#2:バッチこい 韻面白い
申し訳ないのですが、序章で語ったことを少しばかり思い出していただけますでしょうか。ラッパーと言われて、私がはじめに思い浮かべたイメージです。確か「ラッパーって『俺は東京生まれヒップホップ育ち 悪そうな奴は大体友達』とか言ってそう」みたいなことを申し上げました。
これは「ラッパーは不良というイメージがある」という意味でもあります。私はここまでその側面についてばかり書いてきましたね。しかしこの言葉には、私のラッパーに関するもうひとつのイメージが込められていました。
それが、「ラッパーは韻を踏む」というものです。
韻。ライム。なんとなくはご存知の方も多いんじゃないかと思います。
たとえば、『小説』と『情熱』。これは韻が踏める言葉です。どちらの単語も、その母音が『おうえう』になっていますよね。『もう寝る』も『ローテク』も『おうえう』ですから韻が踏めます。
別の例を挙げましょう。『カクヨム』。このサイトですね。これは『迫力』と韻が踏めます。どちらも母音が『あうおう』ですね。『白鵬』とか『脱獄』とか『アク取る』とかでも踏めそうです。
もう少し長いのでもいけそうです。私、このカクヨムで『
踏み方にも色々あります。たとえばこんなリリックがあったとしましょう。
「俺は書いてる小説
知識の量は超絶
語りだしたら饒舌
けどドン引かれるから調節」
……あくまで例です。私の知識は超絶でもないし、饒舌でもありません。それは置いといて、どれも行末で韻を踏んでいるのがお分かりいただけるでしょうか。このような踏み方を『脚韻』と言います。
では、今度はこちらのリリック。
「カクヨムの平和を乱す
悪党は俺が成敗
白状しなお前の不正
爆笑だぜセコい真似」
……あくまで例です。特定の誰かが不正をしていると糾弾したいわけではないですし、それをわざわざ私が裁こうという気持ちもありません。それで、お分かりいただけたでしょうか。今度は行頭で韻を踏んでいるんですね。こういうのは『頭韻』といいます。
こんなやり方もありますね。
「俺の小説百々百々駄惰堕
読んだら分かるがそこそこ馬鹿だ
荒唐無稽そのものだがな
子供の頭、は褒め言葉だな」
未読の方、できれば拙作『百々百々駄惰堕』もお読みください……と、本エッセイに関係ない宣伝はこの辺でやめておきましょう。韻にご注目下さい。これ、途中までは行末で踏んでいるんですが、最後の四行目だけは行頭に『おおおおあああ』が来ています。
ずっと脚韻で踏んでいたものを、突然頭でも踏む。ジャパニーズヒップホップの伝説的人物であるKREVAさんは、このような踏み方を『返り韻』と呼び、好んで用いているようです。こういう踏み方もまたひとつのやり方。
無論ですが、行頭か行末でしか踏んじゃいけないなんてことはありません。
「今月も来月もコンテスト開催
出さなくちゃ損ですよ折角の機会
上位者は賞ですよ上手くすりゃ本出るよ
読み専の皆さんもドンドン読んでみよう」
こんな調子で、行の途中だろうが韻は踏みたいだけ踏みまくれるわけです。
さて、いろんな韻の踏み方があるなと確認したところで、話を先に進めましょう。
フリースタイルダンジョンで見るようなラッパーの方々も、当然いっぱい韻を踏んでいます。フリースタイルラップバトルする時でもそうですし、音源……つまり自分の楽曲でもそうですね。それを見て我々は「おぉ、すごい」となる。
それで、です。ひとつ根本的な所が気になりませんか。
そう、そもそもどうして韻なんか踏まなきゃならないのかってことです。踏んでるかなんて気にせず、言いたいことを喋るんじゃダメなんでしょうか。
だってホラ、その方が自由です。韻を踏もうと思えば、どうしても使える言葉が制限されてしまう。事実、そんなにカタい踏み方をしてもダサいという考え方もあるようです。無理矢理踏むとなんだか自然でない日本語になるし。ダジャレと何が違うのって思う方もいらっしゃるかもしれないし。そのせいでふざけた奴らだと思われるかもしれない。
それでも踏むのは、一体どういうわけか。
ひとつに、評価しやすいポイント、っていうのはありますよね。私みたいな素人でもなんとなく知ってるわけです、ラップは韻を踏むモンだと。だからラップバトルを見る時、どこで韻を踏んでるか追いかけてみたりする。
「お、同じ言葉でこんなに踏むなんて、どれだけ語彙が無尽蔵なんだコイツは!?」
「なんてこった、コイツ七文字で踏んでるぞ! えっ、こっちは八文字で!?」
ってな具合です。バトル漫画に出てくる特殊能力を見ている時みたいに、分かりやすい韻踏み合戦は評価しやすいわけですね。己の力を見せつけるには最適でしょう。
……いえ、違います。当然です。それだけで踏んでるワケじゃありませんよ。
もう少し音楽的な話をします。皆さん、突然なんですが「マザファカ」って何度も繰り返し言ってみていただけますか。そう、口に出してです、できるだけ一定のテンポでお願いします、さぁ。
「マザファカマザファカマザファカマザファカ……」
……感じていただけたでしょうか、同じテンポで「マザファカ」を言い続けることで、一定のリズムが生まれましたよね。
でもこれだとちょっと単調なので、変化を加えて。
「お前マザファカ マジでマザファカ すげぇマザファカマザファカマザファカ」
ちょっとリズムに変化が生まれて面白い感じになってきました。これはこれで勢いがあっていい気もするんですが、内容がありませんね。それに、ずっとマザファカじゃ退屈しちゃうかもしれません。ここで、『マザファカ』で韻を踏んで、もうちょっと意味のある文章にしてみたいと思います。
「言葉あったなら 踏むあかさたな これがカタさだ分かったかマザファカ」
小さい「っ」はほぼ発音しないのがポイントです。どうでしょう、韻を踏んだおかげで、意味が通る上に口に出したとき小気味良いリリックになりました。
ヒップホップMCは基本的にラップするわけですけれども、ラップってメロディが無いですよね。その分別の部分で勝負せねばなりません。ビートに乗って言葉を発する。そこで独特のリズム、ノリ……即ちグルーヴを生み出し、リスナーの頭を振らせる。そう、韻を踏むのは、グルーヴを生み出すのに便利な手段だからでもあるんですね。
……それじゃあ、グルーヴさえ生み出せるなら別に韻なんか踏まなくてもいいじゃないかという話になります。まあ、そうといえばそうみたいです。ヒップホップの出身地アメリカでも、グルーヴさえあれば韻を踏むことはそこまで絶対視されてないとかいう話を聞きます。でも、韻を踏むことの魅力はそれだけじゃありません。
こんな話をよく聞きませんか。昔の家庭用ゲームはデータ容量が小さかったから、その中で最高の表現をするために工夫する必要があった。その結果、無尽蔵にデータの詰め込める現代のゲームとはまた違った、独特の魅力が生まれた。
別に昔のゲームを褒め称えたいわけではありません。美麗グラフィックフルボイスで遊べるゲームの素晴らしさは言うまでもないことです。ではなくて、縛りがあるからこそ生まれる奇跡的表現もあるということです。
リスナーの胸を打つ印象深い部分……即ちパンチライン。名勝負と呼ばれるバトルには、超カッコ良くて印象に残るパンチラインが付きものです。フリースタイルダンジョンでの名勝負を例に挙げましょう。
常に成長を続ける若きモンスター、T-PABLOWさん。そして酒を飲みながらバトルすることで知られるチャレンジャー、黄猿さん。このふたりがバトルを繰り広げた際に生まれた、T-PABLOWさんの記憶に残るパンチライン。黄猿さんがステージ上で『男梅サワー』を飲んでいるのを見て、T-PABLOWさんはこう言ったのです。
『お前が飲んでる男梅 居場所見つけました音の上』
お前は男梅サワーを飲んで絶好調かもな。でも、俺は母子家庭で育ち、貧しい暮らしだった。中学の頃はグレて、不良のヘッドなんかもやっていて、精神的にも荒んでいた。そんな俺が居場所を見つけられたのが、音の上……つまりヒップホップの世界だったんだ。
これだけの情報が、彼の人生が。僅か二小節にグッと詰まっている。時間にして数秒に過ぎないこのパンチラインの裏に、彼の二十年の人生がバッと浮かび上がってくる。それがカッコイイわけです。
男梅、音の上。韻を踏めるという一点を除けば、全く関連の無い言葉です。偶然にも韻が踏めるから、このクールなパンチラインが生まれた。こういう思いもよらなかった表現が発掘されることが、韻の面白さなのかもしれません。
……それじゃあ、韻なんか踏まなくたってパンチラインなんかいくらでもかませるぜ、っていう方は、韻を踏まなくていいのでしょうか。これは私ごときが結論を出せることではありません。回答の代わりに、呂布カルマさんというMCを紹介しておきたいと思います。
MCバトルに詳しい方なら、きっとこの名は常識でしょう。フリースタイルダンジョンには今のところ登場していませんが、大変有名なMCです。
彼はバトルにおいて、韻をあんまりカッチリ踏まないスタイルを取っています。それでいいのか、とお思いかもしれません。しかし彼は、パンチラインが尋常じゃなく切れ味鋭いんですね。韻という制約から解き放たれている分、今一番効果的で、観客が盛り上がって、相手がダウンするような言葉を選択する。彼は韻の代わりに、内容という武器を極限まで磨き上げたのです。
内容。そう、テクニックも大事だけれども、聴きたいのはやっぱり中身なんです。どれだけ説得力のあることを言っているか。少なくとも私がラップバトルを見る時は、そこにこそ大きな期待を置いています。
ラッパ我リヤのMr.Qは、フリースタイルダンジョンに出演した際こう言っています。
『何文字で何文字で踏んでりゃ偉ぇわけじゃねぇんだよ 俺の方がDanger 分かってんだろ 舐めんな小僧』
これは『ねぇんだ』『Danger』『てんだ』『めんな』と踏んでるわけですが、それはまぁ置いておいて。彼の言う通りだと思います。
たとえば、ラップバトルの最中、こんなライミングを披露されたらどうでしょう。
「おいらは今日も韻を踏む
ドレッシングの瓶も振る
おいらのウチは真言宗
もう思いつかねえ沈黙す」
五文字で踏んでいますが、六文字だろうが七文字だろうが同じです。これで私達観客は盛り上がれるでしょうか。その時になってみないと分かりませんが、恐らく否でしょう。だってこれ、ホントに踏んでるだけですもんね。何も言えてないのと同じです。韻踏みながらドレッシング振って実家の宗派を報告して黙ったからって何なんですかって話です。
同じく五文字、『韻を踏む』でのライミングです。こちらではどうでしょう。
「おいらは今日も韻を踏む
そのカタさはほとんど金属級
お前今から味わう真の苦痛
逃げ帰り泣きながらチンポ擦る」
……内容の品の無さは置いておいて、ややマシになったかと思います。金属のようにカタい韻をおいらは踏めるし、そんなおいらを相手にしてしまったお前は、苦痛と共に敗北し、家に逃げ帰って泣きながらシコるしかないんだ。そういうストーリーを一本通すことができました。
韻は使いこなせば便利な武器だけど、踏むどころか踏まれてしまって言いたいことがボケボケになるくらいなら、踏まない方がいい。そして踏まないと決めたならば、踏んだ時よりもっと胸に響くパンチラインを期待したい。なんか、その辺りに良い感じの落としどころがありそうな気がしています。
……よし! ラッパーはオラついてるだけじゃないって分かった! 人生ぶつけて戦ってるのも分かった! 韻のことも結構分かった!
もう私結構ヒップホップに詳しくなっちゃったんじゃない? ヒップホップを愛するヘッズ達と肩を並べて語れちゃうんじゃない? ヒップホップって近寄り難い雰囲気あったけど、案外敷居低いんだなぁ、よかった!
私はすっかり夢中でフリースタイルダンジョンを見続け――。
――そして第九話の視聴が終わった時、知ったのです。
私は、ダンジョンの入り口ではしゃぎ回っていたに過ぎなかったのだと。
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