#7:俺らに任せりゃマチガイナシ

 かつて、横浜ドリームランドという遊園地がありました。

 一九六四年、総工費約二百億円をかけて建造された夢の国。本場のディズニーランドを見て感激した経営者が、日本にもこのような場所が欲しいと作ったものだそうです。広い敷地に様々なアトラクション、更にボウリング場やらショッピングモールやら映画館やらホテルやら、楽しいものいっぱい。日本を観光立国にする。経営者の夢を背負い、ドリームランドは生まれました。

 ところが、厄介な問題がありました。アクセスが悪かったのです。いくら楽しい所でも、まず辿り着くのが大変なら行こうと思いませんよね。それを解決するために作られたのが、なんとこのために整備されたモノレール……なのですが、欠陥が発見され、一年ちょいで廃線に。代わりにシャトルバスを走らせる措置を取るも、今度は渋滞問題が発生。狭い車内で渋滞に耐えることほど辛いことはありませんよね……。

 このアクセスの悪さが大きな原因となり、ドリームランドの経営は悪化していきます。一九七〇年には、全敷地の四分の一を売りに出さねばならなくなりました。

 これだけでは終わりません。一九八三年、本物のディズニーランドが日本に開園。これが原因でしょうか、アクセス悪いなりにいた入場者が、この時期に下降の一途を辿ります。それに加えて、経営者の死。遺族と現経営陣による壮絶な争い……。

 色々あった末、そんなドリームランドの経営権を握ったのが、ダイエーです。プロ野球チームを買収するなど、当時のダイエーは事業を拡大しまくってそりゃあもうイケイケだったのです。これならかつての勢いを取り戻せるかも……と思った矢先。バブルが崩壊しました。

 周りにはどんどん新しい娯楽施設ができる。改修費用もない。ダイエーも赤字続きで、広げ過ぎた事業を畳むより他なくなってしまいました。そのリストラ対象には、当然ドリームランドも含まれています。

 閉園時、ドリームランドの敷地面積は、開園当時の十分の一ほどしかなかったそうです。


 そんな夢が終わっていくのを、すぐ側で見ていた男たちがいました。それが……お待たせしました。『HIP HOPミーツallグッド何か』を座右の銘に掲げ、様々な形で己のヒップホップを魅せ続ける男達。MC・サイプレス上野とDJ・ロベルト吉野……略してサ上さんとロ吉さんです。

 ドリームランドの土地が四分の一ほど売却された時、そこにドリームハイツという団地ができました。商業施設も学校もみんな同じ場所を利用する、ひとつの集落めいたコミュニティ。サ上さんとロ吉さんは、そんな夢の跡で育ってきた男達です。

 サ上さんが生まれたのは一九八〇年。すぐ側に遊園地があるというのは、子どもにとって夢のような環境だったでしょう。夏になればフリーパスを買い、ドリームランド内のプールにみんなで入り浸るような小学生時代だったそうです。最初はそれなりに賑やかだったドリームランドでしたが、年を経るごとに寂れていきます。中学になる頃には、不良のたまり場と化したドリームランドの駐車場の隅っこで、スケボーに乗ったりしながら遊んでいたそうです。

 そんなサ上さんがヒップホップと出会ったのは、小学六年生の頃。たまたま聴いたヒップホップ楽曲にカッコよさを感じた所から、興味を持ったようです。

 ヒップホップが元々貧しい黒人の若者のパーティーから始まったというのは、以前書いた通りです。何もない所から成り上がれる。サ上さんはそこにビビッと来たみたいですね。横浜のハズレで、夢の国がゆっくりしぼんでいくのを見ていた。そこに夢膨らむ話を持ち込まれた彼さんは、中三くらいからラップをやりだし、高校生で本格化します。一個下のロ吉さんとは、はじめ別々で活動していました。当時からその腕は評価されていたようですし、Zeebraさんの前でラップの腕を披露したこともあったようです。

 しかし当時組んでいたグループは、自然消滅したような形になります。まあ十代ですからそういうモンでしょう。仕方ないのでロ吉さんにDJしてもらったりしているうちに、そのムチャクチャなライブが話題になり……二〇〇〇年。流れで『サイプレス上野とロベルト吉野』を結成。現在の名はこの頃に名乗りだしたようです。最初はライブ中心の活動でしたが……ライブに関するエピソード、掘れば掘るほどハチャメチャなの出てくるんで、是非調べてみてください。ライブ以外もとんでもねぇエピソード満載です……とにかく二〇〇四年、いい加減音源作るか的な感じで『ヨコハマジョーカーEP』を発表。以来、現在に至るまで、精力的に活動しています。な、なんかすげーテキトーですね経歴。

 とはいえ、その中でテクを磨き、成り上がってきたのは間違いありません。ガールズグループ『東京女子流』の中江友梨さんと組んだユニット『サ上と中江』で知られるように、他アーティストとも積極的に交わり。かといってヒップホップを薄めるような芸はせず。時代の空気を敏感に察知し、それに対しておふざけ交えて乗っかったりしつつ。今ではヒップホップで飯を食い、マイメンもいっぱい、全国の女に手を出し、奥さんもいる(ならば全国の女には手を出さない方がいいのでは……?)。かなり分かりやすいヒップホップドリームを手にしていると言えましょう。


 サ上さんの魅力をまずひとつ推すならば、親しみやすさがあります。

 スケボーに乗ったりちょっとした悪さしたりはしていたものの、サ上さんはガチガチの不良ではなかったようです。むしろ「ヤンキーはダサいな、俺達はもっとイケてる」くらいに思っていたとか。大学まで卒業していますし、経歴自体は結構一般的。不良っぽいラッパーの方って、やっぱり見た目がちょっと怖かったりしますけど、そこまででもない。ツイッターでもファンの方の応援リプからアンチのクソリプまで幅広く返してくれます。

 精神面が若いままなのも好感の持てるポイントです。生まれ育ったドリームハイツに今でも住居兼たまり場、通称『ヤサ』を借りており、友人と集まっては酒を飲む。近所の子供達にも『ラップの兄ちゃん』と呼ばれ、大の仲良し。フリースタイルダンジョンでもテンション高めで、まるで愉快な大学の先輩か何かを見ているよう。

 他にも、「ぶっかます」「よっしゃっしゃっす」等の印象的な言葉達ですとか、しばしば見せる『上サイン』『サ上ポーズ』ですとか。思わず真似したくなるそれらには、一種のアイドル性すら感じられます。『Resort Lover』というファッションブランドをプロデュースしているだけあって、衣装も毎回キメてきてくれます。ホントにアイドルみたいですね。

 そんなサ上さんは、越中詩郎さんをリスペクトしているそうです。越中詩郎さんというと、「やってやるって」の名台詞で知られる『ド演歌ファイター』の二つ名を持つプロレスラー。その越中イズムを継承したサ上さんのバトルスタイルは、確かにプロレスの試合を彷彿とさせます。

 ラップバトルもプロレスも、お客さんを盛り上げるというのが大切です。お客さんは単純な暴力ではなく、興奮するような試合が見たいんですね。ですからラッパーの方は、常に華麗なテクを披露します。独特のフロウ、怒涛の高速ラップ、ガッチリした韻……色々ありますね。

 そんな中、サ上さんの武器はユーモアです。それは、登場した時から始まっています。飛んだり跳ねたり毒霧吹いたり、意表を突いて登場。実際にバトルに入っても、思わず笑ってしまうような表現をどんどん取り入れ、場を自分色に染めていきます。この作戦がいっぺんハマってしまうと、相手が後から何を言おうと効果ゼロ。真っ直ぐぶつかってくる言葉の刃をさばきながら、ゲス発言をしてみたり、茶化してみたり。いくら相手がスキルフルだろうと、現場がサ上さんの色に染まっていては手も足も出ません。勝つのは場を掌握した者なのです。

 この戦い方を、カッコ悪いと見る方もいらっしゃるかもしれません。もっと正々堂々相手とぶつかれよ、ラッパーなんだからテクニックを見せろよ、ってな感じで。しかしながら私の感想ですと、そここそがカッコイイんですね。

 プロレスラーの越中さんは、かつて高田延彦さんとライバル関係にありました。高田さんの方はご存知の方も多いんじゃないでしょうか。高田さんは『青春のエスペランサ』と呼ばれた、洗練された技の数々で戦うスマートなファイター。対して越中さんは、彼よりいささか不器用ではありました。しかし、何度倒れても立ち上がり、泥臭く戦っていく。そのようなファイトスタイルが魅力だといいます。

 サ上さんを見ると、越中さんの魂を継承していることがよく分かります。若きチャレンジャーは、洗練されたスマートな技で攻めてきます。それに同じスマートさで対抗するのではなく、一見すると俗っぽい、シリアス過ぎない雰囲気を活かしたやり方でさばいていく。そういうファイトスタイルが面白いんです。

 それに、サ上さんはただふざけてるんじゃありません。実は相手の話をものすごくちゃんと聴いているんですね。ユーモアがあるということは、人の気持ちがきちんと分かるということ。されたいこと、されたくないことが分かるということ。だからこそ、相手の言葉を細部まで受け止めた上で、冗談も交えつつアンサーするのです。

 フリースタイルダンジョンの第十九回放送で行われたバトル、GOMESSさん対サ上さん。このバトルが、私は非常に好きです。

 GOMESSさんは、十歳の時に自閉症と診断されています。それがキッカケで引きこもっていた時期もあったようです。そういう経緯もあってか、必要以上に傷付け合うことを好まないGOMESSさん。彼は、バトルの場においても語り掛けるように言葉を紡いでいきます。言葉で相手を攻撃する一般的ラッパーとは明らかに異質。

 このような相手とサ上さんがどう戦うかというと……同じ目線に立って、相手の話を聴き、そしてアンサーを返すんですね。戦いというより対話。ディスり合いともまた違う、ひとつの美しい世界。攻撃に特化したラッパーが相手であったら、あの名勝負は生まれなかったかもしれません。

 これもまたプロレスに似ていますね。プロレスの選手は、相手選手の技をしっかり受け止め、味わった上で、自分の攻撃を返していきます。相手から飛んでくるのが対話だろうとリスペクトだろうとディスだろうと、受け止める。相手の言葉に的確なアンサーをするのは、バトルの基本といえば基本でしょう。ですが、きちんと受け、お客さんが盛り上がるよう返す。そこに大きくこだわり、プロレスのように観客を楽しませる。その職人っぷりが素晴らしいと思います。


 ヒップホップは悪そうなことを歌ってるから怖いなとか、重苦しい楽曲は苦手だなという方、きっといらっしゃるでしょう。そんな方に、私はこのユニット『サイプレス上野とロベルト吉野』から入るというひとつの選択肢を勧めることができるんじゃないかと思います。

 彼らの楽曲には、いい意味での軽さがあります。音が柔らかくて、尖り過ぎていない。その上に乗るサ上さんの声も、優しく楽しく、こちらに語り掛けるような、安心できる響き。ラップしている内容にも、ラップバトルで彼が見せるようなユーモアが溢れています。真剣な内容が歌われている楽曲であっても、シリアスになり過ぎず。おふざけっぽい曲はやっぱり面白く。そして、ロ吉さんのキレのあるスクラッチが盛り上げる盛り上げる。全てが一体となり生まれるこの感覚が、きっとグルーヴ感というヤツでしょう。肩肘張らず、手を挙げてノることができます。

 十周年記念で出たベストアルバム二枚から入る、という手はひとつあります。インタビューも一緒に入っていて、彼らの軌跡を辿るには丁度良いです。

 しかしここであえて、二〇一五年は四月一日に出た最新アルバム『コンドル』から入るというのはどうでしょうか。実は私もそのタイプです。二枚より一枚の方が入りやすいですし、ベスト盤はジャケが若干怖い? ですし。これを聴くことで、彼らに関する理解がきっと進むと思います。彼らがどんな曲をやるのか。サ上さんがラップするのはどんな内容なのか。三十代も半ばの彼が、どんなことを考えているのか。

 実は二〇一四年、ロ吉さんは体調を崩し活動休止しています。その復帰から初のアルバムである本作は、いきなりその事実を茶化すところから始まります。ロ吉さんもただ体調を崩したってわけじゃなくて、色々大変だったようです。十年以上も活動してると人生について悩んじゃうのか、精神的に参ってきて、酒を飲み過ぎて……でもそれを無駄に引きずらない。軽く笑いにしていきます。こういうところからも人柄が分かりますね。

 続く二曲目『ドリームアンセム』では、自身のキャリアを支えてくれた地元であるドリームハイツに対する感謝を述べ。三曲目『Be A Man』では、守るべき大切な相手に真っ直ぐ向き合おうという心情をラップし……と思ったら四曲目『おぎゃあ』で「愛だの夢だのそんな真面目な話ばっかりするなよ」と自分からひっくり返す。この「えぇー自分で言うのそんなこと!?」って感じを出すために曲の並べ方も工夫してあるんですね。

 アルバムのあちこちに散りばめられた、パロディ的サンプリングも見逃せません。ヒップホップに詳しくなくても分かるような、そして出てきた瞬間フフッてなるようなネタがあちこちに。基本的にノリのいい曲だらけですし、八曲目『沖縄』みたいに「ホントに沖縄行って海でスマホ壊しただけやないかい!」みたいな面白楽曲もあったりします。

 勿論、真面目な面だってあります。五曲目『LOVE』なんかもそうです。

 サ上さんはかつて、あるラッパーと喧嘩ビーフしてます。彼はサ上さんに「殺す」と言われたという理由でdis曲『サ上死ね』を書いてネットにアップしました。これに普通にムカついたサ上さんは、アンサー曲『サ上、死んだってよ。』を一時間半で書き、アップロードしたということです。その対応の素早さに世間は驚愕しました。

 しかし、実はこれは裏に黒幕がいました。周りの悪い人がそそのかして、dis曲を書かせていたというんですね。喧嘩ビーフすればプロレスめいて周りが盛り上がるからと。

 これは、プロレス好きのサ上さんにとって腹の立つ出来事だったようです。プロレスはお互いにプロレスだと分かってやるモンです。大体プロレスってのは互いの技を受け合わなきゃならないですから、やれば共に傷付きます。それを何の打ち合わせも無く、戦わせときゃ盛り上がるだろうと。そういうのには付き合いたくないよ、という思いが、『LOVE』ではラップされています。

 確かにサ上さんはお調子者で、人を楽しませます。が、単にふざけたり、適当に喧嘩させとけば周りが盛り上がるというわけじゃないぞと。そういう矜持をきちんと持った職人なわけです。

 そして私がお勧めしたいのは、十一曲目『RUN AND GUN』。サ上さんと同じ横浜で活動する若手ラッパー、LEON a.k.a. 獅子さん、そしてDOLLARBILLさんをフィーチャリングした楽曲です。

 三十代も後半に突入したサ上さん。先輩も多いけど、世話する後輩も増えてきた。見向きもされない無名の頃から走り続けてここまで来たし、これからも走り続けていく。その中で上から得たものを、下の世代にも伝えていきたい。そんな思いに応えるように、LEONさんとDOLLARBILLさんが己の気持ちを全力でぶつけています。上から大切なものを受け取りつつ、長いヒップホップ道を走り始めたし、これからも行く。ハマの先輩と後輩、そこに受け継がれる確かなアツさ。走り続ける後輩と、それを見て自分も負けらんないなという先輩。そういったものがギュッと詰め込まれ、表現されています。

 ……で、この曲で良い感じに締まったなと思ったら、実は発売日のエイプリルフールに合わせてネタまで仕込んでいると。真面目なままじゃ終わりませんね……。


 Zeebraさんは、サ上さんをモンスターとして抜擢する際、いわゆるジョーカーにあたる人物が欲しいと思って声をかけたそうです。そうやって指名されたヨコハマジョーカーは、お調子者で面白く、酒と女が好きで、でも本当はすごい実力の持ち主だし、真面目な時は真面目。でも恥ずかしいのか、真面目なことやったらまたふざけてバランスを戻しちゃう。こういうキャラは結構少年漫画的で、キュンと来ますね。いやまあ、女大好きなサ上さんが男にキュンと来られても嬉しくないでしょうけど。

 そんなサ上さんは、楽曲中である夢を語っています。それは、史上最年少で横浜市長に就任すること。これは入場曲『PRINCE OF YOKOHAMA』の歌詞の中でも語っていますし、その続編的楽曲『PRINCE OF YOKOHAMA 2016』の中でもそれを諦めていない旨を述べています。そうなればもう名実共に『プリンスオブヨコハマ』から『キングオブヨコハマ』に格上げです。女性関係のスキャンダルがかなり不安ですが……。

 とにかく、アーティストとしても円熟し、様々な方面でマルチに活動していくサ上さん、そしてロ吉さんの今後に注目です。クソリプが届いても、なぜか公共の電波で浅野忠信さんから馬鹿にされても、越中詩郎イズムで「やってやるって!」とフリースタイルダンジョンの舞台に立ち、ぶっかましていただきたいと思います。

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