#6:勝利の女神が婚約者
むかしむかし。といっても、一九七〇年代のアメリカの話です。貧困やドラッグ、ギャング等が蔓延する町に、黒人の若者達が住んでいました。当時はディスコが流行っていたのですが、彼らはそういう場所で遊ぶお金を持っていませんでした。ですので、公園等に集合して音楽を流し、自分達だけのパーティーをした。ブロックパーティーと呼ばれるそれが、ヒップホップの原点なのだそうです。
やがてこのヒップホップ音楽は、段々と世間に認知され、流行していきます。そんな中、八〇年代頃にギャングスタ・ラップというのが出てくる。リアルなギャング集団の一員からラッパーが出てきて、反社会的な内容も含まれる自分達のリアルを歌ったんですね。
日本にヒップホップが伝わったのもまた、八〇年代です。ヒップホップ文化を紹介するような映画が流行したり。フリースタイルダンジョン審査員も務めるいとうせいこうさんが、アメリカのヒップホップに影響を受け、史上初となる日本語ラップアルバムを出したり。そういったところから徐々に日本のヒップホップは発展し、九〇年代に花開きました。
その発展に大いに貢献した人物のひとりが、フリースタイルダンジョンでオーガナイザーを務めるZeebraさん。彼が生み出した、恐らく日本一有名であろうパンチラインが、あの『俺は東京生まれヒップホップ育ち 悪そうな奴は大体友達』です。
別にZeebraさんだけが特別そういうことを歌ったわけではないですし、みんながみんなそうってわけじゃないでしょうが。貧困街とか、悪そうな奴とか。そういった要素は、やはりヒップホップと関連の深い部分もあるようです。
そんなZeebraさんに強い影響を受けた、若き才能がひとつ。名はT-PABLOW。双子ユニット『2WIN』の片割れにして、地元の仲間と結成したヒップホップユニット『BAD HOP』の中心メンバー。彼もまた『悪そうな奴』、そして貧困街の世界から成り上がった男です。
オシャレな服をバッチリ着こなし、キャップを被って、靴の先までイケている。キッと整えられた眉、テレビではちょっと放送できないのか隠してますが、腕にはタトゥー。いかにも不良っぽい。私が街ですれ違ったらまず視線を逸らすタイプです。そして同時にイケメンでもあります。ワルそうな中にも、目とかにどこか幼さがあるタイプ。これは女の子にモテそうですね。DOTAMAさんがその容姿を褒めるのも納得でしょう。どう褒めたか、ご存知ない方は是非本編を見て確認してみてください。
T-PABLOWさんは、般若さんを除くモンスター四天王(今は六人ですが)最年少です。今年……つまり二〇一六年一月に成人式を迎えたばかり。四天王一の若手っていうポジション、アニメファン的に見てもなかなか美味しいですね。
彼の最も知られる戦績といえば、『高校生ラップ選手権』での優勝でしょう。高校生ラップ選手権とは、BSスカパーのバラエティ番組『BAZOOKA!!!』で二〇一二年から始まった企画。高校生、もしくは高校には行ってないけど高校生に相当する年齢の若者が集い、フリースタイルラップでバトルをするというものです。GOMESSさん、LEON a.k.a.獅子さん、MC☆ニガリa.k.a.赤い稲妻さん、言×THE ANSWERさん、SALVADORさん……フリースタイルダンジョンの若きチャレンジャーは、結構ここから出てきているんですね。
それで、T-PABLOWさんの戦績はといえば、第一回大会と第四回大会優勝。二度も優勝してるんです。二度優勝は他にニガリさんくらいしかしていないようで、そう考えるとやはり偉大な記録です。しかも第一回大会の時はバトルを始めて三、四か月くらいだったというのですから驚きです。
その才能に惚れこんだのが、審査員を務めていたZeebraさん。「初めてプロデュースしたいヤツが見つかった。それはお前なんだよ」とアツく口説かれ、二〇一四年にZeebraさんのレーベル『Grand Master』と契約。今に至るというわけです。
イケメン、オシャレ、ワルっぽい、ラッパーとして結果も出してる。若くしてヒップホップドリームの最先端に立つT-PABLOWさん。そんな彼のバトルを観戦する面白さは、悪く言えば未完成さ。良く言えば、圧倒的な伸びしろにありましょう。回を重ねるごとに、彼はどんどんラッパーとしてその技術を爆発させていくのです。
Rec1から、確かに彼のラップはカッコ良いものでした。俺は才能に溢れている、若き成功者だ、お前みたいな奴とは違うぜ。そんな主張を、彼はクールなフロウで相手にぶつけていきます。「分かんだろ、俺ならば即興でやってくだけだな」といった独特の口癖は、ネットの一部で『パブロウ構文』等と呼ばれてプチブームを起こしています。
そこに変化が起こるのは、般若さんと焚巻さんがバトルを繰り広げた後、Rec3から。般若さんのアツいバトルに触発されたのか、T-PABLOWさんのラップは、これまでのそれから少しばかり変化します。
まず、単に「俺はすごい」と言うのではなく、その激動の人生を踏まえて「こんなことを乗り越えて俺はここまでやってきた」という魂の主張が増えていきます。同時にただクールなだけではなく、そのフロウに若干のアツさも加わってきた。そして何より、「アンタはすごいかもしれないが、俺はそれに勝つ」「俺がここに立てるのは先人たちのお陰」と、相手に対するリスペクトを明確に示す場合が多くなってきたのです。
精神面の成長だけではなく、同時にスキルもどんどん身に着けていきます。癖のあるビートをクールに乗りこなし、先人が苦労して身に着けるようなスキルを当たり前にこなす。そしてパンチラインがどんどんカッコよくなっていく。
チャレンジャーPONYさんとの戦いでのこのパンチライン、印象に残っている方も多いんじゃないでしょうか。己が成人式迎えて初の収録。T-PABLOWさんはこう言います。
「今日ならば新成人してくだけだな 俺のが新鮮味あるだろ? 速攻してく韻提示 お前ラップつまんねえビンテージ」
パブロウ構文を踏まえつつ(?)、ビートにバッチリ乗ってビシビシと韻を踏み、自分のスキルやカッコよさ前面に押し出したうえで、チャレンジャーはもう時代遅れだとディスっていく。第一回放送からわずか数か月で、私のような素人にも分かるくらい尋常ならざる成長を遂げているのが分かります。あまりにこのパンチラインがカッコ良かったため、その後開催された高校生ラップ選手権予選では「ビンテージ」をサンプリングしてる奴が何人もいた、なんて話もあるそうです。
そんなクールな彼ですが、可愛い面も結構あります。まず、何だかんだ言っても四天王最年少というところです。やはり周りのモンスターの方々から可愛がられているのが雰囲気から伝わってきますね。T-PABLOWさん本人も、年上には頭上がらないらしい態度がチョイチョイ垣間見えたりします。
それに、こんなにイケてるのに、意外と恋愛強者ではないようなのです。一時期はモデルさんと交際していたなんて話もあるみたいですが、怖がられているのか、今年のバレンタインデーはチョコを一個しか貰えなかったとか。ワルっぽいのに、プライベートでは意外とイメージが違う。ギャップ萌えってやつですね。
彼のギャップを楽しみたければ、やはりモンスタールームを見るべきでしょう。年上モンスター達の悪ふざけに付き合っている時の、どこか恥ずかしそうな感じ。モンスター陣が強烈なスキルを見せつけた時ワイプ画面に映る、一ヒップホップヘッズとしての嬉しそうな顔。女の子も、彼のこういうトコ見れば絶対落ちちゃうと思うんですけどね。
また、パブロウ構文以外にも色々な癖があるところも見逃せません。たとえば、バトルの最中にちょいちょい下を向いちゃうところとか。肩の辺りをマッサージする動作もネタにされてましたね。あの『T-PABLOWポイント』をほぐすと発声がしやすくなるらしいので、今度試してみたいと思います……というように、彼の動作ひとつひとつを楽しむのもまた面白いでしょう。
さて、そんなT-PABLOWさんですが、2WINで出している音源『BORN TO WIN』を聴くと、ふたりに関する理解がだいぶ進みます。
彼の出身は、神奈川県北東部にある川崎市。工場がいっぱいあり、空気が悪いという印象を持たれているようです。他にも、川崎市中一男子生徒殺害事件なんてのがあったように、少年犯罪のイメージがあったり。貧困にあえぐホームレスの方が多くいたり、風俗街が多かったり。全部が全部ヤバい地域ってわけではないようですが、悪いイメージを持たれがちな地域であるのは否定できないみたいですね。
そんな川崎市は池上町をレぺゼンし、圧倒的スキルでヘイター共を蹴散らし、あのZeebraさんからも認められていて、日々仲間と楽しくやりつつ前へ進んでいる。特にアルバム前半は、そんな感じの楽曲が続きます。一曲目の『FIRE BURN』や、T-PABLOWさんの入場曲としても知られる二曲目『IN MY BLOOD』なんかは分かりやすくカッコイイですね。ヒップホップを知らない人にもお勧めしやすいでしょう。五曲目の『CLUB IS ON FIRE』、六曲目の『THE DEVIL WEARS PRADA』なんかは、お酒飲みながら聴くとかなりアガって良い感じです。
しかし聴けば聴くほど、彼らはただカッコつけたくてヒップホップやってるわけじゃないってことが分かります。
四曲目『SCHOOL OF HARD KNOCKS』等で語られているように、彼らは何も才能一本でイケイケやってるわけじゃないということです。上達し続けているのは元々才能があるからという見方もできるかもしれませんが、それだけじゃない。三か月で優勝したというのも、三か月の間本当にラップばかりしてきたから。努力の、勉強の賜物だというわけですね。成功が約束されているのも、勝利の女神と婚約したのも、ただイケメンだからじゃないんです。
それと同じように、服装がクールなのだって、お母さんから買ってもらったワケじゃありません。三曲目『HATE ME』で語られているように、彼らが頑張ってヒップホップで稼いだから、高い洋服でオシャレ番長することができるのです。
また、ガキの頃から喧嘩好きとはいっても、誰とでも喧嘩したいわけではないということも主張しています。誰々はダサいとか、アイツはどうだとか、そういう価値観押し付けて憎み合うような真似はしないで、もっと自分をしっかり見つめて大切にしよう。そんなことが、爽やかなトラックが印象的な七曲目『DO IT LIKE ME』で歌われています。あくまで価値観は人それぞれであって、それを無理矢理お前ダサいぜとぶん殴りたいわけではない。ただ、同じステージの上で戦おうというならば容赦しないと。喧嘩にも矜持があるんですね。こういう喧嘩師ならではのこだわりというのは、やはりグッとくるポイントです。
そして、八曲目『LOVE OR DIE』以降の落ち着いた雰囲気の楽曲群では、彼らの壮絶な人生が語られています。
借金を多く抱えた家庭で育ち、お父さんはギャンブラーの無職酒飲みだったので家を追い出されている。お母さんは薬や自傷行為に走ったり、我が子を虐待したりするほどに心を病んでいた。着ていた服といえばおさがりのボロ。買ってほしいもの、普通の家庭では与えられているものすらも、与えられてはいなかった。洒落た服を自由に買えるお金持ちとは程遠い家庭環境です。
家庭環境もそうですが、友人関係もなかなかすごかったそう。友達の家に遊びに行くと、そのご家族がヤクザだったりもしたそうです。でも、そんなふたりに優しくしてくれたのは、そのヤクザ側の人達。それで自然と憧れを抱くようになったのでしょうか、小学生の頃には既にグレ始めていたそうです。そして中学で、不良のトップになってしまう。やはり何だかんだ、人格形成には環境がかなり重要です。ふたりの前には、不良への道が整っていたのかもしれませんね。
そんなT-PABLOWさんが、初めて自分から触れた音楽。それがZeebraさんの4thアルバム『THE NEW BEGINNING』だったそうです。あの『Street Dreams』が収録されていることでも知られています。
十歳でそれに触れたT-PABLOWさんは、ヒップホップの魅力に没入。般若さん等の楽曲にも手を伸ばし、そこに強い共感を覚えたようです。やっと認めてくれる、この心を代弁してくれる人が現れた。俺の気持ちを分かってくれるのは、コイツらだけなんだと。
ラップにのめり込んでいったのも、不良の世界から抜け出したかったからなんだそうです。狭い世界で粋がって、しがらみの中で苦しむのはもう嫌だ。このままではいずれはヤクザか何かになって、二度とは真っ当な道に戻れないかもしれない。でも、ヒップホップの世界ならば、自分はもっと大きな存在になれる。だから不良の世界から抜け出して、ラップなどやるなという不良コミュニティからの圧力も振り切って、ヒップホップの世界で戦うことにした。そして、もう後がない状況から、高校生ラップ選手権優勝。T-PABLOWってネームバリューを、ここで爆上げしたのです。
端折ったエピソードも多いので、詳しいことは是非楽曲を聴いて確認してみてください。インタビュー等と併せて聴けば、彼らが壮絶な人生の上に立ってラップしていることが分かると思います。
そう思って聴くと、彼が度々使っていた「僕ちゃん」「坊ちゃん」といった言葉も少し納得いくような気がします。世間的に見れば君だって坊やだぞ、と最初は思ったんですけれども、年齢の話は別にしてないんですね。俺はお前よりよっぽど波乱万丈な人生を過ごしてきたんだと、それを表明する言葉だったわけです。
人の不幸というのは比較できるモンじゃありませんし、自慢するようなモンでもありません。それでも、ここにあるようなバックグラウンドを知ることが、彼らの言葉がただの大口じゃないことを理解する助けになるのは間違いないでしょう。
「俺は音楽に感謝している。音楽がなければ、俺はきっと殺人者になっていた」
これはアメリカのバンド、スリップノットのメンバーであるクレイグ・ジョーンズの言葉です。少々状況は違いますが、T-PABLOWさんの置かれていた状況もそのような形だったのかもしれません。
人が変わるというのは、とてつもないエネルギーが必要です。不良であることをやめるのも、一筋縄じゃいかないはずです。自分の過去に対する後悔なんかも凄まじかったでしょう。それでも変わりたいという本人の気持ちを爆発させ、不可能を可能にした。そんな偉業のキッカケを、音楽というのは時に与えられるのかもしれません。
オシャレでカッコ良く、どこか可愛い部分もある。しかしその一方で、反社会的な道に自ら疑問を持って抜け出し、そして己の技術を高める努力を怠らなかったという、並々ならぬ精神力も持っている。そして今この瞬間にも、スキルをどんどん高めている……これだけの要素が揃っているのです。俺ならば速攻で応援してくだけだな、と思いますが、どうでしょうか。
T-PABLOWさんの、というより2WINのふたりの今後の目標は、自分達がヒップホップを引っ張るリーダーになっていくことなのだそうです。
自分の苦しみを代弁してくれた、Zeebraさんや多くの先人達。特にZeebraさんは、お父さんのいないT-PABLOWさんにとって、文字通り
……うーん、応援したいというのも勿論ですが、身につまされるような気持ちになりました。
なにせ私、何度も語っている通りで、ほとんどニートと言って差し支えない存在なわけですよ。人間嫌いもありますから、イケてる人ってのはやっぱり本来苦手な相手なわけですけど。でも、T-PABLOWさんは二十歳という若さで苦労の末にきっちり努力してしっかり稼いで。その結果としてイケイケなわけです。
見た目に内容がしっかり伴ってますもんね。これ誰もどうこう言えませんよ。素直にリスペクトしますし、私も本来こんなところで親不孝してる場合じゃないんだよなって……思わされますね……ハイ……。
……とまあ、私の話は置いといて。皆さんも是非、T-PABLOWさんの音源をチェックしてみてください。そして、フリースタイルダンジョンでの、更にはアーティストとしての躍進を一緒に応援しましょう。
果たして、T-PABLOWさんが勝利の女神と籍を入れるのはいつになるのでしょうか。勝利の女神との子供も、
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