第三章 調査開始! 結成ひびきのバスターズ!
第7話 麗華の残念なお兄さん
翌朝。昨日は結局ほとんど眠れなかった。今日は学校も休みなので、もう少し布団でゆっくりしていようと思っていたところ、ネルが激しいノックの音で叩き起こす。
「ちょっと麗華、起きてよ!」
「もうちょっと寝かせなさいよ~! 私、寝不足なのよ?」
ネルはふすまの奥から言った。その声は不思議と耳に通る声だった。
「ボク……やっぱり、調べてみた方がいいと思うんだ」
「は?」
「ヒトダマの噂だよ。ちょっとワクワクしない?」
「しない!」
私が冷たく即答すると、階段を下りていく音が聞こえてきた。どうやら諦めて下に降りて行ったらしい。
何を言い出すかと思えば、ヒトダマの噂の調査だって!? 私はまっぴらごめんだ。昨日もろくに眠れなかったというのに、これ以上、あんな怪しげなものには関わりたくない。
そもそも私は昨日のあの不気味な幻覚を一刻も早くも忘れたいのに。
さて、せっかくの休みなので気分をリフレッシュさせる意味でも、もう一眠りしようかと布団をあげてまどろみ始める。
しかし、私のささやかな睡眠を邪魔するように、再び、ドタバタと騒々しく階段を駆け上がってくる音が聞こえてくる。
「麗華~! 麗華ってば~!」
「うっさいわね、もう! 放っておいてよ!」
すると、ネルではない低い声が。
「麗華! いいからさっさと起きろ! 話があるんだよ!」
この低い声は……紛れもない、私の兄の声である。いつの間に帰って来たのやら。
だが、寝起きということもあって、私は相当にイラついていた。怒りのままに布団を蹴飛ばして飛び起きると、その勢いのままに部屋の戸を蹴り開けた。
ぐふっ! という捨て台詞を残して、ネルが階段を転げ落ちていく。もう一人の人物も私の表情に恐れをなして――恐らく般若のような形相だったに違いない――逃げるように階段を駆け下りていった。
私はのっしのっしとゆっくりと階段を下りる。下りきったところで、おびえる二人を睨み付けて、乱れた髪を掻き上げながらつぶやいた。
「……それで、何の用だってのよ、二人とも?」
すると、二人は顔を見合わせニコリと笑うと、声を揃えて言った。
「「調査開始だ!」」
◆
おにぎりにお茶だけという間に合わせの朝食を食べ終えて、私は熱いコーヒーを一口すすりながらソファに腰掛ける。
「まず……お兄ちゃんはいつ帰って来たのよ?」
伸兄は私の問いかけに白い歯を見せ、にんまり笑いながら答えた。
「ん? 今日の朝だ! いや~、俺の活躍で捜査期間が三日伸びた! はっはっは!」
はぁ。ため息をつきながら、兄の返答に頭を抱える私。
また、捜査で迷惑をかけたのか……。全く持って困った兄である。
伸一郎は私と四つ年の離れた兄で、高校を卒業してからは私立探偵などという職業についている。とはいえ、新米でペーペーの兄が一人で事件を担当するわけではなく、知人の探偵と協力して依頼に当たることがほとんどらしい。しかし、生来の不器用が災いして、仕事ではいつもへまばかりの残念な兄だ。一緒に仕事をした人は運が悪いとしかいえない。
そんな兄が返って来たのは今日の朝。帰って来るなら、事前に電話の一本でもくれればいいのに。
……今朝帰って来たってことは、ネルのこと……!
慌ててネルの方を見る。ネルはのんびりあくびなんかしながら私を見ている。彼女の胸にはあの、エメラルド色のブローチがついていなかった。つまり、伸兄にもネルの姿が見えているということ。
重大な事態に気づいた私は、口をパクパクいわせ、釣り上げられた魚のようなパニック状態でしどろもどろに言った。
「お、お兄ちゃん!? あ、あのね!?」
そんな私の一方で、伸兄は落ち着いた態度。
「何だ麗華、何をそんなに慌てている?」
「え!? あ、慌ててなんかいないよ!? ていうか……お兄ちゃんは別に何とも思っていないの?」
「……何がだ?」
「だ、だから、ネルのことよ! そこにいる女の子!」
「ああ、ネル君のことか。話は聞かせてもらったぞ。麗華、お前、ネル君を助けたそうじゃないか。偉い! それでこそ俺の妹だ!」
そう言って、伸兄は私の髪をわしゃわしゃと撫でまわす。……恥ずかしいからやめてほしい。しかし、どうやら伸兄は別にネルの事を気にしていないらしい。ネルほど見事な銀髪の女の子なんて、普通の人ならびっくりしてしまうと思ったが……とりあえずほっとする。胸をなでおろし、私は本題に入った。
「そ、それならいいんだけど……。オホン。それで、調査ってなんのこと?」
「何、ってお前。決まってるじゃないか! 響ノ町商店街怪奇ヒトダマ事件の調査だ!」
伸兄はえっへんと誇らしげに探偵手帳を見せびらかしながら言った。
そんな伸兄に私は冷たく言い放つ。
「バッカじゃないの」
「バカとはなんだバカとは! 皆の日常の不安を取り除き、楽しく毎日を送ってもらうことが、この俺、私立探偵、家達伸一郎の仕事だ」
「……誰も探偵をそんな職業だとは思ってないよ……。だいたい、なんで私も手伝わなきゃいけないのよ! 調査なんて勝手にやってればいいでしょ!」
すると、伸兄とネルは顔を見合わせて、「ダメだ。こいつわかってないぜ」というふうに肩の辺りで両手を返す。
「あのね! 私はあんたらみたいに暇じゃないの!」
「む。なんか用事があるのか?」
私は口をつぐむ。
「ぐっ……いや別にないけどさ……」
私も暇だということを知ったネルは顔をぱあっと明るくさせて言う。
「じゃあいいじゃん! 麗華も一緒に調査しようよ~!」
調査って言われたって、私は特にできることもないし。それにこの二人に付き合うのはなんか嫌だ。絶対疲れるし。それに……。
脳裏にちらりと昨日の顔だけ女がちらつく。昨日の出来事はもはやトラウマになっているらしい。ヒトダマの調査ともなれば、ああいうのが出てくる……かもしれないではないか。いや、断じて私はそういうオカルティックな現象を認めたわけではないんだけど、やっぱり……その……あまりいい気持ちはしない。
私が返事にあぐねいていると、伸兄がある提案をした。
「よし。調査成功の暁には、寿司を食わしてやる。しかも……回らない寿司だ」
回らない寿司ですって!? 回らない寿司……。それはお金持ちにしか許されない、庶民にとっては雲の上の存在。その美味さたるや、回転寿司のそれとはまさに一線を画すものだという。沙織が回らない寿司の話をしている時は、いつもよだれをこぼしそうになりながら聞いていたものだ。その、回らない寿司を食べる又とないチャンスが今、目の前に転がっている。……これを逃す手はない。
ネルは寿司の何たるかを知らないようで、私の袖を引っ張り質問する。
「麗華~。寿司ってなあに? うわ、よだれ垂れそうだけど……そんなにすごいの?」
「そんなにすごいのよ。しかも今回は回らない寿司……ぐっふっふ」
「麗華……、ちょっと怖いよ……」
ちょっと引いたような視線のネルを尻目に、私は伸兄の提案に乗った。回らない寿司がご褒美とあらば、妙なトラウマに負けてはいられない。
「わかったわ! 私も協力する。だから約束してよね。回らない寿司」
「おう。わかった。じゃあ指切りげんまんな」
伸兄も私も小指を突出し、相手の小指と絡め合わせて、お決まりのフレーズを口にする。
「「ゆ~びき~りげんまん。うそついたらはりせんぼんの~ます。ゆびきった!」」
高校生にもなって、兄と指切りげんまんで約束する人は稀有な存在かもしれない。だが誰が何と言おうとも、家達家ではこれが常識なのだ。
兄弟が契りをかわす様子をネルはほえ~っとした顔で見ていた。
「さて、調査を始めるにあたって決めなければならないことがある」
「……何を?」
「そんなの、決まってるだろう。……チーム名だ!」
「……何それ? 意味あるの?」
私の言葉にネルも伸兄もしごく真剣な表情で言った。
「何を言ってる麗華。当たり前だろ。なあネル君よ」
「そうだよ麗華! アニキの言う通りですぜ!」
どうやら、この二人の精神レベルは同じくらいらしい。私は頭が痛くなってきた。それにしてもネル……『ですぜ』って一体どうしたんだよ……。
私を蚊帳の外に、ネルと伸兄はチーム名の相談を始めた。チーム名なんて、本当にどうでもいいと思うのだが。しかし、二人の議論はみるみるデッドヒートする。
熾烈な論争の後、二つの案が生まれた。
伸兄の案は、《家達不思議探偵団》。……微妙、ということで却下になった。
ネルの案は、《摩訶不思議探検隊》。ないわ~ってことで、コレも却下。
私が二人の案に却下すると、二人ともむきになって、
「「じゃあ、麗華の案は?」」
ということになってしまい、私も一つ提案することになってしまった。
うーん……、チーム名かぁ……。考えてみるとこれがまた難しい。結局シンプルにしようという考えに行きついて出した私の案は……、
《ひびきのバスターズ》。
微妙な名前だと、提案した私自身思った。だが、二人の反応は私の予想をはるかに超えていた。
「《ひびきのバスターズ》か……。いい……いいな! さすがだ自慢の妹よ!」
「《ひびきのバスターズ》……麗華すごいよ! よくこんな名前思いついたね! 天才だよ!」
そこまで褒めるような名前だろうか……? なんだか少し恥ずかしくもなってきた。
ともあれ、チーム名は結局 《ひびきのバスターズ》に決定。
と、ここで昨日私が見たものについて、二人に話しておかなければならないだろう。
「あの、さ。喜んでいるところ悪いんだけど、二人に話しておくことがあるの」
伸兄とネルは顔を見合わせると、私を真剣な目で見つめる。
「実はね、その……ヒトダマ、じゃないんだけど……それと同じくらい不気味なものを、私昨日の商店街からの帰り道で見たっていうか、その……」
「それ本当か麗華!? いきなり事件の核心じゃないか。詳しく話してくれ!」
私は伸兄の言葉に首肯すると、昨日起きた出来事について二人に説明した。
話を聞き終えた伸兄が嘆息する。
「……なるほどな。俺がいない間にそんなことがあったとは」
「け、けど……私が見たのはたぶん幻覚だと思うし。だいたいヒトダマなんているわけないでしょ。商店街の噂だって、誰かが面白半分に流したデマよ、きっと」
すると伸兄はひどく真面目な顔をしてつぶやいた。
「妹よ。調査を始める前に、コトのある・なしを決めつけるのは良くないぞ。俺たちは調査をすることで、真実を探っているのだからな。はじめから結果を決めつけていては、正しい答えも見えてこないというものだ」
「で、でもさ。お兄ちゃんは、幽霊がいるって信じる?」
「……いたら友達になってみたい、位にしか考えてない」
「それって、結局信じてないようなもんでしょ!」
伸兄とくだらない問答をしながら、ネルがいつにもまして真剣な顔で虚空を見つめ、何やら深く考え込んでいるのに気づく。
「ねぇ、ネル。そんな顔して何考えてるの?」
ネルは私の方に振り向いて、少し沈黙した後つぶやいた。
「……麗華。さっきの話をもう一度詳しく聞かせて」
「え? だ、だからどうせ幻覚だって。一応話した、ってだけなんだから」
「それでもいいから!」
いつになくネルの語気が強い。
「わ、わかったわよ! 昨日の帰り、あんたに呼ばれて振り返ったら、へんな青い火の玉がゆらゆら浮いていたの。ぎょっとしたのも束の間。火の玉は私の方に寄ってきたか思うと、急に人の顔に姿を変えたの。それは恐ろしい顔だったわ。そして、今でも忘れられない、不気味な笑顔を最後に、それは煙のように消えてなくなった」
「……人の……顔。麗華、それはどんな人だった?」
「どんなって……あんまり思い出したくないんだけど……驚くほど色白な女の顔で、今思えば、端正な顔立ちだったと言えなくもないわ。なによ、あの不気味な幻覚が何だっていうの?」
しかしネルは私の質問には答えず、一人で何処か遠いところを見つめながらつぶやく。
「女の顔……色白で端正な顔立ち……いや、まさかな――」
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