#4:一年ぶりだな、このセリフ
DOTAMAというラッパーさんがいらっしゃいます。
フリースタイルダンジョンをご覧の方なら、ご存知の方も多いでしょう。元サラリーマン。眼鏡にスーツ。大人しそうな見た目。彼が喋る様子を見ても、誰かとバトルをするような人にはとても思えません。
ところがラップをしだした瞬間、それが豹変。放送できないようなえげつないディスの数々をキメ、会場を混乱の渦に巻き込む。無論ラップスキルも卓越しており、その圧倒的実力でモンスターを次々倒します。
猛烈な勢いで勝ち進むDOTAMAさんが、四人目にぶつかった相手。彼こそが……四天王最強と目される男、R-指定さん。日本中から凄腕の集まる大会・UMBで、なんと三年連続優勝。そのヤバスギルスキルから『無理ゲー』『絶対王者』等と異名される存在です。
DOTAMAさんとR-指定さん、実はUMBの場で三度も戦っています。一度目の勝負は二〇一一年。この時の勝者はDOTAMAさんでした。ところが、二度目の二〇一三年、三度目の二〇一四年ではいずれもR-指定さんが勝利しています。DOTAMAさんとしては、そろそろ雪辱を果たしたい相手なわけです。
……ハイ、ここからが本題です。お待たせしました。何の話だ、焚巻対般若戦の次はDOTAMA対R-指定戦の解説を始めるのかなってお思いだったでしょう。多少その要素も入っちゃうんですけど。まあ聞いてください。
第一ラウンド。先攻・R-指定さんは、ビートがかかると同時にこう言いました。
「一年ぶりだな、このセリフ 紅白 除夜の鐘 年越しそば お前が俺に負けるのも毎年の恒例行事」
会場はいきなりドカンとブチ上がります。去年も一昨年も俺に負けた、という事実を下敷きに相手を攻める、強烈な一撃……果たして本当にそれだけでしょうか?
少し前に紹介した焚巻対般若戦を思い出してください。これの応用です、同じことが起きています。
それは、二〇一四年のUMBにおける、DOTAMA対R-指定戦。昨年決勝でR-指定さんに負けてしまったことを踏まえ、DOTAMAさんの先攻第一バースの始まりはこうでした。
「一年ぶりだな 俺あの後帰って正月実家でずっと泣いてたら 親父が心配して親父まで泣き出しちまったよ その屈辱感 ここで晴らしてやるぜ」
悔しさが伝わってくると同時に、家族仲良さそうでなんだか微笑ましさも感じますね。ともかく、お分かりいただけたでしょうか。そう、R-指定さんは、DOTAMAさんが一年前に放ったセリフ「一年ぶりだな」を、あえてぶつけてきたのです。
しかしDOTAMAさんとて負けていません。こう言ってやり返します。
「KREVAに成り代わるんじゃなかったのかよ? こんなところでモンスター止まり まるで気軽なアイドルのお泊まりのようだな」
R-指定さんは、二〇一二年にUMBで一度目の優勝をしています。その時披露した勝利のラップにて。「学生時代イケてなかった俺みたいな奴でも、頂点に立てる」そんな自分の経験を踏まえ、彼はこんなパンチラインを繰り出します。
「これが俺がヒップホップに惚れた理由 KREVA 今日からは俺が基準」
KREVAさんは、過去に『基準』という楽曲を発表しています。「俺が基準」というのは、そのタイトルを意識したもの。しかも彼は、日本ヒップホップ界で最も有名な『基準』と呼ぶに相応しい男。だが、それは今日でおしまいだ。今日からは俺がお前に成り代わり、新たな日本ヒップホップの基準となる。それを、なんとKREVAさんが会場にいることを理解していながら宣言している。後にKREVAさんと同じ三連覇を果たす男だからこそ、こういうことが言えるんでしょうね。
でもさ、あんなに大口を叩いたくせに、まだ全然基準じゃないじゃん。成り代われてないよ。お前の言葉、尻軽女みたいに軽いな。そう揶揄する目的で、DOTAMAさんはこのリリックを引用したというわけです。
DOTAMAさん、R-指定さん、あるいは般若さん。彼らがやったように、過去のリリック等を引用する行為を、『サンプリング』と呼びます。
般若さんの「俺がナンバーワン~」はZeebraさんのサンプリング。R-指定さんの「一年ぶりだな」はDOTAMAさんのサンプリング。DOTAMAさんの「KREVAに成り代わるんじゃなかったのかよ」はR-指定さんのサンプリング。そのR-指定さんの放った「KREVA 今日からは俺が基準」は、KREVAさんのサンプリング。そういうわけですね。
ラッパーはなぜサンプリングをするのでしょう。
ひとつに、己の知識量や即興力を分かりやすく示せる、というのがあります。
清少納言が『枕草子』に記したエピソード『香炉峰の雪』をご存知でしょうか。ある雪の日、彼女の仕えていた女性、定子が突然こう言います。「香炉峰の雪はどうなっているかしら」と。清少納言は、黙って御簾をかかげました。すると定子は喜び、周りの女中も「すごい」と口々に褒めたのです。
どうして定子や女中は清少納言を褒めたのでしょう。それは、清少納言が即興で素晴らしいサンプリングを行ったからなのです。
「遺愛寺鐘欹枕聽、香爐峰雪撥簾看(遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き、香炉峰の雪は簾をかかげてこれを看る)」
これは、中国の有名な詩人・白居易の漢詩に登場する一節です。漢詩といえば平安貴族の必修単位ですから、これに詳しい人ほど教養が高いというわけですね。
つまり、清少納言がやったことはこうです。まず、『香炉峰の雪』というワードから一瞬でこの詩を思い浮かべた。そして、そこで表現されていることを踏まえて、今求められていることを察した。定子は「御簾を上げて、山に積もる雪を見よう」と言っているのだと。そこで、瞬時に御簾を上げた。だからその教養と即興性を褒められた。
どうでしょう、似てませんか、ラッパーが人のパンチラインを引用するのと。上手くサンプリングすることで「私は人の曲やバトルを鑑賞し、きちんと勉強してます。ヒップホップの教養があります」ってことを暗に示せるわけです。
また、表現に深みを持たせる効果も期待できます。適切な文脈においてサンプリングすることで、元ネタにおいて表現されていた世界が瞬時に脳裏に浮かびます。圧縮されていた巨大ファイルを展開するように、たったひと言でものすごい量の情報を受け手に伝えることができるわけです。
これも昔の歌人が行っていた『本歌取り』を思い起こさせます。新古今和歌集の撰者である藤原定家は、かつてこのような歌を詠みました。
「春の夜の 夢の浮橋 とだえして 峰にわかるる 横雲の空」
春の夜に見た儚い夢から途中で目覚めると、山の峰にかかっていた横雲が離れていっていたよ。みたいな感じの意味です。この『峰にわかるる』っていう部分がサンプリングになってまして。古今和歌集の撰者である壬生忠岑がこういう歌を詠んでるんですね。
「風吹けば 峰にわかるる 白雲の 絶えてつれなき 君が心か」
風が吹くと、山の峰から白雲が離れていって消えてしまう。それと同じように、あなたとの関係も絶えてしまって、つれないことです。みたいな感じの意味ですね。この歌では、『峰から雲が離れること』が『男と女が離れること』の比喩表現となっています。
定家はそこを分かっていて、これをサンプリングしているのです。一見すると「夢から覚めたら雲が飛んで行ってたよ」という情景を詠んだだけのこの歌。しかし元ネタを知って見てみると、もうひとつの情景が浮かびます。
それは、男女の別れです。恋人である女性の家に行きますね。そしたらまあ、セックスしますわね。で、多分イチャイチャしながらどっちからともなく眠りに落ちていく。それこそ夢のような時間です。でもそれは朝になったら強制終了。雲が別れるように、ふたりはお別れせねばなりません。
この歌のどこにも、「恋人と会って一晩愛し合って朝お別れしました」とは書いていません。サンプリング元が分かる人だけが、この情景に男女の恋愛を重ね合わせられる。同じ三十一文字を倍以上楽しめるわけです。八小節や十六小節という制限の中で己の世界を表現するラッパーととても似ていますね。こう見ると、結構サンプリングって日本人に馴染み深いんだなぁと思いませんか。
さて、サンプリングで伝えられるのは、元楽曲の情報だけじゃありません。フリースタイルダンジョンのCHICO CARLITO対R-指定戦。CHICOさんが一瞬言葉に詰まっちゃったのを目ざとく捉えたR-指定さんは、こう言います。
「詰まっちゃって立ち往生 俺ならマイクロフォンの末期症状でも 気付けば後ろにチャンピオンロード」
お前は言葉を詰まらせたが、俺はマイクがぶっ壊れていてもラップを続けるぜ。そして夢中でラップし続けふと後ろを見たら、俺の後ろには栄光の道ができてるんだ。そういう感じの意味だと思います。絶対王者ならではの攻撃ですね。
この『末期症状』がサンプリングです。Zeebraさんは、かつて『末期症状』という楽曲に参加しています。これを敢えてZeebraさんの前でやることによって、彼へのリスペクトを示すこともできちゃうわけですね。
こんな例はどうでしょう。プリンスオブヨコハマの異名を持つモンスター、サ上ことサイプレス上野さんが、チャレンジャーCIMAさんとバトルした時のこと。CIMAさんはかつてサ上さんと戦って、敗北しています。ところがCIMAさんは何か間違えてしまったのか、直前のラウンドでそれをサ上さんが負けたように言ってしまいました。それを受け、次のラウンドでサ上さんはこう切り出します。
「お前さっきのバトルで自分の負け覚えてねえの? とか言ってたけど 勝ったの僕なんです この嘘つき嘘つき」
場はドッと笑いに包まれます。この『嘘つき嘘つき』がサンプリング。元ネタは、フリースタイルダンジョンでのDOTAMA対R-指定戦。おっ、冒頭に話が戻りましたね。伏線回収だ。別に伏線じゃないですけど。
DOTAMAさんが「二〇一一年は僕に負けたよね」と言ったのに対し、R-指定さんは「確かに負けたがそこから三回勝ってる」と返します。ところがこれが微妙に間違い。確かにR-指定さんはDOTAMAさんに負けた翌年、二〇一二年からUMB三連覇しています。ですが、二〇一二年はDOTAMAさんが手前でうっかり負けちゃって戦ってないんですね。それを拾ってDOTAMAさんはこう返しました。
「てか三回勝ったって二回しか勝ってねぇじゃねぇか 嘘つき嘘つき コイツのハラワタ黒過ぎ」
過去の因縁を踏まえ、ふたりが壮絶な揚げ足の取り合いをしている、なかなか凄まじい場面。DOTAMAさんも必死の形相です。これをサ上さんは、あえて茶化したような言い方でサンプリングした。このように、元ネタとは全然違う場面で使うことによって、そのギャップを楽しむという使い方もあるわけです。R-指定さんのそれがオマージュ的なサンプリングだとしたら、サ上さんのそれはパロディ的だと言えましょう。うーむ、やはり色々な表現に使えますね、サンプリングは。
そして忘れてはならないことがもうひとつ。サンプリングという行為は、過去の名曲、名勝負への入り口にもなるということです。
そもそも私が『Street Dreams』を聴いたのも、般若さんがサンプリングしたからです。それをキッカケに音源をもっと聴きたいと思いましたし、フリースタイルダンジョン以外のバトルも知りたいなあと思ったわけです。ひとつのサンプリングが、私のヒップホップに対する興味を大きく広げた。同じようなことが、恐らくは今日本全国で起こっているのではないでしょうか。
過去の名曲や名勝負を紹介し、表現に奥深さを持たせ、更に自分の頭の良さまで示すことができる。無論、サンプリング部分以外が全然ダメなら頭でっかちで、偉大な先人に押し潰されてしまうだけなんですが。適切に使えばとても便利な技法です。
サンプリングが理解できるようになったことによって、私のバトルを楽しめる度合いは爆発的に上昇しました。勿論私はド素人なので、元ネタが分かんないパターンの方が圧倒的多数です。でも、たまに分かった時の気持ち良さといったらありません。
やはりヒップホップには『文脈を楽しむ』という部分があるようです。目の前の勝負ひとつ、楽曲ひとつだけではない。そこに至るまでの本人の生き方。何をし、何を言い、どんなバトルをし、どんな曲をやってきたか。目の前で起きていることに至るまでの長い長い文脈を理解すれば、楽しみが数倍になる。サンプリング文化を知ることで、それが分かってきたような気がしました。
先日番組であっていたTARO SOUL対漢 a.k.a. GAMI戦でもそうでした。後攻の漢さんは、開口一番マイクにこう叩き付けたのです。
「とうとう来たなこの時が とっとと消えろよこのクソガキが」
おっ、と思いました。「とうとう来たなこの時が」私はこのフレーズを、晋平太さんの楽曲で聴いたことがあったのです。おお、これはひょっとして、晋平太さんのサンプリングでは。でも最近ふたりは
私は大興奮してツイッターにそれを書き込みました。これは一体どういうことか、周囲の方々の意見を仰ぎたかったのです。
……その結果、このようなリプライが私に届きました。
「それ、元々漢さんがオリジナルですよ」
……えっ。
私は真っ青になり、慌てて調べました。結果、二〇〇五年のUMBにて、漢さんがこのパンチラインを第一声でぶちかましていることが分かりました。ちなみに相手はフリースタイルダンジョンの審査員としても知られるERONEさんです。晋平太さんは、それを楽曲でサンプリングしたということだったんですね。
なんということでしょう! おお、これはまるで「貧乳はステータスだ 希少価値だ」という発言の元ネタを『らき☆すた』だと言ってしまうような愚行! は、恥ずかしい! サンプリング元が分かったと思い込み、知ったかぶりをしてしまうとは! 私は謝罪と共にツイートを削除し、絶叫しながら布団に潜り込みました! うわーッ、恥ずい! 恥ずいよォーッ! キエーッ!
……やはり、ヒップホップというダンジョンはトラップだらけです。
脈々と流れるヒップホップの文脈を中途半端に読み解き、道が分かったと勘違いしてしまう愚かな冒険者。そんな奴は、更なる闇の奥底から現れたモンスターに、クッパみたいな口で喰われてしまうかもしれません。
嗚呼、このダンジョンの完全なるマップはあるのでしょうか。分かりませんが、私のダンジョン地図がかなり未完成だったことは間違いないでしょう……。
まだまだ先は長い……そう思った夜でした。
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