第3話 静かなる自由

ロンドンに行った時の事だ。

私はイギリスに並々ならぬ想いれを幼い頃から持っていた。


何故かわからないけれどイギリスが好きだった。


そんな私が念願叶い、ヒースロー空港に降り立った時に頭の中は激しく回り始めた。


(とうとう来た!愉快なロンドン、楽しいロンドンって言われてもかまわない!雨が降っても傘をささない紳士がいっぱいいるロンドン!馬だらけのロンドン!あっ!騎馬警官に会ったらどうしちゃおうか?とりあえず馬を撫でていいか聞かなきゃ!アビーロードでベリックストリートでタワーハウスでスティッキーフィンガーで魔術師でしょ!でんでん虫が行進してるみたいな音のバグパイプでしょ?母親は「お願いだからバグパイプは買って来ないで」って言ってたけどまぁ、いっか!)


ロンドンに来て私は人生で最高潮の興奮に瞬く間に上り詰めた。


紳士で淑女で保守党で労働党な国、イギリス。

クラシック、グラムロック、ハードロック、パンクの国、イギリス。

王室御用達と言う言葉が今も生きていて

繊細なビスポーク(オーダーメイドの紳士服)やラストから作る靴屋さんがあると思えばモッズファッションも生んだ国、イギリス。


もう私の頭の中はお祭躁ぎである。

ただし、無表情でいる事に努めた。



ホテルに荷物を置き、現地の友人と一緒に夕暮れのロンドン中心部に飛び出した私が目にしたのは紳士でもなく淑女でもなくパンキッシュなお兄ちゃんでもなくただただフリーダムな人達だった。


(何、あの集団?全員ゴルフウエア着て集団でパターゴルフしてるの?周りの人達はなんでジロジロ見ないの?おかしくない訳?だって東京の銀座四丁目辺りでパターゴルフする人なんかいないけどそれと一緒にでしょ?あ!ゴルフが生まれた国だからこんなの普通とか?大学生みたいだけどもしかしてゴルフ部?)


予想もしていなかった場面に私の脳内は正解を探そうとシャカリキになって働き始めたが

気をとり直して友人にたずねた。


「ねぇ、あれ何?」


友人は珍しくもないらしくニヤニヤ笑いながら答えた。


「あれね?ん〜、前も見たよ。ゴルフやってるみたいだね。ここら辺をラウンドしているらしいよ」


(はい?ラウンド?前もやってた?逮捕されないの?誰ひとり通報しないの?)


「そのうち解るよ。本当にラウンドしてるから。」と友人。


面食らいながらもピカデリーサーカスやオックスフォードストリート、ソーホーやチャイナタウンを巡って行った。


そしてその中で何度もゴルフ部らしき集団と行き合ったのである。


(なんで?さっき私達と反対方向に向かってたよね?私達もこの辺りをもう2時間は歩いてるけどまだゴルフしてるの?もう暗くなってきたよ?それにしてもさっき近付いた時見たらパターとボールらしきものは一個づつしかなかったけど打つ役以外の人は何してる訳?)


もやもやグルグル考えながらも友人セレクトの店で食事をとり、店を出たのは8時を過ぎていた。

地下鉄の駅に向かいながら辺りを見回したが

流石にもう切り上げたらしくゴルフ部達を見かける事なく私はホテルに戻り、お湯を満たしたバスタブに浸かりながら思った。


(なんか違った!紳士も淑女もパンクでも無くて街頭ゴルフ部だった!憧れていた国はヘンな国だった!イギリスは個人主義の国って聞いてたけど個人主義ってこう言う事だったんだ!自分勝手じゃなくて余計な干渉はしないって事だったんだ!そりゃパンクとグラムロックが生まれる訳だ!当然だわ!)


日本の感覚で測ると常識とは言えない場面を見て一面に過ぎないかも知れないがイギリスを理解出来た1日目であった。


(でも、やっぱりイギリス人はヘンだ!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る