第9話 星空センチメンタル

 近くのスーパーであんパンを購入してから、家に帰るとすでに伸兄が帰ってきているようだった。

「おう、おかえり。何かわかったか?」

「うん、まあね」

 私はソファに座ってバンチョーから聞いた、正確にはネルが代弁したことを話す。


 話を聞き終わると、伸兄は急に私に手を握り、

「よくやった麗華! よし、俺も手伝うからなあ! うおおおお!」

 と、一人で燃え上がっていた。伸兄の方は碌な情報を得られなかったので、余程嬉しかったらしい。


 深夜の張り込みをするんだから、今のうちに寝ておいた方がいいだろう。そう思った私は、レンジでチンするだけの簡単な夜飯を食べた。そしてネルに早く寝るように告げ、部屋へ向かい、床に就いた。


 カーテンの外はまだバッチリ明るかったのでなかなか寝付けなかった。



   ◆



 目が覚めると、周りは真っ暗闇。

 部屋の明かりをつけて、時計を確認する。時刻は深夜一時ちょっと過ぎ。

 まだ寝足りないが、無理やりに睡魔を退け、布団から這い出す。


 下へと降りていくと、ネルがまだグースカといびきをかいて眠っていた。こういう時、漫画とかだと鼻提灯を膨らませてこっくりこっくり舟をこいでいるものだが、実際にはそんなことはない。


 ネルは天使のような寝顔で、楽しい夢を見ているのだろう、僅かに口元をゆるませ笑っていた。……よだれが出ていたけど。

 私は眠り姫の肩をぽんぽんとたたいて起こしてやる。


「んむぅ~……麗華?」

「ほら起きた、起きた! もう行く時間でしょ!」

「ほえぇ? どこへ行くの?」

「寝ぼけてないの。ヒトダマを確かめに行くんでしょ」

「……おお、そうだった! よし、行こう!」

 私はウエストポーチに水筒と懐中電灯、それから筆記用具やメモ帳を入れる。


 そう言えば……、伸兄はどうしたんだろう? あんなに一人で燃えていたのに。


 不審に思った私は階段を駆け上がり、伸兄の部屋へ向かう。ふすまの前から声をかけた。

「お兄ちゃん、まだ寝てるの!?」


 しばらく待っても返事はない。思い切ってふすまを開け放つ。


 伸兄の部屋には誰もいなかった。


 もしかして、もう一人で行ってしまったのだろうか? 全く持ってせっかちな兄である。

 私は嘆息して、とぼとぼと階段を下りていく。

 すると、ネルが私を呼ぶのが聞こえた。急いで居間へ向かう。


 ソファにはぐったりとした伸兄が横たわっていた。頬はすっかり痩せこけてげっそりとしており、肌は蒼白でひどく弱っているようだ。一体、伸兄に何があったのか? 私はすかり動転してしまっていた。


「お、お兄ちゃん!? 何があったの!?」

 伸兄は苦しそうに、消え入りそうな声でつぶやいた。

「……ピ―、ピー……」

「ピーピーって、下痢!? 何でよりにもよってこんな時に……。何食べたのよ!?」

「……パスタ……つくって……食った」


 見ると、テーブルの上に皿が置いてある。皿の上には得体の知れない黒い塊がのっている。これは、どう見ても、パスタには見えない。


「これ……食べたの!?」

 私の問いに伸兄はコクリと頷いた。

「この黒いの……どこにしまってあったのよ……?」

「俺がパスタを作ったら……そうなった」


 そんなバカな!? いくら料理が下手だと言っても、皿の上にのっかっているダークマターはもはや兵器と呼べる代物へと昇華している。言うなればデスパスタ。一体、どういう風に調理したらデスパスタが出来上がるのだ。伸兄は一体何をやらかしたんだ!?


 倒れている伸兄が、呻きながらか細い声でつぶやく。

「……俺のことはいい。早く……行け」


 少年漫画に出てきそうな、かっこいい台詞。しかし、言った当人は下痢で苦しそう。


「本当に大丈夫?」

 伸兄は返事をすることは無く、そのまま死んだように眠り始めてしまった。

「……大丈夫かなあ……」

 救急車を呼ばなくても大丈夫かなあ。

 と、心配する私の顔を覗き込んでネルが言った。

「伸一郎はきっと大丈夫だよ。それに、伸一郎のためにも、早く行こうよ。ボク達は離れていても心は一つ。《ひびきのバスターズ》なんだからさ」

「……わかったわ。でも、ちょっと待って」


 私は伸兄が目覚めた時のために、おかゆを作っておいてあげた。残念な兄であろうともやっぱり、具合が悪い時は心配なんだ。

 テーブルに書き手紙を置いて、私はネルと共に家を出る。



   ◆



 外に出ると、少し冷たい風が吹き抜けていく。秋の訪れを予感させる、そんな風。深夜ともなると、さすがに外は少し肌寒い。


「うう……ちょっと寒いわね。ネルは大丈夫?」

 ネルはいつも着ている薄めのローブを羽織り、下は私のお古のレギンス。ちょっと寒いのではないかとも思ったが、彼女はぜんぜん気にしていないようで。

「え? 別に、寒くなんかないよ。それより……きれいだね、星」


 そう言われて、私も空を見上げる。

 気温が低いせいか、空はすっきり澄んでいた。雲も少なかったので綺麗な星空を拝むことができた。

 頭上には満天の星空が燦々と煌めいている。その美しい空の片隅で、三日月が優美な、けれどそれでいて怪しくもある――そんな輝きを放っている。


 私はしばしの間、美しい星空に見惚れてしまっていた。こんな遅くに外出することなんて滅多にないし、星がびっくりするくらい綺麗で、引き込まれるような夜空だったから。


 不意に、空を見上げていたネルがつぶやく。

「星は……どんな場所でもきれいだね」

「……え?」

「ボクが居た世界でも、同じように星はきれいに輝いていたんだ。もしかしたら、世界はどこかで横のつながりがあるのかもしれない。だって、星はどの世界でも、きっと……きれいだと思うから」

「……そうね」


 世界はどこかでつながっている。今、私たちがこうして星を見ている時、世界の何処かでは同じように星空を眺めている人がいる。それってなんだか……素敵なことだと思う。どんなに喧嘩したって、いがみ合う人達だって、同じように星空を眺める。きっと、ネルのいた世界でも同じように星空を眺めてる人がいるんだろうな……。父さんや母さんは今頃同じように星を眺めているだろうか? 二人はいつ帰って来るんだろう……。


 そんなことを考えてどれくらいの時間が過ぎたのか……、ネルに肩をぽんぽんと叩かれて、はっと我に返った。


「ねえ、麗華ぁ~、早く行こうよ~!」

「ご、ごめん!」


 先を飛んでいくネルを追いかけて、私は商店街に向けて走り出した。

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