#9:生まれながら天運我に在り

 ハハノシキュウさんという方がいらっしゃいます。人を食ったようなすごい名前ですね。前髪で顔を隠し、ダミ声で悪辣なディスをかますことで知られるバトルMCです。そんなハハノシキュウさん、現在KAI-YOU.netにて『読むだけで口喧嘩が強くなるコラム』というコラムを連載なさっていまして。そのコラムの中で、彼はこのように述べています。

「フリースタイルダンジョンには、今の所2箇所のブレイクポイントがある」

 そのひとつが、「CHICO CARLITOが登場したREC2」。

 確かにその通りです。Youtubeで番組が視聴できた頃、フォロワーの方々はこうおっしゃっていました。「五話まで見ろ、できるなら九話まで見ろ」と。九話といえば、焚巻さんと般若さんがバトルしたあの回。この回まで見れば続きも見るしかなくなる、というほどの名勝負でした。

 そして、そのちょっぴり手前に位置する五話。そこで登場した凄腕チャレンジャーといえば……そう、沖縄県那覇市出身、Kuragaly Production所属、三MCから成るヒップホップクルー、Bang Da Rhythmメンバー。second seasonからモンスターの一員となった、CHICO CARLITOさんです。

 思えばCHICOさんは、登場した瞬間から何かが違いました。プエルトリコ系アメリカ人のクォーターという血筋も関係しているのか、少年のような純粋さ、愛嬌を感じさせる外見。同時に、きっととんでもないことをやらかすだろうと確信させる、不思議なオーラ。特にあの笑顔がいいですね。バトル前の紹介VTRで既にCHICOさんを好きになったという方も多いでしょう。

 そしてバトルが始まった瞬間、私も含む多くの視聴者が悟ったはずです。彼は、今までのチャレンジャーと明らかにレベルが違うと。高音で粘っこさのある独特のフロウ。リズム感も抜群、内容も面白い。アッという間に三人のモンスターが倒され、そして……絶対王者と名高いR-指定さんを初めて勝負の舞台に立たせた。勝ったバトルも負けたバトルも非常に面白く、私のようなヒップホップに疎い視聴者に、フリースタイルラップバトルの面白さをしっかりと刻み込んだラッパーであったのは間違いありません。

 そんなCHICOさんは、フリースタイルダンジョン出演後もバトルの世界で快進撃を続けます。その最も有名な戦績といえば、あのUMB2015で優勝を果たしたことでしょう。これはまさに、彼のラップが日本最高レベルに卓越していたことの証左。R-指定さんといい彼といい、高次元なラッパーというのは、私のような素人すらもハッとさせる魅力があるということかもしれません。

 そして。チャンピオンの名を背負って、CHICOさんはダンジョンに帰って来ました。それも、チャレンジャーでなく、モンスターとして。日本一という肩書きは、まさしく魔物を名乗るに相応しいもの。以来、現在に至るまで活躍し続けています。


 そんなCHICOさん、実はモンスターでT-PABLOWさんに次いで二番目に若い、一九九三年生まれ。その若さで日本の頂点とは驚きですね。しかも、ラップを始めてからチャンピオンの座を得るまで、なんと三年。驚きも二倍です。

 中学高校からラップを始めた、というエピソードはよく聞きます。しかしCHICOさんがラップを始めたのは、高校を卒業してから。それまでも音楽は好きで、高校生の頃はメロコアバンドなんかをやっていた時期もあるそうです。音楽性、結構急激に転換してますね。

 昔はイマイチしっくりこなかったヒップホップに、CHICOさんが興味を持ったのはどうしてでしょう。それは、高校卒業後のCHICOさんがちょっと落ち込みモードだったからだそうです。インタビューによれば、一年くらいは何もせずにブラブラしていたんだとか。そんな時、ヒップホップの楽曲を聴いた。そこにいたのは、リアルな言葉で自己表現をするラッパー。それをいいなと思ったのがはじまりだそうです。

 私がヒップホップをいいなと思った状況も、結構近いモノがあります。なんだかシンパシー。落ち込んでいる時とか、自分に自信が持てない時って、ヒップホップがスッと心に響きやすいのかもしれません。率直な思いを込め、堂々とラップする姿というのは、たとえストリートに立っていなかったとしても勇気づけられるものです。

 そして、地元のMCバトル大会で先輩が優勝したのをキッカケに、「オレにもできそうだ」とCHICOさんはラップを始めることになります。ラップを始めて一か月後には、大会に出場していたとか。な、なんちゅう行動力。見習いたいものです。

 とはいえ、やはり舞台に立つというのは緊張するものです。優勝できるだろ、くらいの気持ちでエントリーしたはずだったのに……一回戦のステージに上がる前にゲロを吐いてしまったそうです。結局、バトルは一回戦負け。その後も地元で何度かバトルに出ますが、いずれも一回戦で敗北。なかなか最初から順調とはいきませんね。

 実は、アメリカのラッパーであるエミネムも、CHICOさんと同じ経験をしているようです。それは、彼の半生を描いた映画『8 Mile』の中で描かれています。この映画は、番組のバトルでもしばしば引き合いに出されていますね。

 ご存知の通り、ヒップホップといえば、白人のパーティーに参加できなかった貧乏な黒人が始めたものです。そういう背景がありますから、白人のくせにラップやるなんてWack野郎だと、黒人側からのプレッシャーがものすごかったわけですね。エミネムだって決して豊かな白人じゃなかったんですよ。でもまあ、そんなことは関係なかったんでしょう。エミネムは、試合前にトイレでゲロ吐いちゃうし、バトルでも何も言えないまま一回戦負けしてしまう。それがまあ色々あって最後には立派になる、と、クソ雑に解説してしまうとそんな感じです。

 CHICOさんの家庭環境は知りませんが、エピソードだけ重ね合わせると結構一致してますよね。初めてのラップバトルはトイレでゲロ吐いて一回戦負け、そこからマイク一本で栄光のステージを駆け上がり、素晴らしいラッパーになった……と。


 こういう所が、CHICOさんの魅力のひとつではないかと思っています。

 いえね、ちょっと聞いていただけますか。どうしてCHICOさんにこんな好感を持ってしまうのか、私考えたんですよ。その結論として出てきたのが、つまりCHICOさんは『主人公力』がものすごい高いんじゃないかというものでして。

 前提として、ラップが非常に上手い。そして、キャラ的にもあまりオラオラしておらず、どこか愛嬌がある。これ自体既に少年漫画の主人公が持ってそうな素養じゃないですか。ヒップホップ界の伝説的人物と同じエピソードを持ってるっていうのも、いかにもそれっぽい。そして何より、彼は『悩めるヒーロー』なのです。

 CHICOさん、あんなに堂々とラップしていらっしゃるのに、決して鉄のメンタルの持ち主ってわけじゃないんですよね。彼、バトルでパンチラインが出てくると、思わず頭が真っ白になってパニックになるそうです。それに、夢中で喋っていると次に何を言いたかったのか忘れてしまうこともあるとか。そういうわけですから、余裕で勝利ということはあんまりなくて、常に全力で相手にぶつかっている。でもテレビの場ではそれを全然悟らせない。意識してかそうでないのか、勝者としての立ち振る舞いを魅せてくれるわけです。

 あれだけ楽しそうにラップしていたフリースタイルダンジョンですら、実はものすごい不安の中で戦っていたそうです。初戦、相手はサ上さん。先攻でCHICOさんが見事なテクニックを披露し、それに対抗した後攻サ上さんがド直球下ネタで返す。すごいシーンでしたが、あの裏でCHICOさん、緊張のあまり呼吸ができなくなるというハプニングが起きていたそうなのです。不安が高まると過呼吸になる方というのはいらっしゃいますが、それがCHICOさんの身にも起きたと。

 確かに考えれば無理もありません。テレビです。全国で放送され、Youtubeでも繰り返し視聴できるんですよ。下手な試合をしてしまえば、今後あらゆる場所で「ヘタクソ」の誹りを受けることになってしまいます。ブザマな所は見せられない。過呼吸のひとつやふたつ起ころうというものです。サ上さんが必死で体勢を立て直している間、CHICOさんもまた全力で己と戦っていたんですね。

 そして、フリースタイルダンジョンで大きな爪跡を残した後。CHICOさんが最初に出たバトルが……UMB、沖縄予選。

 これまでもUMB予選にはエントリーしていたようなのですが、エントリー場所はいずれも本州。沖縄出身の自分が、これでいいのか。そう思い立ったCHICOさんは、沖縄に舞い戻り、沖縄から全国への切符を手に入れることを決意します。

 ところがそこで待っていたのは、思わぬ逆風。一回戦、CHICOさんは相手から言われたそうです。「お前は内地の人間だ」と。普段は関東で活躍しているくせに、沖縄をレペゼンするな、と……またしてもエミネムとどこか被りますね。それでカッとなってしまったCHICOさんは、なんと一回戦で敗北してしまいます。

 ラッパーの方にとって、やはりどこをレペゼンしているかというのは大きな問題のようです。レペゼンって、いわばアイデンティティの問題ですからね。心をどこに置いているか。何を背負って戦っているのか。ラッパーの根幹を成す部分のひとつでしょう。そこをいきなり否定されたら、動揺するのもやむなしというものです。

 しかしCHICOさんは立ち上がります。UMBには、REVENGE、つまり敗者復活戦があるんですね。そこから再び勝ち上がり、駆け上がり……そして、優勝を掴んだ。

 CHICOさんのバトルをフリースタイルダンジョンでしか見たことのない方、いらっしゃったら、是非ともUMBにおける彼の戦いを見てみてほしいと思います。番組ではいつも楽しそうに戦っているように見える彼が、必死で、食らいつくように、相手にぶつかっています。テクニックだけではない、CHICOさんのエモーショナルな部分。これを見た私はもう「主人公だ……」としか言えなくなってしまいました。


 そんな主人公力MAXなCHICOさんですが、今後は音源制作を中心に据えるスタイルで活動していきたいようです。R-指定さんの経歴なんかを見ると感覚が麻痺しちゃうんですけど、日本一ですよ。一回だって取るの難しい成績です。ですから、バトルはほどほどにして、今は音源を作りたいと。

 そう、CHICOさんのソロCD、まだ我々は手に取ることができないんです。やはりラッパーってそもそも音楽家ですし、音源が聴きたいですよね。今最高に勢いに乗って、注目されているところですから、今がチャンスです。

 そういうわけですので、現時点で我々が聴こうと思ってすぐ聴ける音源は少々限られてしまいます。

 その代表的なもののひとつに、彼の入場曲としても知られる『C.H.I.C.O.』が挙げられるでしょう。二〇一四年、『戦極MC感謝祭ミュージックビデオ杯』優勝賞品として、MVと共に公開された楽曲です。

 レペゼン沖縄ということで、MVはやはり沖縄感を前面に押し出しています。サンプリングされている黒人音楽っぽい女性のコーラスも、別に関係ないはずなのにどこか琉球音楽を思い出させますね。思い出しませんか、私だけですかね。とにかく、ヒップホップっぽさと南国感が一体となり、そこに誰が聴いてもCHICOさんだと分かる独特のフロウが合わさっている。非常に聴いていて心地良く、面白い楽曲です。

 番組を最新話まで追いかけている方なら、『フリースタイル・ダンジョン 2016』もご存知でしょう。番組を賑わせた凄腕チャレンジャー、焚巻さん、掌幻さん、そしてCHICOさんの三人が、なんと同じ曲でラップしているという。番組から入ったファンから見ても、ひと目で豪華だと分かりますね。サンプリング元はZeebraさんの所属するグループ、キングギドラ(現KGDR)が一九九五年にリリースした楽曲『フリースタイル・ダンジョン』。般若さんの待機する『般若ルーム』で流れていることでもお馴染みの、番組タイトルの元ネタとなった楽曲ですね。

 勿論、この楽曲に参加している方にイケてない人は存在しないのですが。CHICOさんのフロウは三人を全然知らない人が聴いても「お?」となるような存在感があります。そのリリックも、フリースタイルダンジョンという番組の恐ろしさいついて、RPG的世界観に則り語っているようです。

 周りにいるのは、水に湧くボウフラのように大勢の観客。最深部に待つモンスターの首には、百万円ワンハネハネの賞金がかかっている。チャンスは一度で、一歩でも退けばもう戻って来られない。モンスターはその誰もが、バグやハメ技を使ったかのように理不尽な強さを持っている。ビビっている場合ではない、己を燃やし尽くせ。恐怖を乗り越えて勝ち進んだ彼らしいリリックです。

 Youtubeで音源を漁った方は、KEN THE 390さんの楽曲『真っ向勝負』を聴いたことがあるかもしれません。KEN THE 390さんの音源はいい意味であまりヒップホップヒップホップしてないものが多い、とっつきやすい印象があります。この曲もバンドサウンド的なトラックがカッコイイですね。

 この楽曲は、CHICOさん以外にも、番組にチャレンジャーとして出演したMC☆ニガリ a.k.a. 赤い稲妻さん、KOPERUさん、当時審査員だった晋平太さん、と、フリースタイルダンジョン関係者を沢山フィーチャリングしているのが特徴的です。フロウが特徴的なメンバーだらけなのですが、やはりCHICOさんも例外なく存在感を放っています。

 リリックでは、自身の成り上がりの歴史を描いています。トイレでゲロ吐いて、幾度も悔しい思いをしていたあの頃。でも、それでも今はいけると思っている。宮本武蔵のように幾多の屍を踏み越え、美空ひばりが歌うように流暢なフロウを操り、剛柔流の開祖である沖縄出身の空手家・宮城長順のような力強さを持つ。そしてその誰よりもオリジナルな男、それがCHICO CARLITOだ、と。

 CHICOさんの所属するBang Da Rhythm名義の作品も忘れてはなりません。トラックメーカーPamさんのミニアルバム『In the Illgirls vol.1』に収録されている楽曲『All'bout』。Bang Da Rhythmの皆さんがフィーチャリングされています。Youtubeで公開されているのですぐに聴けます。

 メンバーのTENGGさん、ARISTOさんと共にラップしているこの楽曲ですが。三人の持っている声質、特に声の高さが違うので、それぞれが楽曲の中で明確に役割を持っているんですね。三人組の誰かが誰かと潰し合うことなく、綺麗にその個性を出し合っています。フリースタイルダンジョンの特別企画『モンスターズウォー』において、CHICOさんはチームを組む際、それぞれが持つ声の役割にとても気を遣っていました。それは間違いなくこのBang Da Rhythmの活動が下敷きにあるのでしょう。もっと曲が聴きたいですね。

 ソロ曲に戻って見てみますと、Zeebraさんのレーベル、GRAND MASTERからも一曲出していますね。平成生まれの精鋭ラッパーを集めたCD『SUPER NOVA』収録、『GROUND ZERO』。ギターサウンドがオシャレな楽曲です。そのリリックも既に王者としての貫禄に溢れています。

 東京は厳しい所だし、正直者が馬鹿を見るようなことも多い。そこに立つ俺はカネもコネも無い、情けない存在かもしれない。それでも俺は神に愛され手招きされるのは待たない、自分からそこに行く。俺は単なるバトルMCのひとりで終わるつもりはない、だって、桁が違うことにやっと気付けたから。『真っ向勝負』といい、ラッパーは基本的にこうやって自己賛美セルフボーストをするものですが、CHICOさんのそれは言葉選びにとても知性が感じられますね。

 KAIRIさんとのコラボ曲『Blaze』も見逃せないところです。KAIRIさんは、ヒューマンビートボックスで日本の頂点を取った男。そんな彼が、フリースタイルで頂点を取ったCHICOさんとコラボするってんですから、言うなれば日本一のコラボ。ラップ以外の音は全部KAIRIさんの声によるもので、人間の喉はここまで表現できるのかと驚くばかりです。

 そこで彼らが表現したのは、争いの絶えない世界について。同じ空の下で、偉い人が何かを決めて、血が流れて。海の向こうから伝わったそれらは、別のニュースに埋もれてすぐに忘れられてしまう。そうして消えていった人にも、すれ違うだけの人にも、いずれは消える命の炎が、同じ赤い血がある。フリースタイルダンジョンだけ見ているとあまり想像できない、社会派なメッセージですね。


 CHICOさんは音源を作るにあたり、この『Blaze』のように、フリースタイルラップでは言わないようなことも表現していきたいと考えているようです。

 フリースタイルラップバトルというのは、なんだかんだ言ってもヒップホップを構成する要素のうちほんの一部ですからね。そこから窺い知ることのできるCHICOさんは、やはり彼全体のうちほんの一部に過ぎないということなのかもしれません。自己表現の究極の形のひとつがヒップホップだとするならば。いずれ我々が聴けるであろうCHICOさんのアルバムには、彼がこれまで見せなかった様々な側面が描かれていることでしょう。

 スキルと愛嬌に溢れた悩めるヒーロー、CHICOさん。今後もヒップホップ界の中心で、主役として活躍する人材だと思われます。音源で、ダンジョンで、これからどんな世界を我々に見せてくれるのか。今から楽しみで仕方がありませんね。皆さんも是非CHICOさんのツイッターアカウントをフォローして、続報を待ちましょう……日常動画をちょいちょいアップロードしてくださるので、ファン必見ですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る