゃないですか!』


 などと、何やら酷く嬉しそうに微笑まれてしまって、思わずきつく抱き寄せてしまった。

 ……このまま、彼女の部屋に送り届けなくていい日が、早く来るといいのに。

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